表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

<49> その偽りは喜ばれず

「は……?」

「言った通りの話ですわ」

「いや、だとしても再会して早々話す内容か?」


 テレシウスの反応ももっともである。

 彼に限らず、よの多くの男性にとっての私の認識は、「ライナルド以外の男は有象無象でしかない」というもののはずだ。

 彼の婚約者であったうちは、私はそれに気づくことはなかったけれど、おおよそ今なら推測できる。

 けれど、今の私にとっては、特にこの新伯爵のプフェリの就任式典に参列するには、その立場がどうしても必要だった。


「その反応はごもっともですけれど、絶対に必要な取り決めなのですわ」

「そうはいっても」

「わたくしとしても、ベルサーネス派の有力者であるオーギュシク伯爵をお祝いに上がりたいですわ。けれど法的に庶民落ちし、ベルサーネス家から切り離された今は父上と供だって訪ねることはできませんの」

「いや、それで式典参加するためというだけにこの関係は」

「それとも、テレシウスはその後、結婚を誓われているお方が見つかりましたの?」

「それも、そういうわけではないのだが」


 テレシウスはナイーブでやや異性に二の足を踏むタイプだ。

 私としては、言い寄る令嬢のひとりやふたりいてもおかしくないと思うくらいには、整った面持ちと穏やかな感情の魅力的な男性だと思うのに。

 それに、もう初婚を迎えてもおかしくないころ。

 記憶にある中では、それこそジオブラダ侯爵夫婦から早い段階で縁談の話が降りてきた話を聞いた。けれどテレシウスは、そのすべてを断っていたという。

 三男とは申せ、将来の仕事で世の女性に悪い思いをさせる人とは到底思えない。あまりにももったいない話だった。


「では、私がその立場に一度収まっても問題ありませんわよね?」

「っ! だがファーステスのまま婚約となったら、いろいろと家の事情が」

「なぜわたくしそのままとの婚約と解釈されましたの? 現状平民のわたくしでは、テレシウスとでは貴賤結婚になってしまいますわ」


 テレシウスは、その悪い癖とも思えるためらいに染まっていた。


「いや、そういう意味ではなくてだな、俺はそういう形でファーステスとは……いや、そういうことでもなく」

「? とにかく、ありのままのわたくしではどんなに逆立ちしても、テレシウスの妾で収まるしかない有様ですわ。そんなことはわたくしの矜持が許しませんの。テレシウスにはひとりの女性をきちんと愛してほしいのですわ」

「だったらなおさら」

「わたくしはこれから、家督相続者なく断絶したことを国に伝えられないままジオブラダの中で葬られた、没落したジオブラダ家の衛星貴族であるブラフェスク家の末裔、ヒューレステとなりますわ」

「ブラフェスク家」


 あながち適当にでっち上げた名前ではない。

 すでに末端で直系の断絶した貴族の家名をたどって思いついた、もじりを含んだ名前である。

 父や叔父でも、末端の貴族の名前まで記憶しているはずはないと踏んでの申し出である。


「貴族としては断絶してそこそこ長く、かといって本来の家の名前とはわずかに違うものとしておりますの」

「しかしふぁーす」

「ヒューレステ、ですわ。テレシウス様」

「む」

「わたくしは現地到着の寸前に髪を黒く染め、瞳に赤みを交える迷彩魔法を入れますの。ジオブラダ侯爵夫婦や、お兄様方にはわたくしからうまく言い含める予定ですわ。なので、テレシウス様はうまく合わせてくだされば問題ありませんの」

「しかし」

「しかしもかかしもありませんわ。わたくし個人としては招待状を持っておりませんの。式典に参加するには、テレシウス様の最も近しい身内として、つまり婚約者か夫婦でなければなりませんわ」

「そうではなくてだ!」

「あ、はい」


 すこしまくし立てて話過ぎてしまった。

 テレシウスに声を張り上げられて遮られて、一度冷静を取り戻す。


「まず、なぜファーステスはそこまで式典に参加したいのだ」

「そうですわね。プフェリ閣下の就任を祝うのは、実は事情の半分ですわ」


 そう、真意はともあれまず協力してもらうのだから、彼を納得させなければならない。


「事情の半分?」

「ええ。まず父上はきっと、わたくしがどんなふうに偽装しても、絶対に見破ってくるはずですわ」

「見破るならなぜ」

「それが目的ですわ」

「目的?」

「あくまでその出会いは、テレシウス様の婚約者ヒューレステと、フアンザース閣下とのものとして、本来の親子の再会を偽装することができますの」

「再会の偽装……?」

「ずっとベイシスにこもって、でも大手を振って父上に会いにいかなかったのは、王家に国家反逆罪を疑われないためのものですわ。でも、わたくしは一度、父上に会って確かめなければならない話がありますの」

