表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/18

第六章:その想いは突然やってくる

「ど、どうしてここに……」


 身を引きながら、恐る恐る聞いてみる。


「ぼく、ここで働いているので」


 言いながら、胸元につけられた名札を指さす。

 プライバシーの配慮からか、そこには名前ではなく『スタッフ』と書かれている。

 エプロンの下は白いシャツと黒いスラックス。

 店員さんであることは間違いなさそうだが……。


「すみません。お客様のこと、実は前から知っていたんです。休みになると、よく来てくれるから」


 身体の前で手を合わせ、そう言って頭を下げる。

 その恭しい態度は、バイト中だからだろうか。

 あの時の、茶目っ気がある小悪魔的な態度とは違い、困惑する。

 確かに私はよくここに来る。

 朱里さんに呼ばれなくても、ヒトカラしていることが多い。


「すっごく歌うのが上手だから、覚えてました」


 言いながら浮かべるのは、純粋な笑顔。

 その真っすぐな言葉から、こちらをからかっているわけではないのが、伝わってくる。

 褒められ慣れていない私は、照れてしまう。

 向けられる視線に耐えられず、目を逸らした。

 歌には自信があるけれど、人に聞かれるのはやっぱり恥ずかしい。

 顔に熱を感じながらも、再びその子に目を向ける。

 確かに、昨日の美少女の面影はあるけど……


「で、でも髪型は?」


 あの子はツインテールだった。

 襟足は長いけど、今のままでは髪の長さは全然足りない。


「サイドにエクステをつけてました。ウィッグをつけて、髪の毛全体を整えている時もありますよ」

「なるほど……」


 右手で髪の毛を示され、頷く。

 ツインテール用のエクステは左右に分かれているので、少し整えればあの髪型にはできる。

 顔は元々中性的なので、少しメイクするだけで女の子の顔にはできそうだ。

 背は高いけど、肩の出っ張りを感じない体系をしている。

 女性ものの服を着れば、それだけであの姿に見える。


「あ、あの……なんで女装してアコギ弾いてるんですか?」


 ただ、一番の謎はそれだ。

 楽器を演奏するだけなら、別に女装する必要はない。

 V系という、派手なメイクや独特のファッションで、世界観を構築しているロックバンドはいる。

 見たところ、今の彼はまじめに働く学生。

 あくまで敬語を崩さないところからも、誠実さが感じ取れる。

 人前で女装をするような人間にはとても見えない。

 しかし、


「楽しいからです」


 彼は食い気味に、嬉しそうな声を上げる。

 その表情にやはり嘘はなく、子供のような純粋さすら感じられた。


「え、ええ……?」


 それが理解できず、困惑の声を上げる。

 楽しいとは言っても、簡単にできることではない。

 確かに彼の顔立ちは整っているし、中性的だから女装には向いていると思う。

 手も細く、肩も出っ張っておらず、羨ましいくらい。

 だけど、条件が揃っていたとしても、それをやる度胸をほとんどの人は持っていないはずだ。

 少なくとも私にはできない。


「恥ずかしくないんですか?」

「え? 全然?」


 聞いてみるが、彼は首を傾げながら、あっけらかんと答える。

 そんな表情を向けられたら、こちらが困ってしまう。

 一般的に見れば、女装して人前に出るというのは、恥ずかしいことのはず……。


「かわいい服って、テンション上がるし」


 疑問に思う私に対し、彼は自信たっぷりにそう答える。

 突然フランクになった口調が、それを肯定しているように思えた。

 彼の顔が、輝いて見える。

 素敵な男の子と並んで歩く朱里さんと、同じ輝き。

 胸がチクリと痛む。

 明るい表情を見ていられず、慌てて目を逸らす。

 突然心の奥から湧き出てくる劣等感――

 ああそうか、この人は私とは違って『持っている』人なんだ。

 そんなことを思う。


「おっと、歌うの邪魔しちゃいましたね。失礼しました」


 そう言って、男の子が頭を下げるのを気配で感じ取る。

 自覚しているけど治せない、私の悪癖。

 人と自分を比較して、一方的にコンプレックスを覚えてしまう。

 凄い人を見れば見るほど、自分が矮小に思えてきて、惨めになる。

 相手は何も悪くない。

 ただ、自分が卑屈になっているだけ。

 ちらりと彼に視線を向けると、扉に手を掛けて出ていこうとしている。

 その横顔はとても綺麗で、少しずつ灰色に戻っていく風景の中で、一際輝いていた。

 同じ部屋にいるのに、その距離が遠い――


「あ、そうだ」


 と、彼が思い出したように口を開き、こちらに向き直る。

 「どうしたのだろう」と思っていると、テーブルの横を通り過ぎてこちらに近づいてくる。


「え? あ……」


 困惑していると、私のすぐ近くまで移動してきて、その場にしゃがみ込む。

 膝の上に置いた手を覗き込むように、顔を近づけられる。

 昨日と同じで、距離感が近い。

 すぐそばに、しっかりと手入れがされた艶のある髪が見える。

 浮かべる表情は真剣で、キリッと細められた目に、ドキリとする。

 彼は、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。

 ふわりと、ベルガモットの匂いがした。

 手が伸ばされたのは、手元のマイク。

 彼の細くて綺麗な指が、マイクを持つ私の手に僅かに触れる。


「マイクは上に向けるより、指を網の部分に触れないよう、平行に持つのがいいですよ」


 膝に置くようにして持っていたマイクが、彼の手によって持ち上げられる。

 あくまで彼が触れているのは、マイクのヘッドとボディの部分。

 言った通り、マイクを口元まで持ち上げ、平行の位置で保つ。

 だけど、一瞬だけその手が太ももと手に触れた。


「ふひっ!?」


 こそばゆい感覚に、我ながら気持ち悪い声が漏れる。


「その方が、あなたの素敵な声が、もっとよく聞こえますから」


 彼はそんな私のヲタクボイスなど気にすることなく、少年のように純粋な笑顔を浮かべる。

 ダークブラウンの瞳に見据えられ、ドキリと心臓が跳ねた。

 すぐに立ち上がり、もう一度頭を下げてから部屋を出て行く。


「あ……ぅ……」


 私は何も言うことができず、言葉にもならない呻き声を漏らす。

 時間が経って氷が溶け、机の上に置かれたフロートがからんと音を立てる。

 熱によってじわじわと溶けていくバニラアイス。

 私の顔も、あり得ないほどの熱でふにゃふにゃと溶けている気がする。

 情けないけど、男の子とこんな距離で話したのは初めてだ。


「~~!!」


 叫びたい衝動に駆られるが、それをやってしまったらただの変人だ。

 私はすぐさまデンモクを手に取り、履歴から目についた曲を入れる。

 そのまま送信ボタンを押す。

 流れる伴奏。


「わぁああああああああああ!!」


 そのまま、意味もなくマイクに向かって叫んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