ブロマイド密売事件 エピローグ
「もともとフィールドワークで始めたことだったんだ」
「家中チョコまみれになっちゃってさ。一年に配ってたのはそれだから」
生物部員はまだ自信が崩されていない様子だった。
「カラスを完全に手名付けた頃だったかな。ある人から連絡があってね」
その『ある人』という言い方は心酔するような何かがあった。
いつの間にか手を合わせて祈るような姿勢になっていた。
「この茶番はね、今までにない方法でお金を稼がなきゃいけなかったんだ」
「そうしないと手に入らないものがあった」
雪乃先輩は急に強くなった風に吹かれる髪を抑えながら問いかけた。
「ある人、がこの一連の取引を考えたと?」
「そう。あの人から伝言があるよ」
声色さえ変わったように生物部部長は言った。
「雪乃、これは私たちからの奇商倶楽部」
「そう言えばわかるって」
生物部部長の顔は気付けば元通りだった。けれどうっとりした瞳は今はどこも見てないように見える。まるで推しの握手会に参加した時のような夢心地の、そんな表情。
「お金もたいしてとってないよ一枚百円だよ。たったのね」
「あの人はお金には興味がなかった、ただその手に入れ方だけを気にされていたの」
「この話は私たちだけの胸の中に収めておきます」
「その代わり」
雪乃先輩はいまだにうっとりした表情の部員のそばに歩み寄ると耳にそっと囁きかけた。
部員は我に返ると
「え、まあいいけど、二枚でいいんだよね?」
「ええ、それで今回は手を打ちましょう。もちろん今後の盗撮はもうダメですよ」
雪乃先輩の微笑みはどこか影があるようだった。
数日後、わたしが司書室でいつものようにお茶をいただいていると、雪乃先輩は急に二枚の写真を取り出した。
「もかちゃんの写真と私の写真。お互いに生徒手帳に挟んでおかない?」
そこには二枚の隠し撮り写真が並べられていた。
「萌花ちゃんが嫌だったらやめるけれど」
先輩はしょんぼりしながら写真を引っ込めようとした。
わたしは先輩の写真を自分でも信じられないくらいの素早さで受け取ると生徒手帳にそっと挟んだ。美しい花を押し花にするように。
雪乃先輩は笑ってわたしの写真を眺めている。
「この角度すごくいいのよ、もかちゃんのベスト角度ね」
「生物部員にそんなこと頼んでたんですか?
「まあね、あの人はある意味では被害者だし」
「『あの人』って誰なんでしょうか?そんな先輩のライバルみたいな人がこの学校にいるなんて思えないんですが」
「この学校じゃないわ」
雪乃先輩はそれだけを言うと、黙り込んでしまった。
わたしは生徒手帳とロザリオに加えてもうひとつ宝物が増えた喜びと、先輩の憂いを秘めた瞳に心がざわついた。
これが、わたしたちの学校で起こった奇妙な商売の最後の一幕。
純白の部屋の中、真っ白なパンケーキに真っ白なクリームが乗っている。
それに音一つなくナイフを通していく。
純白の部屋の中、純白のキャミソール一枚で。
その部屋の中で色を持っていたのはただ、その人物の姫カットの艶やかな黒髪と黒く深く沈んだ瞳だけだった。
「ああ、雪乃。私たちからの伝言、受け取ってくれたかしら」
「ちゃんと、会いに行くから、待っててね」
「私がいないうちに恋人ができたんだってね」
「その方にも挨拶をしなくっちゃ」
白雪誉はそう呟くとカーテンを開け放った。
夜明けは遠く、闇は深く、昏く、果てしなくどこまでも続いている。
清心館女学院の探偵事情2 完




