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瞬きのフィーリア  作者: 芳乃千里
第一章
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君と僕の二人旅

いよいよ始まる二人の旅路。

ただの街道を歩くだけでも、二人なら違った景色が見える気がする。


二人は心を通わせながら次の目的地を目指すが、道中でとんでもない事実に気づく――

「うー。暑いよお」


 フィーリアが項垂れながら歩いている。

 無理もない。時刻は昼過ぎ。容赦無く照りつける太陽の下、フィーリアの足取りは見るからに重い。


「仕方ないだろ。早朝に出発しようって話してたのに、どっかの誰かさんがなかなか起きてこないもんだから」


 そう窘めるのはガレット。


 昨日、花火のお礼に夕飯をご馳走したあと、二人は宿へ戻った。

 フィーリアは張り切って旅の支度を進めようとするものの、あれもこれもと荷物を整理しているうちに夜は更け、結局眠りについたのは、かなり遅い時間になってしまった。

 元々寝起きの悪いフィーリアが、予定通りに起きられるはずもなく、彼女が宿から出てきた頃には、すっかり日も昇っていた。


「ごめん……人と旅に出るの久しぶりだから。つい、ワクワクして……」


「別に怒ってないぞ。寝起きが悪いのは知ってたしな」


 洞窟で一夜を明かした日もそうだった。魔物に襲撃されているのに、フィーリアはなかなか目を覚まさなかった。


「うぐ……エ、エルフはよく寝る種族なんだよ……」


 ガレットを横目に、フィーリアは苦し紛れの言い訳を呟く。


「まあそういうことにしておいてやる。てなわけで、あと一時間も歩けば最初の目的地だ。頑張ろうぜ」


「うう……頑張るよ。……不思議だよね、おんなじ辛い道のりなのに、誰かと歩けば気持ちも変わる。久しぶりの感覚だよ」


 そして、ぽつりと付け加える。


「独りじゃないって、良いね」


「そうだな。一人と二人じゃ、きっと世界は全然違って見える」


「ふふ。そうだね」


 フィーリアは嬉しそうに笑う。

 それからしばらく歩いたところで、彼女はふと口を開いた。


「……ねえ、ガレット。」


「ん?」


「僕の……というか、エルフの感覚ってさ」


「たぶん、人間からするとすんごいズレてると思うんだ。それがどのくらいなのか、正直僕は分からない。」


「……」


「だからね、もし僕が突拍子もないことをしたり、変なことを言い始めたりしたら、遠慮しないで言って欲しいんだ」


 フィーリアは困ったように笑った。


「……貴重な時間を、無駄にしたくないから」


 ガレットはすぐに返事をしなかった。しばらく沈黙したあと、やがて足を止めて口を開いた。


「そうだなあ……フィーリア、ちょっとこっち来て」


「?」


 フィーリアは素直に駆け寄る。


 ガレットはしばらくフィーリアの顔を見つめていた。

 そして、何かを思いついたように口元を緩める。


 ――次の瞬間。


 ぺしっ。


「いたぁ!なにするの!もう!」


 ガレットはフィーリアの額をコツンと指で弾いた。涙目で額を抑える彼女を見て、優しく口を開く。


「フィーリア。お前が気を遣ってそう言ってくれるのは嬉しい。でもな、それはお互い様にしよう。」


「え……?」


「自分で言ってたろ、俺達はやっぱり似てるんだよ」


 そう話しながらガレットは再び歩き出し、フィーリアも慌てて後を追う。


「急ぎたい時もあれば、時間をかけたい時もある。やりたいこと、やりたくないこと。欲しいもの、いらないもの。言い出したらキリがない。それはエルフも人間も変わらないだろ?」


