<51> 父は私にとっての
ただそれは、私にとっては「想定内」の話である。
さまざまな要素を本来の私から遠ざけたとしても、きっと何かが父上に私を思わせたのだと思う。
「? フアンザース様?」
「あ、ああいや、ちょっと、娘のことを思い出したのでな」
「娘さん……ファーステス様ですか?」
「ああ、ちょうとヒューレステさんと同じくらいの年で、背格好もほぼ同じで、しかも声も似ていたので、どうしても思い出してしまいましてな」
「そうでしたの」
その父上の発言はどこか、私に炙り出しをかけたかのように聞こえた。
年齢と背格好はともかく、声色を変えるすべまではさすがにどうしようもなかった。
父上がそれほどまで、私の特徴を丁寧にとらえていたことに改めて驚かされる。
「テレシウス様が気にかけていらっしゃるという話は常々聞かされておりましたが、それでなのですね」
「ヒューレステ?」
テレシウスが、父上とそれとなく合わせた話でやり取りするところに割って入った。
私がテレシウスに気に入られた理由についてに、照れ混じりでの横やりを入れたがったらしく。
「まあとにかく、こんな息子だがよろしく頼んだぞ。ところで、ヒューレステさんは親御さんは」
「……両親は、すでに亡くなっておりまして、近親のものの大半とも連絡のつかない身なのです」
「なるほど。しかしブラフェスク家……似た名前をどこかで聞いた気がするが、関係性は」
「ブラフェレク家でしょうか? 良く間違われるのです。なにぶん、遠い国のルーツなので……」
「そうか、心当たりにない由緒だが、家紋やなんかの証拠となるものは何か持っているかね?」
「すみません、今回はめでたい式典に参加することに専念していて、ご挨拶だけのつもりでおりましたので、然るべき証明は後日ではいけませんか?」
それはそれであるのだが、今度は実際に息子の婚姻相手の出自を、フレドロス閣下は気にされて私にさまざまを問いかけていた。
まかりなりにも侯爵令息の結婚相手なのだから、偽物を掴まされていないかを確かめるのは当然の話。
父上よりやや年上かもしれない、顎髭を蓄えた彼は私の返しに少し考え込みながらも、それ以上の詮索を止めた。
「ああ、そうか、そうだったな。どうしても仰々しい話をしていかん。ではこの式典が終わったところで正式に、この話を進めさせてくれ。何分頑なに嫁取りを断り続けてきたテレシウスが、ついに認めた話なのでな」
「父上……私は真によい人だと思ったからで」
「わかっているさ。心に決めた人がいたようでな。随分とその人に執心で、困った男だ」
「それはもう過ぎた話じゃないか、今はもう」
「そうだな、しかしついに折れてくれたと思うと、これから枕を高くして眠れるというものだ」
「いい加減にしてくれ、っ」
どうやら随分、テレシウスは拗らせていたらしい。
フレドロス閣下をそれほど悩ませるなど、どれほどその人はテレシウスのことを悩ませ続けていたのか。
「はははは、まあ良いではないか。さて、我々で留めておくのもあれだろう、二人とも主賓に挨拶してきなさい」
私との件を消化したフレドロス閣下は、私たちに促して挨拶の列を指した。
列と言っても順番待ちが3、4組程度あった程度なのであるが、その主賓、とされる男性は白を基調とする式典服を身につけた紳士だった。
彼の傍にはご婦人が寄り添っている。近くに子供の姿はなく、まだお生まれでないのか。
そして、その彼から少し離れたところに、容姿の似たやや若い男性が立っていた。
「かしこまりました。それでは」
「ああ、行ってくる」
テレシウスはフレドロス閣下の許しをもとに、私をエスコートした形で主賓の元へと歩みを進めた。
その後ろ、聴覚強化で聞けるかもしれないところ。ただ私はきちんと聞いていない話。
「ブラフェスク家とは聞いたことのない家だな」
「流民系の元貴族はどうにもわからなくていけない。大方、息子のお眼鏡に叶ったのを利用してのお家再興か……」
「いや、俺が気にすることはそれではない」
「フアンザース殿、それはどういう」
「あの立ち振る舞いがどうも引っかかる。そんな元貴族というには、どうも気品が強すぎる気がするんだが」
「やはりそうでしたか。しかしそうなるとどれほどの家格の出身か……」
「案外知った人間かもしれないぞ?」
「それはどういう」
私のあずかり知れない話題を聞くこともなく私たちは、主賓であるプフェリ・ノ・オーギュシク新伯爵の前にお目見えすることができた。
すると。
「久しぶりだなテレシウス」
「プフェリも変わりないようで」