「だがそれなら、他に方法はなかったのか」

「普通の方法で出会うのはあまりにも危険なのですわ。本来、エメルーが訪ねることすら、案じなければなりませんの」

「いや、そこまで警戒することなのか?」

「警戒して警戒しないことに越したことはありませんの。このことは、テレシウス様にひどく負担をかけるつもりはありませんわ」


 テレシウスが呑気に見えるところはあったけれど、でもそれにいらだちを覚えるなどということはなかった。それは彼の案ずるところではない。

 エメルーのことはテレシウスにも引き合わせているけれど、つい彼女が私を訪ねずにいられなかったことについて思い出して、事の重大さを反芻して心配に胸が強く高鳴っていた。


「わかった。ふぁー……ヒューレステのもくろむところの深さは、俺にはほとんどわからないけれど、いろいろ任せるよ」

「協力、感謝しますわ」

「それで、その、ふぁー……すてすは」

「はい」

「……いや、いい。一度到着までの間に、再確認しよう」


 テレシウスは何かを言いよどんだようにしながらも、私の申し出を承諾してくれた。

 ややうつむき加減で言葉を濁していたのは気になるけれど、婚約を未経験の彼の緊張によるものだと、その場は考えた。


 宿泊の部屋こそ別々だったけれど、食事を一緒にし、道中の馬車を同じくした。

 テレシウスの使用人には、私の詳細は追って話された。

 ファーステス・ノ・ベルサーネスではなく、テレシウスの婚約者であるヒューレステ・ノ・ブラフェスクとして、結った黒髪と燃える赤みを帯びた瞳の淑女として、彼の傍に立つこととなった。

 残り2日程度になったときには明確に、擬態の姿で道中にあった。

 貴人としての道中衣装は、あらかじめ準備して持ってきていたものを、テレシウスがつけてくれた使用人の女性に手伝ってもらって着付けた。

 まさかファーステス様のお世話をするなんて、などと聞いたのは、余談であるが。


「それで、ファーステスはなぜ顔をヴェールで覆っているんだ?」

「それは、その、庶民落ちした過程でひどくやけどをしてしまったので……」

「なるほど、だとすると、他の人にはあまり見せるものではないな」

「あと、ヒューレステですわ、テレシウス様」

「ファーステス。まだ他に誰もいないところでまでふりをしなくても」

「予行演習を常にするのは大事ではありませんこと?」

「それはそうだが」


 馬車に揺すられる中で、改めて問われた顔のこと。

 再会直後は偽装工作の打ち合わせだけで問い直す時間を与えなかったので、聞かれたのはここが初めてだった。

 テレシウスを振り回すようになってしまうけれど、でもそれがむしろ懐かしく感じた。


(ライナルド殿下も、どちらかというと私が引っ張っていた気がしますわね)


 テレシウスは私より少し年上だが、ライナルド殿下はひとつ下である。

 幼い日はどちらかというとお姉さんな私が彼を引っ張っていろいろしていた気がする。

 貴人服に身を包んだ今、どうしてもあの在りし日のことを思い出さずにいられない。

 婚約破棄によって地位を失って、いよいよ秋が冬に変わるほど時が進んだ今、本当に懐かしく思えるくらいには時間が過ぎていた。



 道中、馬車を共にする中で、それとなくテレシウスに王都パーラスの動きを確認しようとした。テレシウスの次兄がパーラスの屋敷を守っているはずなので、私より情報のやり取りができているはずと踏んでのことなのだけれど。


「ライナルド殿下とスコラ様のご結婚は、春になってからという話みたいだ」

「そう……」

「ヒューレステ、不機嫌そうだな?」

「そんなことありませんわ」


 懐かしい中に面倒なほどいやらしい名前が混じっているのもまた、久しぶりだった。

 そういう女がいた。あの糞駄女神に導かれた聖女という肩書きが。


「あと、アンラルト陛下が最近少し体調が悪いらしい」

「何かあったの?」

「随分小食になったとか」


 それは初めてきいた。

 小食になった、とは、何かの病気の前触れだろうか。


「あと、議会は完全に開戦派と非戦派で二分されて激論が行われているらしいが、議長がクオラボロなのでまあ、決議は恣意的なものになるだろうが」


 つまり、民意側が開戦で決定される可能性があるということで。


「非戦派の有力者のコーネリウス議員が暗殺されたので、誰かが操作しなくても結果は変わらなかったんじゃないかとは言われている」

「コーネリウス」


 名前を聞いて、思わず反応してしまった。


「何かあったの?」

「いえ、何も……」

「そうか」


 あのまんまとハニトラに引っかかるようなすけべ議員、そんな重要な立ち位置だったのかと、ため息すら出た。お孫さんもいて、10年ベイシスで父上と連絡を密にして、民意の代表者であった重要なポストのはずの彼が、まるで不義理に対する当然の報いにすら感じられてならなかった。


「最近特に、非戦派の要人が暗殺される事件が多発しているのでな……父上も無事であればいいが」

「それは、心配なところですわね」


 私がアジトを離れている数日の間に、血の約束にも何件か依頼が舞い込んでいるのだろうか。

 きっとしばらくの間はアジトがもぬけの殻になっているとは思うけれど。


 暗殺者を雇う側に大きな政治的意思がかかりはじめていることを、実感せずにはいられなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日も更新予定ですのでよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