「そりゃあそうだけど……」


「だから、そういう時は遠慮なく言い合おう。俺は、フィーリアだけに我慢させるつもりなんかない」


「ガレット……」


「これは俺の旅じゃないんだ。俺とお前の二人旅。だろ?」


「うん。ありがとう。……なんだか一本取られたなあ」


「はは、そうか?」


 ガレットの少し後ろを歩くフィーリア。

 その時、一筋の涙が頬を伝い、地面に落ちた。


 涙の理由は、笑顔で歩くエルフだけが知っている。


 ◆


「ところで……大事なことを聞いておきたいんだけど、良いか?」


 もう街は目と鼻の先、といったところでまたしてもガレットが足を止めた。


「大事なこと?」


「ああ、そうだ。」


「な、なにかな……?」


 フィーリアは心配そうにガレットの顔を覗き込む。

 その顔は、先ほどまでとは打って変わって、何故か鬼気迫るものがある。その様子にフィーリアは息を飲み、構えた。


「……路銀、いくらある?」


「……ろぎん?」


 フィーリアはポカンとした顔で首を傾げている。


「旅の資金だ。情けない話だけど……俺はこれっぽっちしかない。」


 ガレットは取り出した袋から、手のひらに中身を出す。出てきたのは銀貨三枚と、銅貨が五枚。

 それを見て、慌ててフィーリアも所持金を確認する。出てきたのは銀貨五枚と銅貨二枚。


「あんまり所持金を気にすることなくて……どう?」


「そうだな……物価の安いこの地方でも、宿屋は一泊銀貨一枚ってとこかなあ」


「……ご飯は?」


「贅沢しなきゃ銅貨一枚で済むな」


 この二人には、冒険者として致命的な弱点があった。

 お互い、長いこと一人で行動することがほとんどだったからか、金銭感覚が無頓着過ぎたのである。


「えっと、つまりその……」


「次の街で稼がないと、物資の補給どころか路頭に迷うことになるな。」


「……ガレット?」


「……はい」


「僕たち……旅に出るんだよね?」


「うん。旅に出る」


「お金のこと、考えてなかったね?」


「うん。考えてなかった」


「……どうする?」


「……稼いできます」


「……ふふっ」


「フィーリア……俺は真面目だぞ?」


「わかってるよ?」


「なんか、楽しんでないか?」


「そりゃ、楽しいよ?」


 ガレットは、はぁ……とため息を吐いた。プライドを捨てて白状したのに、それすら楽しまれてしまうなんて。


「……由々しき問題なの、わかってる?」


「わかってるよ!一人で稼いでこいなんて言わないから安心してよ。僕も、ギルドでお仕事探します!」


 フィーリアはやる気に満ちた顔で、親指をガレットへ突き出した。


「そりゃ良かった……じゃあ、我々の最初の目標を発表するぞ」


「よしきた!」


「三日で銀貨三十枚。それだけあれば、しばらくは困らないはずだ」


 幸い旅は始まったばかりだ。稼ぐなら、体力を消耗していない今のうちがいい。


「一日あたり十枚だね……よーし。頑張っちゃうよ!」


 二人は燃えていた。この先の旅を、少しでも良いものにするために。


 しかし、お金に無頓着な二人が立てたこの計画が上手くいくかは、全く別の話であることにまだ気づいていなかった。


 ◆


 ―――商業都市・サオカ。大陸の東に位置する、世界でも有数の商業都市だ。


 二人は合計で半日ほど歩き、ようやくこの街に辿り着いた。フィーリアは疲労困憊な様子で、賑やかな街並みを眺めている。


「うへぇ〜。人が多いねぇ」


「ああ。こんなに商人が集まる街は大陸中探してもそうあるもんじゃないぜ。」


 見渡せば、立派な店構えの商館の隣に、地方からやってきた商人らしい簡素な露店まで並んでいる。


「この辺りは競争が激しいからな。物価も比較的安い」


「へえ……」


 フィーリアはきょろきょろと街を見回す。


「……ねえガレット」


「ん?」


「魔法屋さん……見てきてもいい?」


「ほんとに見るだけ?」


「う、うん。これ僕のライフワークなの。」


 ジトっとした目で見つめるガレット。すると彼女は、そっと視線を逸らした。


(……怪しすぎる。でも流石にさっきまであれだけ話してたんだ、見に行くくらい良いか)


