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第十五章:跳ねるような心、晴れ渡る空

 テストの最終日、補習も終わり、私は帰り道を歩いている。

 いつもより少しだけ早い時間、周りにはランドセルを背負った子供たちの姿が見える。

 七月に入り、梅雨は明け、空は晴れ渡っていた。

 夏の日差しが肌に照りつける。

 既に気温は三十度を超え、すっかり真夏日。

 鞄からハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭く。

 天気が変わりやすいせいで湿度が高く、蒸し暑い。

 どこからかセミの鳴き声が聞こえる。

 駅前に続く大通りを走る車。

 遠くを見ると、陽炎によって風景が歪んで見えた。

 私は重い鞄に辟易へきえきしながらも、いつもより早足で道を歩いている。

 逸る気持ち――

 そわそわと浮足立っているのには、理由がある。

 昼休みに預けていたスマホを受け取った時、LINEにメッセージが届いていた。

 送信者は結弦くん。


『もしよかったら、今日会えない?』


 それを見て、心が躍った。

 ずっと会いたいと思っていた相手からの連絡、嬉しくないはずがない。

 間違いではないかと疑いはしたけど、メッセージはテストが終わる時間に送られている。

 これは、期待してもいいはずだ。

 ただ会うだけで何かあるわけではないのだけど……。

 私はスマホを抱きしめるように胸に抱え、どう返信しようかと迷った。

 長文を送れば、引かれてしまうかもしれないし、かといって短文は淡白だ。

 廊下で、もじもじと身体を揺らしながら、覚悟を決めてメッセージを打つ。


『補習があるから夕方になっちゃうけど、それでもいいかな?』


 送信ボタンを押してから、何度も文章を読み返す。

 端的すぎただろうか……。

 スタンプを打っておいた方がいいかな……。

 コミュ障の私には、異性とのやりとりの正解など分かるはずがない。

 いろいろ考えていると、すぐに返信が来た。


『ほんと? じゃあ十六時にいつもの広場で会える?』


 そのメッセージの後には、デフォルメ化された猫が、嬉しそうに手を振るスタンプが表示されていた。

 メッセージには絵文字も入っていて、女の子が打った文章のようだ。

 思わず、口元が緩む。

 嬉しさに温かくなる胸。

 すぐにメッセージを返そうと指を動かし、動きを止める。

 爆速で返信してしまったら、気持ち悪くないだろうか……。

 ここは、少しだけ間を開けて……

 でも、メッセージを開いたままだったので、既読になってしまっている。

 変に迷っていたら、嫌がっていると思われるかもしれない。

 少しだけ悩んで――


『うん。会いたい』


 と入力し、震える手で送信ボタンを押す。

 少しだけ迷って、アニメの女の子が笑顔になっているスタンプを送る。

 素直な気持ちを、スタンプでマイルドに……。

 対応としては間違ってはいないはず。


『OK』


 どきどきしながら画面を見つめていると、そう書かれたスタンプだけが送られてくる。

 それを見て、右手をぐっと握りしめた。

 そんなやりとりを思い出し、足は益々軽くなる。

 勉強が続いて少し疲れてはいるけど、それは些細なこと。

 結弦くんに会えることを考えたら、自然と口元が綻ぶ。

 気付くと、駅前にたどり着いていた。

 スマートフォンを取り出し時間を確認する。

 約束の時間までは、三十分。

 LINEを確認したら追加のメッセージが来ていて「先に行ってるからゆっくりきて」とのことだった。

 文化センターに続く階段を見つめる。

 このまま行けば、すぐに会えるだろうか。

 足がそちらに向くが、踏みとどまる。

 このままでは、疲れて汗まみれの状態で彼の前に立たなければならない。


「だめだ……」


 自分の姿を見て、首を振る。

 時間はぎりぎりになるけど、家に帰ってシャワーを浴び、軽くメイクして……着替える。

 だからと言って、妙に気合いを入れるのも恥ずかしい。

 我ながら面倒くさい性格だと思う。

 変な意味ではなく、見掛けを気にするのは、悪いことじゃない。

 言い訳のようにそう考えて、無理やり納得する。

 そうしてる間に、信号は変わり、ぴよぴよと音を立てている。

 私は慌てて横断歩道を渡った。




 紫陽花が咲く坂道を、登っていく。

 色とりどりの花は、強い日差しによって、少しずつ枯れていくのだろう。

 鞄を置いて私服に着替えていたら、ぎりぎりの時間になってしまった。

