<52> 今再び心から邂逅を喜ぶ
父上は明らかに、私と決め打ちしてきた。
「何をと言われたなら、事情は説明しないとですわね、父上」
何をどう根拠としたかわからない。
けれど、私は父上に一切自身を偽装できなかったということになる。
よく知らない人間なら誤魔化せても、父上相手にはどうしようもなかった。
でも、それが私の狙い。
父上にだけ『割れる』のは想定の範囲だった。
「父上に会いに来ましたわ。それで、十分ではありませんの?」
「俺に会うだけ、か? そうか。おそらくはテレシウスとの婚約も、ここに入り込むために」
「ええ、彼には承諾をいただいてここに来ておりますわ」
「そうか……しかしそれは承諾なのか?」
「そういう認識でおりますが」
父上までおかしな事をいう。
テレシウスは納得して、私の提案を受け入れてもらっているはず。
「ファーステス、本当にライナルド殿下以外には……いや、俺が言うことではないな」
「父上、今はそのことを深く考えるべきではありませんわ」
そう、ここに来た理由の追及は先送りすべき話である。
「諸々理由はありますが、わたくし、父上に会って言わなければならないことがありますの。主に……謝罪のこと」
「謝罪? 何か謝られるようなことがあったか?」
「わたくし、醜い嫉妬で父上の立場を危うくするような真似をしてしまい、大変ご迷惑をおかけしました、申し訳ありません!」
まず私はすぐそれを言いたかった。
スコラを恨む感情、殿下の横恋慕を咎める感情で、私だけが堕ちるならともかく、父上に大きな負担を被らせた。
父上が今抱えている横断的な調整力において、特に議会や議員、あるいはリュイミル王国との関係の亀裂を生んだのは、私が暴走のせいなのだ。
「ファーステス……なぜお前が謝らねばならんのだ?」
「父上、わたくしは、父上に」
「俺はあの時言ったはずだ。ファーステスに罪はないと」
「ですが」
「その想いを裏切られて、冷静でいられる人間のほうが珍しいだろう? 気に病んでどうする? そういった娘の悲しみを洗うことなど、父としてなんら苦痛はないんだが?」
「父上……っ」
だが父上は、あまりにも私に寛容だった。
どうして、どうして。
私は、取り返しのつかないことをしたというのに。
「それよりも……ファーステス、よく無事でいてくれた。しばらく行方知れずでいた時は生きた心地がしなかったが……」
「そんな、父上。家訓とあなたの鍛錬のおかげで、わたくしは生き延びることができたのですわ」
父上の表情は、安堵と歓喜で私を迎えているかのようだった。
「そうだとしても。人間どこで何があるかわからないものだ。だからこそ、生きてこうして出会えたのは、感謝以外にないんだ。何より、前にもまして晴れやかそうで、うれしいんだがな?」
「父上……っ、ぐすっ」
「ファーステス? おい、なぜ泣く」
「泣くに決まってるじゃないですかっ、ぐすっ、こんなに、こんなにっ」
いけない。
今までずっと、ずっと、あの断罪の晩から今まで、油断のない迫られた状況の中で、張り詰めた緊張感を失わずに来たことが、ここになって実感として表れていた。
「そうだな。そうだな……」
きちんと言葉で伝えていない。
けれど私も、父上も、お互いに多くを語らなくてもわかっていた。
こうして面と向かって再会の機会を得ることができたことが、うれしくないわけがない。
だから。
感極まって喉を鳴らすような涙声が、しばらく収まることはなかった。
そうして気持ちを落ち着けて、弓を手にする。
「エミナ・ノ・ユミハリはおいてきたんだな?」
「はい。今のわたくしはファーステス以外のものを演じております故」
「そうか」
今の言葉のやり取りで、あの時父上ははっきり、私を認識してあの弓を渡してくれたのだと理解した。
無事はあの時伝えていたけれど、真にそれを喜び伝えたかったのだ。
「父上、すこし難しい質問をさせてくださいませ」
「なんだ?」
「わたくしが表舞台から外している間に、クオラボロがリュイミル王国との戦争をもくろんでいるというのは事実でしょうか」
「どこでそれを?」
「出どころを明かす許しがないので言えませんが、確かな情報筋ですわ」
父がいったん先にこの部屋を出る形をとるために、先に外側に足を向けていた。
その背中に向けて問い合わせると、少しだけ向き直って答えてくれた。
「そうだな。おおよそその通りで合っている」
「……そうですか。やはりわたくしが、あのようなことをしたから」
