ep5.名前
昼を過ぎる頃には、雪も少し落ち着いていた。
窓の外では、屋根に積もった雪が時折さらさらと崩れ落ちる音がする。
少年は寝台へ身体を起こしていた。
まだ顔色は悪い。
咳も残っている。
けれど、昨夜みたいな苦しそうな呼吸ではなくなっていた。
モニカは暖炉へ薪を足しながら、その様子を静かに見ていた。
『……なぁ』
少年がぼそりと呟く。
『はい』
『あんた、名前は』
モニカは少しだけ手を止めた。
不思議だった。
そう聞かれるまで、自分から名乗ろうと思ったことがなかった。
『モニカです』
少年は小さく頷く。
『俺はルカ』
短い声だった。
けれど、それは初めて少年が自分から差し出したものだった。
モニカは小さく『ルカ』と繰り返す。
その瞬間。
頭の奥で、何かが小さく揺れた。
名札。
夜勤表。
誰かが笑いながら言う。
『モニカさん、休憩行ってください』
遠い声。
白い廊下。
蛍光灯の光。
モニカは思わず目を押さえた。
ルカが眉をひそめる。
『またかよ』
『……少し頭痛が』
ルカはしばらく黙っていた。
それから、小さく呟く。
『変なの』
その言い方が妙に子どもらしくて、モニカは少しだけ笑ってしまう。
ルカは驚いた顔をした。
『あ』
モニカは自分でも驚いていた。
笑った。
自然に。
こんな風に笑ったのが、いつぶりなのか分からない。
暖炉の火が、静かに揺れている。
その赤い光を見ながら、モニカはふと思った。
人は死ぬ前だけじゃなく。
生きようとしている時にも、誰かの手が必要なのかもしれない。
窓の外では、雲の切れ間からわずかに冬の日差しが覗いていた。




