ep1.熱
少年はしばらく黙ったまま、モニカを睨んでいた。
逃げるべきか。
それとも動けないのか。
その目だけが落ち着きなく揺れている。
やがて少年は壁へ背中を預けたまま、小さく息を吐いた。
その直後、また激しく咳き込む。
湿った呼吸音。
浅く速い息。
肩だけが必死に上下していた。
モニカはそっと少年の額へ触れる。
熱い。
驚くほど熱が高かった。
その瞬間、また記憶が脳裏を掠める。
小さな手。
冷却シート。
泣き疲れて眠る子ども。
『お母さん、少し休んでください』
誰かへ向けた、自分の声。
モニカは反射みたいに手を離した。
胸の奥がざわつく。
けれど少年は、その手を振り払わなかった。
ただ苦しそうに呼吸を繰り返している。
『家は』
モニカが静かに尋ねる。
少年は答えない。
代わりに、ぼそりと呟いた。
『……ねぇよ』
掠れた声だった。
モニカは少し黙る。
少年の服は薄く、袖口は擦り切れていた。
指先も赤く荒れている。
雪の中を、ずっと歩いていた手だった。
その時。
少年の腹が、小さく鳴った。
少年はすぐ顔を背ける。
モニカは何も言わなかった。
ただ、ゆっくり立ち上がる。
『来ますか』
少年が顔を上げる。
警戒した目。
『変なことしたら逃げる』
モニカは少しだけ目を細めた。
『はい』
その返事があまりに普通で、少年は逆に戸惑ったみたいだった。
ふらつきながら立ち上がる。
その瞬間、身体が大きく揺れた。
モニカは反射的に肩を支える。
軽い。
驚くほど軽かった。
老人を支えた時の感触が、一瞬だけ指先によみがえる。
けれど違う。
この身体には、まだ生きようとする力が残っていた。
少年は苦しそうに呼吸をしながら、小さく呟く。
『……あったけぇ』
モニカは何も答えなかった。
ただ、雪の降る坂道を、少年と並んでゆっくり歩き始めた。




