<48> 訪ねた先で懐かしきを尊ぶ
必要な準備は、やや重めの荷袋に詰めた。
期間長く生活空間を離れるための替えの服から、現地での髪の手入れに困らないための整髪剤の余りから、道中のおやつまで。護身の短剣と、今回の仕事のための丸木弓とは別に纏めた。
まず単騎駆けで現地に行き、乗っていた馬は現地の馬屋で可能なら売却等する予定。金貨80枚をランニングコストに、30から40枚を売却差額で見積もると、今出せる予算の半分くらいは馬のために必要だった。
それでも今後馬を使う機会を考えると、繁用含めて保有しておくのは絶対に必要になる話だった。
きちんと調教されて、戦いに乗り出すのにも適した頑丈な脚の種を前に、しばらくの旅を共にする挨拶を交わした。
馬に無理をさせない程度に、でもなるべくテレシウスより前に現地入りできるように早駆けと疾走を繰り返させる。
食事タイムでは、まだ新鮮な野菜を使える1日2日目はそれを刻んだ料理を楽しみながら馬を放牧し、日が暮れる頃に野営のテントを設営などする。ロヴァルドの雨の少なさは道中で雨脚に祟られることなく、テレシウスが到着する2日ほど前、つまり3日程度の旅程で、合流点である街にたどり着いた。
なお野盗も人狩りも現れなかったのは、単に彼らの出現可能性を感知しながら進んだから。認識阻害系は一切使用していない。
だがそれで十分にやり過ごせた。
何が遮りの存在を避けられたかはわからないけれど、先回りに成功したのはとても大きい。
なお街門の入場に際しては、父上の発行してくれた特別許可証がとても大きく作用し、問題なく通してもらうことができた。
用心するのに越したことはない。
道中にも、泊った宿においても、眠りの中にあっても糞駄目神の妨害もなかった。おかげで、テレシウスを待つ2日の間に得た宿で十分に英気を養えた。
ここまでに乗ってきた馬は馬屋に引き払うと、思い描いた通り購入時比で金貨30枚程度のコストになった。
丈夫で持久力もあってとても頼りになったので、もし戻ってきた時に売れていなかったら買い戻して共にベイシスに戻ろうと思った。
問題は、テレシウス達が停泊にあたってどの貴人宿を使用しているかということだけれど、そこは密偵的な立ち回りで探らせてもらうことにした。
テレシウス達の到着予定日付近になんとなく平民服に顔を隠すヴェール付きの姿で、目的もなくふらっと歩いていると、案の定この街の守備兵が落ち着きをなくしているのを見かけた。彼らの動向を窺いながら、どの門から入ってくるか、そのままどの宿に泊まるか、といった情報までを陰から確認した。
結果、割と簡単に宿泊予定の貴人宿を確認できたので、そこに張りこみをかけた。
手勢が宿泊のための荷下ろしをしている間に、テレシウスらしい姿を見つけた。
短めのブロンドが、実直そうな瞳と穏やかそうな顔立ちが、在りし日に見知ったままの姿でそこにあった。
ミカナがやっていた生命感知すり抜けの存在矮小化ができたら楽できそうなのに、と素のまま身を隠しながら悔やむ。だいたい、今は陰に隠れきるにはドレスコードが誤っている。それに、認識阻害に頼りすぎない隠密でないと、どこで隠密魔法をトラップされているかわからない不安があったから。
彼女により丁寧に教えてもらうようお願いすることにした。彼女には読み書きをより丁寧に教えてあげて交換条件としよう。
この作戦をするにあたって、できれば改めての髪の手入れなどが行えたらと思う。けれどそこは贅沢を言わず自力でなんとかした。ただエメルーがやったようにはうまくいかず、自分の力ではどうも高い整髪剤を無駄にしているようにしか思えなかった。
あとは、テレシウスの前にどんな姿でまず訪ねればいいだろうか。
平民の姿で身分を偽って、入り口を固める手勢の兵にお使いを頼むか。
隠密服で忍び込んで驚かせるべきか。
どちらも私らしい登場の仕方である。そのことになんらかの特別などない。
もっとも貴人女子のたしなみなどというような登場は、使用人を連れず馬車も用いずには再現できないので、その線は排除しておく。
ただせっかくの再会で、淑女の淑やかさのない潜入で臨むのははしたないのではないか。
そう考えると思わず、忍び込むプランが恥ずかしくなった。
結果私は、自身でしたためた文を手にテレシウスの泊っている貴人宿の付近に平民服で来てしまっていた。
「そこの女止まれ!」
なので、顔を隠した姿の私の怪しさに、守備の兵士が呼び止めていた。
「はっ、はい、何でしょう」
「そこで何をしている。ここは平民が近づいてよい場所ではない」
「そう、ですね、すみません、お勤めご苦労様です」
「ご苦労様だ? お前猶更怪しいな?」
思えば平民装いも慣れたものだった。
彼らには、そういう身分に挙動不審を咎めてもらっている感じに思える。
兵士たちの精勤ぶりには敬意を表したいくらいだけれど、そういう考え方で接したらボロが出そう。
「ひぃ、じゃあなんといえばよろしいのです」
「平民の労い方じゃないんだよなそれ」
「お前自分の今の身分きちんと理解しているのか?」
「ひ、ひゃい、ぞ、存じております……」
門を守る兵は二人、それぞれ口々に私の今を見て、相応の対応をしていた。
