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<54> その兄弟、かけがえのなきことにつき

 いつの間にかしっかり眠っていたことに気づかされるのは、いつもあの糞駄女神が沸いた時だ。


「ふーん、やっちゃうの?」

「どういう意味?」


 訳ありを隠して、いつもの白い世界で眠る私を見下ろすように糞駄女神は立っていた。

 その顔は、すぐにでもねじ伏せて醜く泣き叫ばせたくなる。

 ただそれは、今ではないし、今は絶対できないから悔しい。


「そのままの意味」

「そう。ならあなたに言う筋合いはありませんわね」

「えぇ? けれど、あなたもう、暗殺しないほうがいいわよ?」

「助言しているのなら無駄ですわね」

「そう? 後戻りしないなら、相応にひどいことになるわよ?」

「そう」


 女神の煽りも、どこ吹く風である。

 彼女の発言に、いちいちやきもきなどしていられない。

 きっとそういう風に言うのは、「その結果彼女が不利になる」ということだから。

 不愉快は極まれりだが、いちいちそれで揺さぶられてなどいられない。適当にやり過ごして、私はその夢から自らを抜いた。



 目を覚ますと、窓は夕日が沈みかけていた。

 すっかり眠ってしまっていたらしい。どうにも、あのオーシアと顔を合わせたくないと思うあまり、普段の睡眠で深く寝付けずにいるのは好ましくなかった。


(もう少しかかりそうかしら)


 祝賀の夜会は、しっかり日が落ちるころに行われる。

 冬場でまだ明るいのは、夜会にはまだ時間がありそう。


「今起きたところか」

「気分を悪くしたと聞いて、この人心配して訪ねたいって言い出したのよ」

「悪いか。どうにも気になったんでな」

「あなた、わたくしというものがありながら」

「いや、二人目がいてもそこは構わんのではないか?」

「ベルサーネス公爵閣下のおそばに仕える人が何を言っております?」


 なのだが、寝起きのところに誰かが訪ねてきていた。そう思ってお姿を確かめれば、プフェリ閣下その人だった。

 お近くにいらっしゃるのは、その奥方のマナシラ様のようだ。


「あ、あの、申し訳ありません、こんなはしたない姿で」

「よいよい、むしろそれはがんぷ……いってぇっ」

「わたくしが見ていなかったら、あなた一人でここにいらしてません?」


 それを確かめる前に夫婦漫才のような夫婦喧嘩が始まっていて、プフェリ閣下はマナシラ様のかかとに足を踏みつけられていた。

 とても痛そうだった。


「言うな、テレシウスには過ぎた嫁だからなどとは微塵も」

「……思ってらしたのですね」

「……思ってたのは事実だがな、下心は微塵もないぞ」

「嘘おっしゃい、それで何人のお手付きを作っておりましたの?」

「それは……」

「あ、ああのっ?」


 さすがに、そのままふたりだけの世界に入られると主題が始まらなさそうだったので、遮るように申し出た。


「ん、ああ、すまない、別に他意があったわけではないのは事実だぞ」

「それより、その、テレシウス様は」

「ああ、あいつは親類に連れていかれてたな?」

「親類」


 親類となると、父上か叔父上か?

 あるいはジオブラダ家のフレドロス閣下の奥方の側の方か。


「何分、ヒューレステ嬢のことでいろいろと問い詰められている様子だったが」

「そうなのですわね……彼はお人好しなので、いろいろ心配です」

「なるほど。……テレシウスが突っ走っているようだな?」

「どういうことですの?」

「あなた、恋する乙女の目線でテレシウス殿を見ておりませんのよ」

「あ……」


 何を気にされているかと思えば。

 私はその感想を聞いて、息を飲んだ。

 でもすぐに落ち着いて返す言葉を選ぶ。


「わたくしは家を取り戻すために、このお話を決めたのですわ。申し出を受けてもらえた件を大切に」

「そういうことではない。テレシウスはそれぞれの領地の距離こそ離れていても、お互いに気にかけずにはいられなかった間柄だ。ずっと嫁取りなど考えられんと言って頑なだったあいつが、突然婚約を受けるなど、それこそファーステス様でもなければ……」

「??」


 なぜ私なのか。

 ことごとくおかしい。父上も、叔父上も、フレドロス閣下も、メリッサも、プフェリ閣下も。

 まるでテレシウスが私でなければだめ、と言っているようなものではないか。


「それはありえませんわ。王太子殿下のご勘気を被って処罰されるような方は、彼にはふさわしくありませんもの」

「うわ、毒舌だな」

「なのでその枠にわたくしが嵌った、というのはごく自然な流れではありませんの?」

「そうですわね……」


 プフェリ閣下もマナシラ様も、私の反論を受けて少し距離を縮め、耳打ち程度のささやきをしそうだった。

 覚えたての指向性聴覚を試そうかと思ったけれど、そのままささやき合いになったのを見て、目の前で仲の良い相談をされるのはうらやましくも恨めしさが沸いたので、適当に切り上げてもらう。


「それで、本題は本当にテレシウス様とわたくしのことなのですの?」

「いや、そもそも本題とかそういうことではないが、あえていうならオヴリルがな」

「弟君が何か?」

「本来気にかけていたのはあいつのほうなんだ。だがどうも人見知りするたちがあって、ヒューレステ嬢を訪ねるのはあれだとかなんとかいって」

「そうですの」


 そうして要件を聞けば、オヴリル殿の代理、だった。


「わたくしのようなものにご兄弟でですの?」

「いやそれは謙遜が過ぎるだろう?」

「あなた、わたくし彼はあまり好きではありませんわ。あまり部屋から出ようとせず、何をしているのか」

「言わないでくれマナシラ。あんなでも俺のただひとりのきょうだいなんだ。あいつにはもっと広い世界を見て学んでもらいたい」

「ですが、気になる婦人ひとりに尻込みするようでは、覇気が足りませんわ。ただ、あなたは逆に行き過ぎてます」

「あ、あの、オヴリル殿とプフェリ閣下は仲が良いんですの?


