ep7.雪降る朝
窓の外が、ゆっくりと白んでいく。
雪はまだ降っていた。
夜の雪ではなく、朝の光を含んだ静かな雪だった。
老人の娘は、寝台のそばで父の手を握り続けていた。
その背中は小さく震えている。
けれど、不思議と取り乱してはいなかった。
長い時間をかけて、覚悟してきた人の静けさだった。
老人は薄く目を開ける。
呼吸は浅く、間隔も長い。
胸が小さく持ち上がるたび、身体の奥からかすかな水音がした。
モニカは暖炉へ薪を足した。
火が赤く揺れる。
その熱を感じながら、ふいに昔の記憶が脳裏を掠めた。
夜勤明け前の病室。
カーテン越しの朝日。
モニターの消えた部屋。
そして、誰かが静かに言う。
『ありがとうございました』
モニカは小さく息を呑む。
その声が、誰のものだったのか思い出せない。
けれど。
悲しい記憶ではなかった。
老人が小さく息を吸う。
娘が顔を近づけた。
「お父さん」
老人の瞳が、ゆっくり娘を見る。
その視線はもう霞んでいたが、それでも確かに、そこにいた。
「……すまなかったな」
娘は首を振る。
涙が頬を伝っていた。
「帰ってきてくれて、よかった」
老人は何かを言おうとした。
けれど声にはならない。
代わりに、小さく息を吐く。
その呼吸は、驚くほど穏やかだった。
モニカは静かにその胸を見ていた。
浅い呼吸。
長い間隔。
そして。
次の息は、来なかった。
部屋は不思議なくらい静かだった。
暖炉の火だけが、小さく音を立てている。
娘は父の手を握ったまま、俯いていた。
泣き声はなかった。
ただ肩だけが、静かに震えている。
モニカはそっと毛布を整えた。
冷たくなり始めた指先へ、最後に一度だけ触れる。
その時。
老人の最後の言葉が、ふいに胸の奥によみがえった。
——最後に人に触れてもらえるってのは、悪くない。
窓の外では、雪が静かに降り続いていた。
朝の光の中で見る雪は、不思議と少しだけ優しかった。