 自分の姿を見下ろす。悩みに悩んで、買ったばかりの白いキャミソールワンピースを着てみた。

 流石に肌を出すのは恥ずかしいので、黒いボーダーシャツを下に着こみ、薄い青色のシャツを羽織っている。

 可愛い格好をするか悩んだけど、カジュアルにまとめてみた。足元は厚底のサンダル。

 朱里さんのように垢抜けてはいないけど、変ではないはず。

 道を歩きながら、何を意識しているのだろうと思う。

 私たちは、そういう関係じゃない。

 そもそも、相手は女装している男の子だし……。

 そう考える度に、頭に思い浮かぶのは、顎クイされたあの時の記憶。


「お、落ち着け……」


 折角シャワーを浴びてきたのに、また汗をかいてしまう。

 時間がないから、軽くシャワーを浴びるくらいしかできなかった。

 匂いは、大丈夫なはず……クリームも塗って、対策はしてある。

 結弦くんは妙に距離感が近いから、気になってしまう。

 日陰を選んで、文化センターの裏側から目的地を目指す。

 正面の階段は日が照っているので、屋根がついた建物の外周を歩く。

 日差しを遮るだけで、体感温度は一気に下がった気がする。

 少し歩くと、視線の先に広場が見えた。

 梅雨も終わり晴れ間が増えたからか、たくさんの子供たちの姿が確認できる。

 早歩きになる足。

 緊張で胸が高鳴り、手を当てて息を吐く。

 しばらく進むと、一気に視界が開ける。

 雲一つない空の下、芝生が植えられた広場で楽しそうに遊ぶ子供たち。

 立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。

 普段は、駐輪場の近くでギターを弾いている彼。

 だけど、そこに姿は見えない。

 最近は人が座っていなかったベンチには、学生やご年配の人の姿が見える。


「あ……!!」


 そこに、目的の人を見つける。

 毛先の赤いツインテール。

 丈の長いゆるめのカットソーに、短めのチェックスカートを穿き、すらっと長い脚を組んでベンチに座っている。

 背筋を伸ばし、手に持っている文庫本に目を落としていた。

 真剣に本を読む横顔を見て、ドキリとする。

 男の子にこんな感想を抱くのはおかしいが、切れ長の目で本を見つめる姿は、美人に見える。

 彼の前を通り過ぎる、スーツを着た女の人が、そちらに目を向ける。

 私と同じ感想を抱いたのか、大きく目を開いていた。

 辺りに緩やかな風が吹く。

 彼の持つ本のページが微かにめくれ、ツインテールが揺れる。

 その横顔は、いつまでも見つめていたくなるくらい、様になっている。


「ふー……」


 緊張を吐き出すかのように、声をひそめて息を吐く。

 心の中で覚悟を決めてから、結弦くんへと近づく。

 歩を進める度に、胸の中で心臓が強く打ち付ける。

 なるべく自然なように振る舞いながら、彼の前に立つ。

 本を読んでいるからか、こちらには気付かない。

 一瞬、声を掛けるのを躊躇う。

 私なんかがこの時間を壊していいのだろうかと、思ってしまう。

 暑い中で、結弦くんは涼し気な表情を浮かべている。

 少しだけ間を取って……


「こ、こんにちは」


 普通に出したつもりの声は、上擦っていた。

 ドキドキしながら彼を見つめると、ページをめくろうとしていた手がぴたりと止まる。

 こちらにゆっくりと向けられる顔。

 ダークブラウンの瞳が私を捉える。

 その瞳に吸い込まれそうになり、時が止まったような感覚を覚えた。

 整った美人な顔がこちらを見ている。

 ふと、その目が少しだけ見開かれる――


「……」


 口を閉じたまま、頭からつま先まで視線が動かされる。


「……?」


 何か、おかしなところがあっただろうかと、慌てて確認する。

 だけど、特に変わったところはない。

 訝しげに思っていると、彼は顔を上げた。

 次の瞬間、それは破顔する。

 目が細められ、ニコリと微笑んだのだ。

 そのガーリーな見掛けにふさわしい愛らしさに、再びドキリとする。


「……」


 結弦くんは口を開かず、代わりに右手の人差し指で、ちょいちょいと図書館の方を示す。


「あ、そっか……」


 確かに、今彼が声を出したら、周りの人は驚くかもしれない。

 結弦くんは落ち着いた動作で本を閉じて、ゆっくりと立ち上がる。

 そのまま小さく首を傾げて「行こう」と口を動かす。

 そんな仕草がなんだか様になっていて、目を奪われる。

 歩き出した彼に、私は半歩遅れてついて行った。

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