 悩んだ末、ガレットがゴーサインを出すとフィーリアは目を輝かせて飛んでいった。一抹の不安が、杞憂であることを願いながら、後ろ姿を見送った。


 ◆


「ここに来るのも久しぶりだな」


 ギルドの前に立ち、看板を見上げる。


 ギルドに寄せられる依頼は、その地方や街によって傾向が随分と変わる。つい先日までガレットが滞在していた街――メルクでは主に食品や魔物の素材の採取、ダンジョン探索が多かった。一方、サオカでは行き来する行商人の用心棒や街の警護等が多い。


(ここに来るのはいつだって金の無い時だな……今回も世話になるか)


 扉を開き、中へと入る。


「こんにちは〜。あら、珍しい来客だこと」


 受付に座っていたのは、一人の女性。


「また探索ばかりしていて、資金が尽きたか?」


「そういうことですよ。シルスさんの目は誤魔化せませんね」


「 はは。相変わらずだな……うん?ガレット、なんだか雰囲気が変わったな?」


「そうですか?」


「ここ何回か来た時は、お宝探しに全力投球してると言う割にはどこか無気力で、惰性のようなものを感じてたんだが……」


 シルスは頬杖をつき、ガレットを見上げながら少し笑った。


「久しぶりに会ったら、一番最初にここに来た時みたいに、いい顔をしてるじゃないか」


 この人は読心術でも使えるのだろうか。そう口に出かけた言葉を飲み込むと、自然と口角が上がった。


「……そうかもしれません。実は、またパーティを組んで旅に出ることが……」


 言いかけたその時だった。ギルドの扉が勢いよく開く。


「こんにちはー!!あ!ガレットやっぱりここにいた!」


 入ってきたのはテンションの上がったフィーリアだった。ついさっきまで、項垂れながら歩いていたのと同じ人物とは思えないくらいに、目を輝かせている。


「ふ、フィーリア。どうしたんだ?やけにテンションが高いじゃないか……」


 何となく嫌な予感がして、恐る恐る答えを探る。


「見つけちゃったんだよ……ついに!」


「……ついに?」


「硬くなったパンを柔らかくする魔法だよ!」


 後悔した。テンションが高い理由を聞いたこと?あるいは、素直にフィーリアを魔法店に行かせたことだろうか。


 おそらく、どちらも違う。


「ちなみにですけども……いくらしたの?」


 ガレットがそう聞くと、フィーリアは腰に手を当て指を三本突き出した。


「なんと、銀貨三枚!!と銅貨二枚だよ。……えへへ、得しちゃったなあ」


 二人の路銀、残り銀貨と銅貨が五枚ずつ。


 ガレットはその場にへたり込んだ。三日分の宿代とご飯代が、こともあろうに《硬くなったパンを柔らかくする魔法》に変わってしまった。


「このままじゃ硬くなったパンすら買えなくなるよ……」


「おやおや、それは大変だ」


 二人のやり取りを眺めていたシルスはくすくすと笑っていた。

 見事に出鼻をくじかれたガレットは、涙を流しながら恨めしそうにシルスとフィーリアを交互に見つめる。


「でも、今の君はとてもいい顔をしているよ。前途多難が旅の醍醐味。違うかい?」


「その通りですぅ……」


 ◆


「あのな、フィーリア。」


 気持ちを立て直したガレットは、対面にフィーリアを座らせた。何故か二人とも正座だ。


「確かに俺は、気を遣わなくていいと言った。けど、貴重な宿代を使うのはどうかと思うぞ?」


「ごめんなさい……持ってない魔法を見つけるとつい……」


 先程までのハイテンションはどこへやら、フィーリアはかなりしゅんとしている。尖った耳さえ、項垂れるほど。


「返品出来たら良いんだけど、魔法は一度覚えちゃうとダメなんだよね……本当にごめん」


 事の重大さに気がついたのか、早速迷惑をかけてしまったからか、うっすら目に涙をためながら謝る。


「お、おい。何も泣かなくても……」


「だって、言ったそばからこんなことしちゃって……」


「……今度からはちゃんと相談しろ」


「……え?」


「好きなんだろ?魔法集め。千年生きてる割に、まるで初めて魔法を覚えた様な顔してたぜ。」


 図星をつかれたフィーリアは、顔を赤くしながら目線を下げた。


「うん……魔法ってさ、攻撃したり身を守ったりだけじゃないんだ。くだらない魔法も世の中には沢山あるんだよ。それを使い切れないくらい、沢山集めるのが僕の旅の目的のひとつなんだ」


