ep2.夜半の呼吸
夜半を過ぎた頃、老人の呼吸が急に荒くなった。
暖炉の火は小さくなり、部屋の隅には冷えた影が溜まり始めている。
モニカは寝台のそばで目を覚ました。
老人は苦しそうに喉を鳴らしていた。
胸が上下するたび、濡れたような呼吸音が漏れる。
その音を聞いた瞬間、モニカの背筋に冷たいものが走った。
暗い病室。
青白いモニター。
夜明け前の窓。
『SpO₂、下がってます』
誰かの声が聞こえる。
細いアラーム音。
アルコール綿の匂い。
乾いた手袋の感触。
モニカは思わず目を押さえた。
頭の奥が痛む。
けれど身体は、考えるより先に動いていた。
寝台へ膝をつき、老人の背中へそっと手を入れる。
少し身体を起こし、呼吸が楽になる位置を探す。
「……そう、ゆっくり」
自分でも何故そんな言葉が出るのか分からない。
老人は薄く目を開けた。
苦しそうな呼吸の合間に、小さく息を吐く。
モニカは暖炉へ薪を足した。
火が赤く揺れ、冷えた部屋へ少しずつ熱が戻ってくる。
その時、後ろで床板が軋んだ。
女主人だった。
眠たそうな顔で立っていたが、老人の様子を見ると、少し眉をひそめる。
「……まだ生きてたのかい」
モニカは答えなかった。
老人の額へ触れる。
熱がある。
その感触が、また別の記憶を呼び起こした。
夜勤明け前。
汗で濡れた額。
家族へ説明する医師の背中。
『朝までもつかどうか……』
誰かの掠れた声。
モニカは小さく息を呑んだ。
老人は再び咳き込み、そのたびに胸の奥で水音が鳴る。
外では雪が降り続いている。
遠くで、まだ夜の鐘が鳴っていた。




