<50> 式典にて再び巡り合う
道中滞りなく、オーギュシク伯爵領へ入ったあと、領都までの道のりも順調であった。
野盗の横やりも、魔物の登場もなんら障りとならずだった。
丘を越えたり、山道を回ったりするなど、けして平坦では済まないところは、オーギュシク伯爵領が大山脈の麓にあることを思わせる。
領都を山道の上から見下ろしてから半日、森の中を抜ける街道を過ぎれば、その領都に到着する。
守備の門をくぐれば、新伯爵の就任を祝うように、領都はお祭りの空気に染まっていた。
こちらがテレシウスのものとわかれば、門番も総勢を特に気にかけずに通してくれた。
「にぎやかですわね」
「こんなに祝ってもらえると、プフェリも冥利に尽きるというものだな」
「もう呼び捨てるのも憚られそうですわよ」
「それは彼次第だろう?」
「そうでしょうか? 少なくとも閣下と冒頭で呼んで差し上げないと」
同乗中であるテレシウスとの会話は、思った以上に尽きなかった。
政治の話はもちろん、見知った家の見知った方々の変化を聞いたり、つもる思い出話を語り合ったり。
関係こそこの時のための偽装であっても、その距離感は一定程度には本物に見える程度には、話を合わせられるようになった。
実際冗談交じりをしても、丁寧に返しができるくらいには打ち解けていると思う。
そうして、領都には一時的に本式典に参加するため、両手で数えるより多くの貴族家が到着しているのを道を行く馬車が掲げる家紋で確認した。
その家紋を確認する中でベルサーネス公爵家やコーディス子爵家のものは見当たらなかったけれど、見た中で記憶にあってわかる家紋のものは、おおよそベルサーネス派だった。
そう、ベルサーネス公爵家、ジオブラダ侯爵家含め、自領に遠路はるばるの大貴族も招待しているところからして、明らかに政治的な意図がとても大きな意味を持っているように見えた。
「改めて、一伯爵の就任式典でこれほど遠方に招待状を送られていたのですわね」
「確かに本来なら、もっと近隣のみで済ませるもののはずだ。それを、ベルサーネス派を集めるように招待をしたのは、けして好ましい状況とは言えない」
「そうですわ」
馬車でここに向かう道中でふと、そのことに気づいたのでテレシウスに招待状を改めさせてもらったけれど、封蝋は間違いなくオーギュシク伯爵のものが用いられている。手紙自体は書記官が書いたとしても、本文のサインはプフェリの名で直筆されていた。
「ただでさえ、派閥が色濃く出ているところに、このような大々的な招待をするのは、王家に何か怪しまれないかは心配ですわね」
「それだけだろうか」
「あとは、ベルサーネス派が一堂に会するほどの式典となると、良くないことを考える輩が現れるのは間違いありませんわ」
その時一時的に馬車の進行が停止した。停泊するために手配していた宿とのやり取りを行うためと、説明を受けた。
いったん話を止めてその旨承ってから、その話題の続きに移る。
「ロヴァルドでの主導権を握るために軍を動かすものがいると?」
「そこまで露骨に立ち回るのはリスクしかありませんのよ」
「なぜそう言い切れる?」
「開戦派としては力を溜めておきたいところで、無駄にベルサーネス派という痛みを強く伴いかねない相手を軍事的に狙うのは、リュイミル王国との本戦になったときに十分な戦力を整えられなくなる可能性がありますもの」
「それで大々的に動かないのか」
「そもそも、道中でわたくし達が狙われなかったのは、その証左ですわ。むしろ案じられるのは、父上か、あるいは新伯爵であるプフェリ閣下を狙う暗殺の手ですわね」
「そうか。しかしファーステスは、そんなに深い軍略を考えられるようになっていたのかと思うと」
テレシウスの表情が少し曇ったようだった。
深慮は大事なことだけれど、それは私の役割ではないのだろうか?
「これも、国を安んじ王家を守るために身につけたことですわ」
「ファーステスは、本当に王家と公爵家のために尽くしていたのだな」
「えっ? それは、そうあることが当然ではありませんの? 何より、あの時は愛した方のために全力だったとも」
「それでもだよ。ファーステスは、よく頑張ってるな」
その時に、手続きが終わったらしく馬車がまた前進を再開した。
ほどなく停泊地の貴人用の宿に到着して、私は先に降りたテレシウスに手を取られて降りた。
殿方のエスコートを貰って馬車を降りるのはいつぶりだろう?