それに誤りはなかったので、そろそろ本題を切り出すようにしよう。
「ただ、テレシウス様にどうしても読んでもらいたい文があって、お届けをお願いしたいのですが」
「テレシウス様だと? お前なぜそれを知っている!」
「やはり怪しいやつ! 何者だ」
「あの、本当に怪しいなら兵士さんにわかりやすく挙動不審でおりますでしょうか……?」
「何だと?」
スカートのポケットからおもむろに、手紙を取り出して見せる。
蝋の封に印を押せなかったので貴族の文とするには証明が足りない。
けれど、その文の封筒裏側にファーステスとしての私の署名を走らせてある。
それをふたりの兵士に確かめさせると。
「ん? なんと書いて……」
「おまえ何者だ、なぜファーステス様の手紙を持っている」
「ファーステス様だと?」
どちらかがたぶん文盲なのかもしれない中、きちんと私の名前を認識してくれた。
「どうかこのお手紙をテレシウス様へ……」
私は懇願する平民の誰かを装うつもりで、必死な願いを伝えるようにふたりに差し出していた。
「確認する。しばらく待て」
「はい」
門番さんのひとりが、私から受け取った手紙を手に、奥のほうに消えていったのだけれど。
ほとんど程なくして、確認にいった門番さんが中から血相を変えて出てきた。
「お、女、お前本当に何者だ」
「どういうことだ?」
「テレシウス様から通すようにとお達しが出たんだが」
「ええ?」
「ありがとうございます、ではご案内お願いできますでしょうか?」
私を見張っていた側の兵士がその様子に呆れているようだったけれど、許しが出た以上は大手を振って彼の目の前に行けるというものである。
誘導に従って奥に進むと、門番が中の係に伝えて、私の案内を託している様子を目にした。
その係の人らしい男性使用人に、上から下までを目視確認された。
「ふむ」
「何かあったのか」
「ああ、テレシウス様がお通ししろといったのは当然だ」
「それはどうして」
「なるほど、おまえはまだ日が浅いからわからなかったか。彼女はベルサーネス公爵令嬢だった、ファーステス様その人だよ」
「……は?」
言付けした門番があっけにとられているのを尻目に私は、案内を引き受けた男性使用人に招かれ、おそらくは彼が宿泊していると思しき部屋の前まで案内してくれた。
たどり着いたところで、その使用人がドアをノックする。
「どうした?」
「テレシウス様、ファーステス様が到着なさいました」
「通してくれ」
「かしこまりました。失礼します」
テレシウスの声が内側から響いていた。
使用人がアポをきちんと通している前提を把握しているのは、テレシウスの手配がしっかりゆき届いている証拠だ。
ドアを開けた使用人にどうぞと通されたので、私は身を乗り出してテレシウスに姿を現した。
ソファに腰かけてこちらの様子を窺うその姿は、テレシウス・ノ・ジオブラダその人だった。
以前にあったときからだいぶ時間を置いていることから、より成人の貫禄ある面持ちを得ているのをたくましく思えた。
「ご無沙汰していますの、テレシウス」
「ん? ファーステスと聞いたのにどこの街娘だ? なぜ呼び捨てを」
「ああ、このヴェールではわかりにくいですわね。ちょっと訳ありで、頬を隠しておりますの。……外してくださる?」
「承知いたしました」
案内していた男性使用人は、促されたとおりに後ずさって引き下がった。
それを確認し、戸締りしてから、ヴェールに手をかける。
「一体何を……っ!?」
「これなら、きちんとわかりますわよね?」
「な……ファーステス、本当にそうなのか?」
「ええ、わたくしですわ、テレシウス」
実際に会う機会はけして多くなかったテレシウスには、素顔を晒さなければならなかった。
あまり見せびらかしたくない刻印は、彼の視線をそちらに向けさせているのがわかる。
「そうか……そうなのか、しかしその頬は」
「平民落ちした上で塗りたくられた呪いのようなものですわ。ただ、今はそれほど重要なことではありませんの」
「そんな簡単なものではないだろう? その、ファーステスは慰み者にされる奴隷に」
「お心遣いありがたく受け取りますわ。でも本当に、これは今は気にしてなどいられませんの。テレシウス、ここに訪ねたのはあなたにお願いがあっての事なのです」
テレシウスに渡すつもりで持ち合わせた手紙はおそらく彼の手に渡っていると思うけれど。
本物の要件提示は口頭で行うつもりでいた。
「どういうことだ? 出会うなり忙しいな。もっとゆっくりしていてもいいものを」
「そうはまいりませんの、このことは早くお伝えしなければ」
「いや、到着したばかりではしばらく休息がいるのではないか?」
「お手間は取らせませんわ」
しかも、その要件はとても手短に済ませられる一言であるから。
「テレシウス、わたくしと婚約してくださいませ」
「こんっ……!?」
しかもそれは、次の一手に絶対に必要な要件だったから。
私はまっすぐテレシウスを見つめながら伝えた。
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次回更新は8月22日の17時以降を予定しています。




