02.ちゃんと育てる(母)
娘が小さい頃は、よく台所に来た。
背伸びをして流し台をのぞき込んだり、
ちゃぶ台に座布団を持ってきて私の隣に座ったりする。
「何してるの?」
そう聞かれて、私は煮物の鍋を見せた。
「味を見るのよ」
小さなスプーンで汁をすくって、少しだけ飲ませる。
娘は顔をしかめて、
「しょっぱい」
と言う。
私は笑った。
その顔が可愛くて、つい何度も味見をさせた。
男の子たちは、こんなふうに台所には来なかった。
外で遊び、泥だらけになって帰ってくる。
それはそれで元気でいい。
でも、こうして横に座ってくれる娘は、どこか特別だった。
娘は昔から手のかからない、とても聞き分けがよい子だった。
言葉にしないことまで汲んでくれる。
だからこの子がいれば、私は一人じゃない。
家の中の冷たさが少し和らぐような気がした。
娘が中学生になる頃、家の中で本を読む時間が増えた。
前は絵本だったのに、いつの間にか難しそうな本を読んでいる。
きっかけは、父親が買い与えた本だった気がする。
それからというもの、本をよく読むようになり、学校や少し遠くの市立の図書館で借りてくるようになった。
私は、本のことはよく分からない。
女学校でも、そんなにたくさんは読まなかった。
それに…あんなに本を顔の間近に持ってきて読んでいたら目が悪くなってしまわないだろうか。
だから、声をかけた。
「本読むのはいいけど、あんまり考えすぎると生きづらくなるわよ」
それでも、勉強ができるというのは、いいことだと思った。
ある日、夕飯のあとで、私は娘に声をかけた。
「ちょっと来なさい」
居間の卓に向かい合って座る。
娘は少し不思議そうな顔をしていた。
私は、ずっと前から考えていたことを話すことにした。
「お母さんね、決めてたことがあるの」
娘は黙って聞いている。
「自分の子どもはね、みんな国立大学に入れるって」
娘の目が少しだけ大きくなった。
私は、思わず笑った。
「親戚の人たち、いるでしょう」
盆や正月に集まる、あの人たち。
町に住んでいて、大学の話や会社の話をする人たち。
私は、昔からその輪の外にいる気がしていた。
山の家の嫁。
女学校までしか出ていない。
それ以上でも、それ以下でもない。
「見返したいの」
思わず、そう言っていた。
娘は黙っている。
私は続けた。
「お前なら…ああ、おめだば、できるって。あれだのごど、
見返してやらねばなんねの」
励ますつもりだった。
この子は頭がいい。
先生もよく褒めてくれる。
それに、女の子でも大学に行く時代になっていると聞く。
だったら、この子も行けばいい。
行って、立派になればいい。
そうすれば。
あの親戚たちの前でも、胸を張れる。
私は、嬉しかった。
自分では届かなかった場所に、この子なら届くかもしれないと思ったから。
娘はしばらく黙っていた。
それから、小さく頷いた。
「うん」
それだけだった。
私は安心した。
この子は分かってくれた。
そう思った。
その時私は、その言葉が、どんな重さで娘の上に落ちたのかを、考えもしなかった。




