ep6.朝の訪問者
雪は、夜のあいだから途切れることなく降り続いていた。
窓の外は白く霞み、街はまだ眠っている。
暖炉の熾は小さく赤く残り、部屋には静かな熱だけが漂っていた。
老人の呼吸は、さらに弱くなっていた。
長い沈黙。
浅い呼吸。
その繰り返し。
モニカは寝台のそばへ座ったまま、静かにその胸の動きを見ていた。
その時だった。
下の階で、扉を叩く音がした。
女主人の怪訝そうな声が聞こえる。
「……こんな朝早くに誰だい」
雪を払う音。
扉が開く気配。
少しして、階段を上がってくる足音が聞こえた。
ゆっくり。
迷うような足音だった。
現れたのは、一人の女だった。
灰色の外套には雪が積もり、肩で小さく息をしている。
年は四十を少し越えたくらいだろうか。
その顔を見た瞬間、老人の瞼がわずかに動いた。
女は寝台のそばまで来ると、震える声で言った。
「……お父さん」
部屋の空気が静かに止まる。
モニカは立ち上がり、小さく場所を空けた。
女は寝台の脇へ膝をつく。
その手が、恐る恐る老人の手へ触れた。
「探したのよ」
声が震えていた。
「ずっと……」
老人は薄く目を開けた。
濁った瞳が、女を見る。
けれど、その焦点は曖昧だった。
「……リナ?」
女は小さく頷く。
その瞬間だけ。
老人の顔が、ほんの少し若返ったように見えた。
「大きくなったな」
掠れた声だった。
女は泣きそうな顔で笑った。
「もう、おばさんよ」
老人も、小さく笑う。
短い。
息の続かない笑いだった。
暖炉の火が静かに揺れる。
モニカは少し離れた場所から、その光景を見ていた。
胸の奥で、何かが小さく軋む。
遠い記憶。
病室。
間に合った家族。
泣き崩れる声。
そして。
間に合わなかった夜。
モニカはゆっくり目を閉じた。
老人の呼吸は、もうほとんど音にならないほど静かだった。