「やっぱりな。仕方ないから、今回は特別だぜ。」


 困り顔で笑う。ガレットは、それが自分の特技になりそうな気がした。

 ただでさえ無いお金を更に減らしてしまったのは大変な事態だが、これもまた咎めるつもりにはなれなかった。


「うう……ありがとうガレット。僕がいる限り、ずっと硬いパンを柔らかくしてあげるから……」


「いや……無駄遣いせずにパンくらい普通に買おうよ……」


「……くっ」


 そんな二人の漫才のようなやり取りを眺めていたシルスが、堪えきれず吹き出した。


「あはははは!!全くとんだパーティだな。一体何を見せられているのやら!!」


「ご、ごめんなさい。……それと、はじめまして?」


 フィーリアは慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「ああ、初めまして。君はエルフだね」


 そう言いながら、ジッとフィーリアを見つめた。その視線に気づいた彼女は恥ずかしそうにモジモジしている。


「……うん。戦いの方も問題なさそうだ。歴戦の魔法使いってところかな」


 ニッと笑うとシルスは振り返り、書類の入った棚を漁り始めた。


「君らの話は理解したよ。さしずめ、金に無頓着な冒険者と変わり者エルフちゃんが路銀を稼ぎに来たってとこだろう?」


 受付に数枚の紙が置かれる。募集中の依頼書だ。


「これを全部こなせば、銀貨三十枚だ。中には危険なものもあるが、君達なら大丈夫だろう。どうだい?」


 二人は依頼書を覗き込む。


 ・農作物の採取

 ・夜間の露店警備

 ・魔物の巣の駆除


 ここまでは至って普通のどこにでもある依頼だった。しかし、次の一枚を見た二人は揃って頭の上にハテナを浮かべた。


「頑固爺さんを説得しろ……?」


「なんじゃそりゃ。どういうことですか?シルスさん」


「ああ、それはちょっとヘンテコな依頼でね。日付指定なんだけど、誰も受けてくれなくて困ってるんだよ。」


「よし!やります!」


 二つ返事でフィーリアは承諾する。


「おい!せめて詳細を聞いてからにしようぜ!」


「ふふふ。この依頼はヘンテコだと言ったろ。詳細は前日にしか話せないんだ。それまで他の依頼をこなして検討すればいい。ま、時にはエルフちゃんみたいな勢いも、冒険者には必要だとは思うがね」


「うっ……前向きに検討します……」


「よーし、じゃあ早速出かけよう!」


 結局二人は話し合いの末、受けることに決めた。といっても、ほぼフィーリアに押し切られた形となったが……。指定の日は三日後。詳細を聞けるまで二日。それまでは、可能な限り別の依頼をこなすことに決めた。


 ――二人が出発してから少し経った頃。


 シルスは一人ギルドの事務仕事をしていた。来客が少ない割に中々仕事が進んでいないのは、間違いなくあの二人が原因だろう。


(ガレットはまあいいとして、あのエルフちゃんも大概外変わり者だな……何はともあれ、これは見ものだぞ)


「頑なに固い老人の心は、そんじょそこらのテコくらいじゃビクともしないよ……ふふっ」


 静かに呟くシルスの口元は、妖しい笑みを浮かべていた。


第4話小話 セルフQ&A



Q:フィーリアちゃんはお金に無頓着なのによく千年も生きて来られましたね



A:フィーリアちゃんは、宵越しの銭は持たないタイプです。基本、必要な時に必要なだけ稼ぎます。お金は無いけど、知識と経験。あと魔法は沢山持ってます。今後、きっとそれを活かして活躍してくれるでしょう。




Q:シルスさんはおいくつですか?あと、出会ったばかりのガレットに見つめられても意にも介さなかったフィーリアちゃんが、シルスさんに見つめられてモジモジしてたのも気になります。



A:ガレットよりかは遥かに年上ですよ。シルスさんは商人でもあるので《目がとても良い》です。きっと、それを感じ取ったんだと思います。あ、魔法の腕もかなりお強いですよ。

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