「伯爵就任した俺を前にしてそれか? それなのか?」
「そういうつもりじゃなくてだな」
「ああまあそういうことに……ところでそちらのお嬢さんは」
「初めまして伯爵閣下、テレシウスの婚約者で、ヒューレステ・ノ・ブラフェスクと申しますわ」
「それはどうも、俺は今日伯爵となるプフェリ・ノ・オーギュシク。テレシウスとは昔なじみでな。まあ兄が増えたくらいのつもりで接してくれると助かる」
「ありがとうございます」
随分と気さくで、剛毅そうな方であった。ずいぶん昔に出会ったときは、私が幼くて彼のいうように、快く思える兄のような方、のような認識だった。
リュイミル王国との国境ということで、王都でもベイシスでもほぼ会わなかったため、未成年だったころの面影が消えての再会は感慨深く感じた。
それでも、今の私はファーステスではないのだから、その懐かしみは押し殺さないといけない。
「ところで、また随分と美しい人を見つけたものだな? 俺が欲しい位なんだが?」
「いやプフェリ、奥方の前でそれはどうなんだ?」
「いいだろうそれくらいの冗談。だいたいお前、ずっとファーステス様にって」
「あーあーあー、それを言わないでくれっ!」
私がどうかしたのだろうか。
「ごほん、閣下、このような美しいわたくしがおりながらそれはいかがかと」
「マナシラ、それはだな、ほら、英雄色を好むと」
「あなたがそのような英雄に程遠いのは、わたくしが一番知っておりますわ」
「いや、それはないだろう?」
もっとも、悪い冗談を悪い冗談で返す奥方が、照れるテレシウスの助け舟になっていた。
「それとも、わたくしは美しくないと?」
「そのようなことは申しておらん! マナシラが世界で一番美しいぞ」
「出まかせを言ってもダメですわよ」
「むうう」
口は災いの角、プフェリ閣下は完全に失敗していた。
マナシラと呼ばれたお隣の奥方は、プフェリ閣下よりやや年上だったものの、今の私と同じく黒髪の美しい方だった。
「お二人とも、この度は兄のためにありがとうございます。ヒューレステ様におかれては始めまして、プフェリの弟の、オヴリル・ノ・オーギュシクといいます」
だいぶ爽やかな風を感じさせるような弟君だった。
兄はその胆力と話術からどうにも、端正さというものが抜け落ちているように感じたが、彼はそういったノイズを一切持っていない。
彼ともどこかで出会っていただろうか?
「ご丁寧にありがとうございます」
「しかし、兄上の式典であるのに、テレシウスさんの話は本当に」
「だろ、オヴリルもそう思うだろう?」
「プフェリ、オヴリル君を焚きつけないでくれ!」
もっとも、そんな風に弟君が見える理由を、この過保護そうな男二人が作り出していそうなのは目に見えてわかった。
「まあ、テレシウス様のお話はそれくらいにして、次の方が控えていらっしゃるので私たちはこの辺で」
「そうだな。プフェリ、今後も頼む」
「そっちもな!」
ただ、いつまでも見ていたい光景を見る私の背後に、自重の圧を視線で向けている待機者の空気がどうにも辛かった。どうにも貴族のやり取りとはかけ離れたむつまじさは、彼らには好ましくなかったらしい。
私は流れを断ち切って、後続の挨拶の流れに場所を譲った。
かくして、式典自体は特に何かが起こることもなく終わった。
王家から新伯爵となったプフェリへの目録などが、王家の代理人からプフェリへ渡され、証となる剣が次世代に継承される儀として終えた。
以後、その就任を祝した会食のための、獣追いに話が進む。
それは大山脈の麓の森林に隣接したこの国、この街ならではの演目だった。
私は祝いの品と一緒に運び込んだ弓をもって、控室にてついてきていたメリッサに衣装を改めて貰った。パンツルックが、馬に乗るにも不都合のない形で機能するために必要なものとして、鏡に映ってそこにあった。
「では私はこれで……?」
「もうよろしいかな?」
「はい、お着換えはおわっております……その、ベルサーネス公爵閣下?」
「ああ」
「ヒューレステ様とどのようなご関係で」
「少し知った顔を思い出したので」
そうして控室の鏡の前にいた私を父上が訪ねてきた。プフェリの屋敷の一角にいただいた控室に、私は狩りをする貴族の衣装としてそこにある。
「どうなさいました?」
「いや、ファーステスがここにいると思わなくてな」
「何をおっしゃいます、ファーステス様がここにいるわけがないじゃないですか、父上……はっ!?」
「そうだ。ここで何をしているんだファーステス」
私は、突然訪ねて来た肉親の問いかけに、暴かれる以外の選択肢を与えられなかった。