 夫婦喧嘩しそうだったので私から話題を振る。


「そうだな、その質問だと、『仲が良かった』というべきか。目に入れて痛くないわが弟だ。家督の責任など考えずに、思うままの人生を進んで欲しかったのだが」

「何かまずかったんですの?」


 そうすると、お二人は自ずとそれらしい話題を持ち出していた。


「そこはほら、よくあるお家騒動というか」

「そんな争いをしようとする家臣が愚かなんですの。ベルサーネス公爵やジオブラダ侯爵が取り持たねば、オーギュシク伯爵家が取り潰される直前に」

「マナシラ、そこまで言うことは」

「ええ、相続でもめたことを不用意に言うべきではありませんわ」

「そう、ですわね……つい心配で」


 自然とできた派閥のようなものに、父上がどう介入したかは知らない。フレドロス閣下だって直接出向くことはできなかったはずだ。それでも、彼らの手が回ったおかげできちんと然るべき長子相続がなったことに。

 でもそれだけで、おおよそプフェリ閣下を暗殺したがっていた人間像は想像できた。


「っく、あの、すみません、また思い出して……っ」

「ん、ああ、すまない、長居してしまって」

「有意義なお話、感謝いたしますわ、ヒューレステ様」

「いえ、今後ともよろしくお願いいたしますわ、マナシラ様。プフェリ閣下も」


 おおよそ要件は終わったはずなので、お二人には外してもらうことにした。

 話を切り上げて、お二人はその場を静かに立ち去った。



 誰がプフェリ閣下を暗殺したがったかは、オヴリルを当主にしたかった勢力の差し金か、あるいはオヴリル本人だと思う。

 彼がやりたかったのが、「旅に出て見分を広める」ことではなく「オーギュシク伯爵」であったなら。逆にプフェリ閣下はマナシラ様と旅に出たかったのではないか。

 うっすら、そんな思考を悟った。



 しばらくして、開放されたテレシウスが戻ってきた。


「ベルサーネス公爵閣下もコーディス子爵閣下も、完全にファーステスって気づいてたんだが?」

「まあ気づきますわね」

「それで、大丈夫そうか?」


 それは、私の体調のことか、それとも身バレして平気かという話か。


「それは問題な……いえ……気分は落ち着いてきたのですが、どうも受け付けそうになくて。夜会、欠席するようにお伝えくださいますか?」

「わかった……みんなには伝えておく。ゆっくり休んで」

「ありがとうございます」


 そんな簡単なやり取りで、まず「夜会に欠席する」ことを申し伝えた。

 メリッサが、視界に入らない場所でテレシウスの夜会衣装の着付けるところを確かめていて、問題のないことが確認されたら、彼はそのまま会場入りするために歩いて行った。


 テレシウスがいなくなるのをしばらく、ソファに掛けたシーツの中に横たわったまま確認し終えたところで、私は体を起こした。


「メリッサ」

「はい、ここに。いかがなさいました?」

「少し、控室を抜け出しますわ。しばらくの間、この部屋の人払いをお願いできる?」

「かしこまりました。それで何を……お体は問題ありませんのです?」

「獣の解体はずっと昔から数えきれないほど立ち会っておりますの。あれは仮病ですわ」

「けびょ……」


 結ってもらったクラウンブレードはそのままに、控室に持ち込んだ荷物の中から深緑の隠密装束を取り出して上から羽織った。

 外はちょうど冷え加減になるから、厚着気味なくらいがちょうどいい。


「ファーステス様?」

「わたくしは、どうしても加減がすぐれなくて祝賀会を欠席していると、もし他のどなたかが直接訪ねてきたらお伝えくださいます? それと何があっても、部屋に入れず、けして騒ぎ立てぬよう」

「は、はい……」


 気分を悪くしたことで、プフェリ閣下が訪ねてくれるかどうかは賭けだった。彼のような人柄ならきっと、体調を崩したと言えば見舞いに来てくれるものと思って仕掛けた。

 もし来てくれなかったとしても、なんとかお呼びして、お話を伺うつもりでいたから。

 結果的に彼は主催の責任と、弟君と私への個人的感情で訪ねて来た。

 そこにヒントを見出すつもりでいたけれど、あのやり取りをしたおかげで、私は「彼を仕留める一連の想定」が完全に構築できた。


 狩りに使った、立てかけてある丸木弓を肩に、ヒップクイーブに矢筒を下げて、窓から飛び出して、認識阻害をかける。

 

 プランを形にすべく私は、監視下の祝賀会場に急いだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次ですね。

今回とても大事なヒントをプフェリに貰うことができたので、これで仕掛けることができます。


次回更新は、9月1日の21時ごろを予定しています。

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