<53> それを野に放つ意味
かくして、式典の後のお祭りは次の演目に入った。
参加する各家の射手たちが腕を競って森の恵みにあやかるもの。
この狩りの成果が、祝賀の晩さんにおいて新鮮な肉として提供される予定のものとなる。
髪を結いあげてクラウンブレードにし、パンツルックで移動の制限を封じる点は、改めて式典の時の衣装とは違って動きやすさしかなかった。
ヒップクイーブに矢筒を下げて、私は出場者の集合する場に立つ。
「その、ふぁー……ヒューレステがそんなに決まった感じになるとは思わなくて。似合ってて素敵だ」
あまりにも過剰な誉め言葉を投げかけてくれるテレシウスが、何かに迫られているように思えたけれど。
「ありがとうございます」
「今回俺は見守らせてもらうよ。ヒューレステの無事を祈ってる」
「ええ、きっとよい成果を上げて差し上げますわ」
テレシウスは私の出場に際して、声をかけてくれた。
こんな場面、どこかで望んでいた私を思い出すと、それはまた切なさと寂しさまで思い出されるから良くなかった。
ルール説明の段になるにあたり、テレシウスは私の傍をそっと離れた。
出場者の中には、父上も、叔父上も、フレドロス閣下もいた。
主賓であるプフェリ閣下も、弟君のオヴリル殿もいらっしゃる。
良く知った方々の顔ぶれを一瞥しながら、この伯爵領の執務官にあたる方が説明を行っていた。
制限時間を合図として告げる角笛の音で、出場者は各自で森の中に馬を駆って入っていく。
基本的に馬を使用して獣を追い立て、囲い込みながら倒していくというもの。よくある個別に狩った数を競うのではないのは、あくまで必要数を確保することを目的としたそれは、戦での連携の訓練のようなものだった。
「ヒューレステ、さんだったかな?」
「あ、はい」
「今回初めてかね?」
「はい、初めてです」
「まあ気楽にやりなされ。いい勉強にもなるだろうしな」
「わかりました。ご親切に感謝いたしますわ」
初老の参加者の方が声をかけてくれた。どこかの家の当主だと思うけれど、記憶にない。王都から離れた領地の領主だと、出会う頻度が少なくて顔と名前を一致できない。
きっと名前を伺えばすぐ思い出せると思うけれど、あえてそれを問わずにお礼で済ませた。
そうして、開始の角笛が吹かれると、まるで持ち場を得るようにそれぞれ森の中に馬を進めていた。
蹄が地を踏みならす音は、人が森に踏み入ったことを示すものである。道を外すと足場はけして良いものとはいえない。ところどころに開けた場所を見かけるけれど、そこも完全に平坦ではなくて、気を付けて馬の脚を進めないと、ひっかけたり取られたりで落馬しかねない様相だった。
(どうして、このような森に馬で)
馬を使うといっても、こんな荒地を無理に進めるような繰り方は初めてだった。
足の置き方に気を遣うように、周囲と地面とを見渡しながら進めていく。馬のほうでそれをわかってやってくれるかどうか、完全に手探りで、なおさら気を使った。
とりあえず、位置関係だけでも確かめられればと、生命感知を使おうと思ってふと、込めた魔力を引いた。
(この森、使いたいと思うと使える場所だ)
プフェリ閣下の暗殺。
目的がふと、頭をよぎった。
変に意識を向けることで、監視や警戒の手を広げている父上たちの緊張を高めないように、この場では考えないつもりでいたのに。
そうなると、感知を不用意に使用するのは危険だった。
自分が感知魔法を使用したことを、この森の中に父上たちの”手の者”が潜んで監視している場合に気づかれると、不穏さを抱かれてしまう。
ただ、確証は持てない話だ。
父上か叔父上に合流できれば、それは確信につなげられる話なのだが。
「ファーステス、こんなところにいたのか」
「ファーステス様がこのような場所にいるのですか、モーファス閣下」
「そうか、そうだな」
不意にあぶり出しを仕掛けた声を聞いた。
父上に比べてやや丸みのある輪郭をした顔立ちだが、兄弟であることをよく思わせる似かよった雰囲気は、叔父上その人だった。
「わたくしはヒューレステ、ですわ。ご挨拶に伺えず申し訳ありませんでしたの」
「そのことは構わんさ。テレシウスのやつも、ついに身を固める決心をしたんだと、兄上からもフレドロス殿からも聞いている」
「はい、やっと、ですわ」
噂をすればなんとやら、というわけではない。あまりにも好都合な話で、私はその巡り合わせを誰かに感謝した。
その誰かは、間違っても糞駄女神ではないし、ヘルガドもだいぶ違う。
私は、その巡り合わせに合わせてそっと、自身を覆う魔法を仕込んでおいた。
「しかし、そなたのような馬術と弓術を嗜む令嬢が、ジオブラダ侯爵家のある土地で没落していたとは」
「いつか期待に応えられる日のために鍛錬を積んでいたのですわ。そのおかげでテレシウス様と巡り合うことができましたの」
「そうか。本当に世界は狭いものだな?」
「ええ、本当に」
叔父上のその実感を表す言葉は、どうにも心がこもっている気がしなかった。
そもそも私は父上に漏れたうえで秘匿を約束しなかった以上、叔父上もおそらく、私がファーステスであると知っているはずだから。
それでもなお、私が否定を無下にしなかったことは、感謝しかない。
「そろそろ回り込みが終わって、追い立てられた獣が出てくるころだ。生命感知はいけるか?」
「問題ありませんわ」
「なら姿を見せる前に構えておいてくれ。それと……今消臭の魔法を使用していたのか?」
「ええ、たしなみですわ」
叔父上が、すぐ私の仕込みに気づいてくれた。
これほど早く、周囲を調べるために魔法感知を張り巡らせたのは驚かされるばかりだった。
私が仕掛けたのは、「父上や叔父上が監視者との連絡を行っているかどうかの確認」である。
この場合の監視をする隠密者はおおよそ、認識阻害を使用して、意識してあぶり出そうと考えない限り意識の外にあってわからないようになっている。
魔法感知で認識阻害を知ろうとすると、認識阻害がそれに抵抗を示す。認識阻害者はその反応で感知されようとしていると認識できる。
私はそれで相手の魔法感知網を何度も確認してきた。
また、今回なぜ消臭の魔法だったかといえば、体臭というのは際立っていないかぎり無視されるものなのを、あえて魔法で消しているとまで意識するのは、魔法を感知でもしなければありえないから。
それらの結果から、今叔父上が、監視者たちとの連絡を魔法感知の仕組みを利用して、行っている様子であり、この森の中には父上なり、叔父上なりの監視者が多数潜んでいるということは確実だった。
参加者の中に紛れて、不穏な動きを取ればすぐにでも、刺客として処理されるのは明白だった。
「なるほど。変な詮索をして、淑女に嫌な思いをさせてすまなかったな」
「いいえ、お気になさらず」
実際の暗殺を行動に移さなかったことを安堵した。
なので、今は追われてきた獲物をしとめることに全力を尽くすことにする。
木々の中から追い立てられてきそうなシカ類の獣くらいの生命反応に合わせ、馬体の向きを調整して寄せると、飛び出す寸前に馬の腹に足で合図し、後頭を押して追わせる。馬体を合わせシカ類に追い抜きを図る前に、馬体に弦が邪魔されない角度に弓を構えて引き絞った。距離の近さが、引ききれない矢でも的確にシカ類を捕らえた。
十分な当たり所を受けたそのシカ類は倒れ、まともな歩みを得られなくなった。
「おお、見事なものだ」
「モーファス閣下もさすがですわ」
振り返れば、叔父上も一頭仕留めていた。
ほぼ同じような手順で、一射の誤りもなくシカ類が矢を受け切っているのを見やるに、やはり叔父上は「父上相当がもうひとりいるようなもの」に等しいお方を実感させられるものだった。
私と叔父上がいるひらけた場所に、何人かが馬を踏み入れて追われてきた獣たちを思い思いに仕留めていた。
プフェリ閣下やオヴリル殿は、追い込み側に回っていた。
客人に仕留めの手柄を与えるのは、もてなし側の作法として行っているかのように思えた。
狩果は各々の技量もあって、参加者全員をもてなすに十分な肉量を得るに足るものが得られた。
陸の獣竜種の魔物を巻き込んで、それも倒しておまけとなったのは、恐ろしくもうれしい誤算となったのだけれど。
陸の獣竜種はオーギュシク領兵が手分けで解体と運び出しにあたっていた。
それぞれの獲物もまた、食肉のためにその身を刻まれた。
「うっ……ぷ」
「ヒューレステ?」
「申し訳ありません、わたくし、解体の場を見て気分が」
「ああ、それは良くないな……」
「なので、しばらくお休みさせてくださいませ」
テレシウスに抱きとめられるようにして、獣追いの閉会の言葉を聞くこともなくその場を後にする。
もっとも演技なのだけれど。
今までの数々の野営と、孤児院で提供するジビエのために普段から獣肉の解体をしてきた身、今更悩まされたりなどしない。
控室で横になって休むところ、メリッサにも案じられた。
「ファーステス様、そういうところは他の令嬢とかわりませんのね」
「あはは……メリッサは見たことありますの」
「見たくもありません。見たらお肉が食べられなくなりそうです」
「そうですわよね」
メリッサも一応貴族令嬢、野蛮さは嫌悪の対象の様子だった。
狩り衣装の締め付けを緩めてもらって、ソファをベッド替わりにして私は少しの間、横になって。
きちんと眠れていない結果とばかりに、夢魔がごとき糞駄女神が私を呼び寄せるような眠りを、私にもたらしていた……
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ファーステスの仕留めは次かその次くらいで予定しています。
次更新は8/30となるかと思います。