「もうそれを言うな。遅かれ早かれ、ファーステスが結婚したとしても止まらない流れだっただろう」
「わたくしが、わたくしがスコラなどにライナルド殿下を奪われなければ……戦争などさせませんでしたわ」
「いや、王家の意向だけで止められるほど、今の貴族たちの懐事情は簡単な話ではない。特に今年はあまりに穀類が不作、いや凶作と言っていいほど取れ高が上がらなかった。私の領地は十分な蓄えを元に、特に穀類の価格調整のための放出をしていたとはいえ、その価格上昇を3倍未満に抑えることが精いっぱいだった……実際蓄えすら作れないほど逼迫していた領地の悲惨さは目に余るものがある」
「そんなに」
私はそれほどに情報を集められる手もすべもない。
孤児院の生活圏と、まめに通っている血の約束のアジトと、その間ではベイシスの中で情報が完結してしまっていた。
対外的な話を調べられていたのは、父上が立場もあってのことだと思った。
「そこへ来てエルベス川中流域での小競り合いだ。その貧しさの坂を転げ落ちることが確定の状況を打破したい末端のものの感情は、もはやだれにも止めることはできないものだ」
「そうですわね……ですが、戦うべきではないという貴族、領主も相当数いらっしゃるのでは」
「そうだな、オーギュシクはその点で作付け面積が狭い分を鉱山収入などで賄っている。特に貴金属と宝石類の収入は穀類の物価高にも耐えうる財力をもたらしている。戦う理由のない本領は非戦派であり、我がベルサーネス一族とも懇意の関係だ。プフェリ殿もその意向で今後も進める予定でいるそうだな」
戦う必要がない。ベルサーネス派。それを継承していると目されるプフェリ。
それを暗殺しようともくろむ意向があるとは、つまりは開戦派の意図か。あるいは……
「そうなのですか」
「回答はこれでいいか?」
「はい、ああ、それと……この式典、あまりにもベルサーネスの関係者ばかりが集まっていませんの? 父上はもちろん、まだ会っておりませぬが叔父上も」
「そうだな、確かに主要な人間が一通り揃っているが、ファーステスの危惧はもっともだ。一網打尽にするならちょうどよい集会だな?」
「ですが、嗅ぎ付けて攻撃を仕掛けてくる様子がないのは、何か父上が」
「何と思ってもらって構わないが、無策では安心はとれんよ」
「そうですわね、ありがとうございます。父上」
危惧にたいする返答は私が推測した通りのものだった。
良からぬことを考える人間を出さないために、あらかじめ工作し、始末をつけていたのだ。
「そうか。ところで」
「なんですの父上」
情報の裏付けができたところで、父上が逆に問い返してくる。
「ある貿易商が矢の狙撃に倒れたという話を聞いた。射抜いた矢が、ベルサーネスの上級軍人しか使わない弓で放たれたものではないかという話で治安部隊から連絡が来たのだが」
その話は、私にとって心当たりしかない事象のことだったけれど。
「そうなんですの?」
「厳重な警備を敷いた体制にもかかわらず射抜くことができるのは、そちらの関係者ではないかと言っていたが……追い返しておいた。王家の犬のふるまいは、どうも俺の領兵には目の上のたんこぶなんでな」
「あら……まあ、仕方のないことですわね」
つまり、それを可能とするものは、ベイシスの城にしかいないはずという目論見はあらぬ疑いなのだ。
許容できるはずのない話に、帰らせる圧が治安部隊を追い返す力となって働いたのだが。
「ただ、俺にはそれができそうな人間に心当たりがあったが、関係はないだろうな?」
「ええ、なんら存ぜぬことですわ」
「ならいい。では獣追いで、改めてまた見させてもらうぞ」
やはり、エミナ・ノ・ユミハリを使用したのは良くなかったと思う。
けれど、あの条件では使わざるを得なかった。
父上はわかる人。それが達成可能な技量を持つ人員が、誰もそのようなことを仕掛けられる状況にあるものではなかったから。
控室を出ていく父の背中が、あまりにも大きく広く感じられた。
部屋の外において、一時仕えの使用人メリッサは内容の一部始終を聞いていたけれど、その極秘事項の多くを他言無用と誓ってくれた。
その代わり。
「若様のお気持ちが可哀そう」
「……?」
「いえ、すみません、これは私の口から言えることではありませんね」
その意味深長な発言は、最後まで私の推論の域を超えたところで推移していた。
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次回は8/29更新を予定しています。