あの聖女がライナルド殿下の前に現れる前は、彼が予行演習もかねて私をエスコートしてくださっていた。
テレシウスは、どこかライナルド殿下に重なるところがいくつもあって、忘れておくべき思い出をどうしても掘り起こされてしまう。
「ありがとう、テレシウス様」
そのお礼は、エスコートと、私の今までを讃える言葉への気持ちを込めたものとなった。
正式に式典会場に招かれたのは次の日になってから。
ベイシスを離れて11日、だいぶ冷え込みが進むようになる中で、私は与えられた自室で、仮に割り当てられた侍女に着付けしてもらっていた。選定済みの肩を十分に覆えるドレスを、もう任務の前には普段使いのようになっていたトレンブの下地の上に身につけた。
本当に、直接肌の上からでも問題のない、ファウンデーション機能もあるボディスーツ状のそれは、後のことを考えても絶対に譲れない。
「あの、ファーステス様、これをドレスの下にですか?」
「保温性、通気性に優れ何より、弓で胸を弾かなくて済むものなのですわ」
「はぁ、確かに胸元までフォローしてはおりますが……」
特に今後を思うと、この装備は絶対に欠かせない。
「貴族の衣装として好ましい物なのです? そう、コルセットなどできちんと」
「わたくしの胸に合うコルセットはベルサーネス公爵家預かりなのですわ……」
「それは……ですが、腰回りがやや太く見えてしまうのは」
「わたくし普段から、そこまでコルセットは強く締め付けておりませんわ?」
「ですがそれでは」
「テレシウス閣下はそれでお認めなのですわよ?」
「はぁ」
ただ、どうにもあてがわれた侍女は貴族の作法を強く重視していてよろしくない。
上級貴族の令嬢にあてがわれるのは平民よりも下級貴族の娘であることが多々あり、テレシウスはそのしきたりに沿って彼女を割り当てたのだと思う。
エメルーがその点で阿吽の呼吸のように、私の意図を汲んで特別何かを言わずにいてくれていたのは平民出、という部分もあるのだろうか。
肩の形状から、胸元や鎖骨が覗かれないドレスの上に、改めて寒さをしのぐコートを羽織る。
「お手伝いありがとう。お名前は」
「メリッサ・ノ・スフォルテと申します」
「そう、ありがとうメリッサ。式典の後、馬に乗る可能性もありますので、その時は準備をお願いいたしますわ」
私の推測通りの侍女に感謝を伝え、私はいくつかの祝いの贈呈品として準備したものと共に、私物として持ち込むものとして必要な着替えと、弓に矢を備えた。
「ふぁー……ヒューレステ、その、これは」
「弓ですわ」
「いや弓はわかるが、なぜこれが」
「テレシウス様、あなたはベルサーネスの血を引くジオブラダ侯爵家ですわよ。せめて弓の鍛錬がある嫁を貰うと伝えれば、ベルサーネスの本家に顔向けできるお話ですの」
「それはそうだがな。別に我が家はベルサーネス公爵家ほどの縛りはないんだぞ」
「それでもです。何分急に決まったお話なので、説得力を持たせるためには絶対条件ですわ」
そう、ベルサーネス派の貴族において、弓ができないことを恥じることはないけれど、弓ができるかどうかは大きなアイデンティティになる。
ただ分家筋ではない、特に直系がベルサーネスとは外れる家にまで、それを強制しないのもまた鉄則ではある。
とは申せ。
贈呈品として持ち込む荷物群は別の使用人に任せて、私はテレシウスと入場受付に入る。
「テレシウス・ノ・ジオブラダ侯爵令息様、ようこそおいでくださいました。そちらの方は」
「初めまして、テレシウス様の婚約者のヒューレステ・ノ・ブラフェスクと申します。今回、本会場に向かう直前にあたってテレシウス様に快諾いただいた件をもって、義父となるフレドロス閣下と、盟主のベルサーネス公爵閣下にお伝えに参った次第であります」
「それはご丁寧に。すでにフレドロス様もフアンザース様も会場入りされております。テレシウス様、良きお方をお迎えでおめでとうございます」
「ありがとう」
会場の受付において、招待状とともに私はテレシウスとともに入場を許可された。
招待状はテレシウスにのみであり、婚約者という名目は正式なものではないものの、受付の事務員が深い事情まで突っ込んで考えたら命取りである。
なんら問題なく、私はテレシウスと会場入りを果たした。
「しかし大丈夫なのか? ふぁー……ヒューレステ」
「何をいいますの、フレドロス様やフアンザース様に紹介したいとおっしゃったのはテレシウス様ではありませんの?」
ただ、テレシウスは私の意図を汲み切れずに不安がっていた。
なので、私はわざわざわかりやすいように大きめの声で彼との示し合わせを確認していた。
立ち位置はきっとフレドロス様や、義兄となる方々の傍になると思うけれど。
「テレシウス、お前も到着したか」
「ち、父上」
「ほう、久しぶりだなテレシウス。いい男になったものだ」
「いいえ、フアンザース殿、彼はまだまだひよっこでして」
ちょうど、そこにはテレシウスの父君であるフレドロス閣下と話す。
父上の姿があった。
ふたりが、私の声を聞きつけてのことと思う。
「して、そちらの娘は」
「はい、この度テレシウス様のご厚意を賜り、結婚の申し出をいただいたヒューレステ・ノ・ブラフェスクと申しますわ」
「ほう、あれほどにまで縁談を断りつづけていたテレシウスがついに折れたか」
「父上っ? 彼女はその」
「照れるな照れるな。しかしついに見つけたか。よくやった」
フレドロス閣下は、私をヒューレステとして認識し、テレシウスが戸惑う様を見ながらもほめたたえている様子であったけれど。
けれど。
「ヒューレステ……?」
「? どうなさいましたベルサーネス公爵閣下」
「ああ、いや、なんでもない。テレシウスの話はよく聞いていた。娘のことをだいぶ気にかけていたのだが、そうか……良かったな、テレシウス」
「ありがとうございます、フアンザース様」
父上は、私とテレシウスのそれぞれを確かめてすぐに、何かの違和感に気づいたかのような、多量の思考を巡らせて戸惑う様子でいたのだ。
そう、何も私は、ぼろを出していないはずなのに。
髪は黒く染め、瞳は燃える赤のようなきらめきを携えさせているのに。
顔はヴェールで覆って、口元や頬はわからなくしているのに。
何かの手がかりや違和感を、すでに父上に与えてしまっているようだった。




