03.薄い膜、白い空洞(娘)
高校時代の私は、誰よりも正しく、誰よりも静かな「優等生」という仮面を被っていた。
そして、教室の喧騒のなかにいても、私と世界のあいだには常に薄い膜が張っていて、周囲の笑い声や話し声は、水を通した音のようにくぐもって届いた。
皆が同じ歩幅で進んでいるはずなのに、私だけが靴底からじわりと地面に沈み込み、重い足取りで彼らの後を追っているような感覚があった。
私は母の言葉に従い、国立大学に入るべく、そのつもりでいた。
それは、私の背中を押す言葉であるのと同時に、私の輪郭を規定する設計図だった。
テストの点数が良い事は当然であり、必然。
完璧に近い形であらねばならない。
正解であらねばならない。
時折、ちらりと思いがかすめていく。
これは私は自らの意志で選んだことなのか、と。
しかし、そのことすら、考えることをやめた。
鏡のなかの自分は、口角を上げ、目元を細めて笑う。
けれどそれは感情の発露ではなく、ただその場に適した表情を模倣しているに過ぎなかった 。
表情を模し、反応を調整し、淀みなく私は「優等生」という役割を吸い込んでいく。
私はこのまま、どこへ行っても大丈夫な人形になるのだろうと思っていた。
大学入試へ向かった日のことは、何も覚えていない。
気づくと新幹線の中にいた。
そうして私は、県外の大学に合格し、そちらへ進むことになった。
母は、涙を流して喜んだ。
家を離れ、街の小さなアパートで一人暮らしを始める。
部屋のなかは、恐ろしいほどに静かだった。
実家の重い空気はなく、ここには私を定義する他者の視線すら存在しない 。
大学の講義に出席し、成績も単位も「問題なく」取れていた。
それは努力の結果というより、長年の習慣で身についた「機能」が、慣性で動いているだけのようだった。
定期的に、母から荷物が届く 。
添え状も入っている。おそらく、こちらを気遣う内容のものだ。
段ボールを一度開き、またそっと閉じて部屋の隅に置いた。
冷蔵庫のモーター音が羽音のように聞こえた。
窓にかけたレース地のカーテンが風で揺れているのを、見るともなしに見ていた。
どれほど深く呼吸をしようとしても、胸の奥で何かがつかえ、空気は肺の入り口で滑り落ちていく。
私はここでもかつてと同じように、透明な壁の内側に取り残されていた 。
私は空白を持ったまま立っている。
私は私自身の内側を削り、その空洞に大学入学という望みを流し込んだ。
空洞を埋めるために集めた正しい成果は、私を潤すことはなく、ただ重く冷たくそこに横たわっている。
私は中身を失ったまま、次の「展示場所」へ移されただけなのかもしれない。
夜が、部屋の輪郭をゆっくりと曖昧にしていく。




