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ep.1 身体は覚えている

老人の口元を拭っていた時だった。


喉の奥で、絡んだ水音のような呼吸が鳴る。


その瞬間、モニカの指先が止まった。


——知っている。


何故だか分からないのに、その音を知っていた。


胸の奥が、嫌な感じにざわつく。


乾いた空気。


白い光。


遠くで鳴り続ける電子音。


頭の奥で、断片のような景色がちらついた。


『吸引お願いしまーす』


誰かの声。


ビニール手袋を引っ張る感触。


アルコールの匂い。


夜明け前の窓。


モニカは息を呑んだ。


老人が小さく咳き込む。


その身体を支えようとした時、自分でも驚くほど自然に背中へ手を回していた。


少し身体を起こし、呼吸が楽になる角度を探す。


考えたわけではなかった。


身体が先に動いていた。


「……何故」


小さく呟く。


知らないはずだった。


こんな風に人へ触れることも。


熱のある身体の重さも。


苦しい呼吸の音も。


けれど指先だけが覚えている。


その時、不意に別の景色が脳裏を掠めた。


薄暗い部屋。


白いシーツ。


痩せた老人。


『ありがとう』


誰かが、掠れた声でそう言った。


けれど、その顔だけが思い出せない。


モニカはゆっくり目を閉じた。


暖炉の火が小さく揺れている。


外では雪が降り続いていた。


老人の呼吸は、まだ浅く湿っていた。

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