第十四章:アオハルは、薄い雲の先に
そして、期末テストの期間がやってくる。
クラスはしんと静まり返っていた。
そんな中、二人の先生が静かにテスト用紙を机に並べていく。
補習にはすべて参加し、家でも勉強をしてきた。
普段は曖昧な知識も多いが、今回は理解も進んでいると思う。
担任の先生が机の上に用紙を置き、私は頭を下げる。
今までやってきたことが、数値として明示される試験。
この一週間は、クラスの雰囲気もピリついていた。
みんな仲が悪いわけじゃない。
でも、一問のミスで試験結果の順位は大きく変わる。
成績が維持できず、クラス落ちをする生徒が出るとも聞いている。
私にとっては、夏休みの過ごし方が大きく変わる、転換点。
言われるがまま道を決めてきた中で、初めて浮かんできた願望。
この学校の受験の時と同じくらい、緊張している。
心臓が早鐘を打ち、じんわりと肌に汗が浮かんでくる。
落ち着くために、深く息を吐いて、ゆっくりと吸う。
試験用紙を配り終わった先生が教壇に立ち、もう一人の先生が監視役として教室の後方に移動する。
周りにいる生徒たちからは、真剣な雰囲気が伝わってくる。
ただ、前に座っている朱里さんだけは、余裕そうに見えた。
「はじめ」
先生が試験の開始を告げる。
その途端、教室に用紙をひっくり返す音が一斉に響く。
忘れないように名前を書いて、最初の問題に目を向ける。
一時間目は英語。
一問目は選択問題だが、選択肢には長い英文が並んでいる。
紙の上を鉛筆が走る音が聞こえる。
理解の早い人たちは、早速答えを記入しているようだ。
いつもその音に焦り、ペースを乱される。
私は落ち着いて、問題に書かれた英文を一つずつ訳していく。
これを怠ると、簡単な訳を間違えてケアレスミスを引き起こす。
本来なら解けた問題で、点を落とすのはもったいない。
緊張はしているが、脳は冴えわたっている。
とはいえ、油断はできない。
時間は決められているし、悠長に解いていたら、時間が足りなくなる。
時間配分と、場合によっては解くのを後回しにする決断力も必要だ。
私はとにかく、目の前の問題に意識を集中していく。
三教科のテストが終わり、昼休みが始まる。
テストは全九教科、三日に分けて行われる。
どうやら、それは専門コースの生徒も同じらしい。
トイレに行くために廊下を歩いていると、帰宅する生徒で溢れる校庭が見える。
テスト期間中は午後の授業がない。
それは特進科も同じだが、希望すれば教室で自習することはできる。
多くの生徒が残っているので、私も残るつもりだ。
中間テストの時は、ずっと憂鬱だったが、今は少しだけ違う。
緊張感はあるものの、同時に手応えも感じていた。
完璧ではないけれど、前の試験に比べれば、よく出来ている気がする。
前回との違いがあるとすれば、モチベーションだろうか。
ただ嫌々勉強していた時とは違い、良い成績を残したいという意欲がある。
決して、勉強に対する苦手を克服したわけじゃない。
今日のテストも、苦手な所は確実に落としている。
それでも、できる所を全力で拾った。
夏休みに時間を得るために――
それは、学生らしい望みなのかなと思ったりする。
今までの私には、青春と呼べるキラキラとした時期はなかった。
ずっと劣等感に苛まれ、勝手に周りと自分を比べて落ち込んできた。
そんな私でも、歌っている時だけは輝ける。
だけど……それを二人でもできるなんて思わなかった。
舞台に立つ事も、考えもしなかっただろう。
それができたのは、全部……
「あ……」
ふと、窓の外に見覚えのある人物を見つける。
ウルフカットの男子生徒、結弦くんだ。
結弦くんの隣には、一人の男子生徒と、女子生徒が並んでいる。
右側に立った男子生徒が手を広げ、何やら談笑しているようだ。
結弦くんが楽しそうに笑い、隣で女子生徒が相槌を打っている。
その姿は、すぐに他の生徒たちの中に埋もれていく。
私は立ち止まり、窓の外を見つめる。
その影を追うように手を伸ばすが、それをガラスが遮る。
指先に触れる冷たい感触が、届かない距離を突きつけてくるようで胸が痛んだ。
結弦くんの姿は、もう見えなかった。
テスト期間に入ったこともあり、五日も会えていない。
勉強に集中するため、LINEのメッセージも送れていない。
あの輝かしかった日々が、少しだけ遠ざかった気がして、寂しい気持ちになる。
優しい声と、奏でられるギターの音を聞きたい――
友達と楽しそうに笑い合う姿は、私の知らない彼だった。
あんな笑顔を向けられる人が、私以外にもたくさんいる。
できれば、もっと結弦くんのことを知りたい。
そんな想いが頭を過ぎる。
彼との時間が増えれば、私はもっと彼の良い所を見つけられるのだろうか。
「そのためにも……」
今は踏ん張り時だ。
期末テストで良い成績を残して、自分一人でも勉強できることを、両親に証明する。
そうすれば、また一緒にスタジオに行くことができる。
もし成績を上げることができなかったら……私は実質的に夏休みを奪われるだろう。
輝かしい未来に対する明るい想いと、もし失敗したらという不安が入り混じる。
締め付けられる胸――
だけど、そこに少しだけ違う感情が生まれる。
結弦くんのことを知りたいと思った時に感じた、胸をくすぐられるような温かさ。
私の『アオハル』は、まだ雨上がりの雲に覆われている。
その先にある光を掴み取るためには、一歩前に進まなければならない。
「よし……」
仲良しな三人を見て、浮かび上がりそうになる黒い気持ちを、胸の奥に押しやる。
嘆いているだけじゃ、何も始まらない。
そう考えて、私は顔を上げて再び歩を進めた。




