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最終話-3ご令嬢が見た夢

その前からヒールの高い靴の練習をバッチリ済ませたセナは、新しく届いた靴と服を身に着けて、フェンリル、ラビ、そしてベイズと共に城の外へ出かけた。

馬車に乗る前に、フェンリルから散々よく似合っている、と褒められたセナが、もうこれで満足かもしれない…、と満ち足りた顔で言い出したとき、ラビが慌てて、いやいやいやまだ始まってないから!とつっこんだ。



連れてこられたのは、季節の花が色とりどりに咲き誇る草原だった。馬車から降りたセナは、わあ!と浮かれた声を上げて周りを見渡した。


「き、きれい…!夢みたい…!」


セナは願い通りの靴を履いて、自由に辺りを歩き回る。フェンリルは、そ、そんなに勢いよく歩いて大丈夫か…?と心配そうにその後を追う。

ハイキングの準備が入ったバスケットを持ったベイズは、そんなセナを見て、はああ…、と感嘆のため息を漏らす。


「セナ様、お召し物はとってもお似合いだし、表情もこれまで見たことないくらい生き生きとされていて、本当にお綺麗です…!」

「…脚はえらいことになってるけどね」


ベイズとともに、ハイキングの荷物を抱えたラビが苦笑する。この日のために、セナはベイズやラビと一緒にハイヒールを履いて歩く練習をしたのだが、想像より彼女がどんくさく、青痣や擦り傷などがたくさんできてしまった。その跡が痛々しく脚に残っている。


「まあいいじゃありませんか。あんなに楽しそうでいらっしゃるから」


ベイズは、青空の下で楽しそうに歩き回るセナを見つめて微笑む。ラビも、まあそうだね、と口元を緩める。


「わっ、蝶々が飛んでる!」


セナは花の上に静かに止まって羽を動かす小さな蝶々を見つめる。じっと見ていると、蝶々は急に花の上から飛び立った。突然のことにセナは、わっ、と声を上げて尻もちをついた。その拍子に、履いていた靴が脱げ、被っていた麦わら帽子が地面に落ちる。。


「大丈夫か?」


追いついたフェンリルが、落ちた帽子を拾うと、セナの頭に被せた。そしてセナの向かい合うように立ってからしゃがみ込むと、彼女と目線を合わせた。


「喜んでもらえるのは何よりだが、はしゃぎすぎじゃないか?」


フェンリルは、散らばったセナの靴を拾うと、小さく苦笑した。セナはその顔を見上げる。目の前に広がる青い空と、自分を見つめる男性をぼんやりと見つめ続ける。


「(…甘い匂いがする…)」


風が吹いたとき、ふとセナはそんなことを思った。セナは目線の高さで咲いている綺麗な花の方に視線をやる。


「(…そうか、あの日もこんなふうに周りに花が咲いていたんだ。塔から出られた日…)」


セナは、知らない世界へ足を踏み入れる恐怖と、そして、これから起こる素敵なことに胸を震わせたあの日のことを思い出す。部屋の外から出るとき、緊張で震える足を何度も引っ込めたけれど、それでもやっぱり、知らないことを知りたくて、見たことのないものを見たくて、感じたくて、懸命に足を踏み出した事を。


「ほら、立てるか?」


フェンリルはセナに靴を履かせると、彼女に手を差し出した。セナは、は、はい、と返事をすると、彼の手を取った。強く、しかし優しい力によって、セナは体を引き上げられる。そして、ゆっくりと立ち上がる。


「ここを持っていろ」

「え?」


フェンリルは自分の肩を叩いてみせた。セナはよく分からないままそこに手を乗せる。

すると、セナと向かい合っていたフェンリルは、胸ポケットからハンカチを取り出した。そして、セナの肩越しに確認しながら、尻もちをついた拍子に汚れたセナのスカートをそれで払った。


「(…ち、近い…)」


頬にフェンリルの黒髪がこすれるのを感じながら、セナはひどく緊張する。胸の鼓動がどんどん高鳴っていくその瞬間、セナは震える足を一歩踏み出して、フェンリルの首に自分の腕を回していた。


「えっ」


フェンリルはらしくない声を漏らした。彼の手からハンカチが落ちていく。

セナは自分で抱きついておきながら、内心かなり動揺していた。


「(…わ、私はなんてはしたないことを…!)」


そう自分を責めるものの、彼に接した腕を離せない。顔を真っ赤にして、セナはただただ彼に頬を寄せる。自分よりもずっと大きくて力が強いこの男性を、セナはやはりもう怖くない、と思う。


「…」


フェンリルは少し黙ったあと、セナをゆっくり抱きしめた。セナはそれに更に頬を赤くしながら、様々な感情に耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。


「…ごめんなさい…」

「なぜ謝るんだ」

 

フェンリルは、自分からもセナに頬を寄せて笑う。セナは固く目を閉じたまま、なぜかはよくわかりません…、と困惑する。経験値がないからか言葉が出ず、セナはただただ押し寄せる感情に振り回されて訳がわからなくなる。

フェンリルはゆっくりセナから体を離す。そして、頬に手を添えて、優しい目で彼女を見つめる。セナは彼を見あげながら、生まれて初めて人を愛おしいと感じた。


「…ずっと、変えようのない過去に固執していました。でももう、やめようと思います。これからの未来を、あなたと一緒に生きられるのなら」


そう言葉を口にしたあと、セナは真っ直ぐにフェンリルを見つめた。フェンリルは目を丸くして、小さく息をすった。

その時、彼の頭に耳が現れた。フェンリルはびくりと肩を震わせると、慌てて頭をかいた。現れたと思った耳はすぐに姿を消した。


「…あの、ずっと不思議だったんですけど、なぜ耳をしまうんですか?」


セナはそう不満そうに言う。フェンリルはセナから少し目をそらして、なぜって…、と呟いた。


「…君が、狼男を怖がっているからだ」

「…え?」


セナはきょとんとする。そんなセナに、フェンリルもきょとんとする。


「…狼男が苦手…?」


そうだっただろうか、とセナは考える。フェンリルは、混乱したような顔をする。


「君…、昔俺の姿を見て気絶したじゃないか。初めてここに来た日も、獣人の姿をした俺を見て青白い顔をして…」

「ああ…、それは私…、男の人がずっと怖かったんです。塔に閉じ込められていた頃から、男の人を恐れるように教育されてきたので。傷物になったら献上できないからって魂胆があったみたいですけど…」

「男が…」

「獣人さんの耳や尻尾はむしろ大得意です」


セナはそう大真面目に返す。フェンリルはしばらくぽかんとした様子で固まる。


「男が苦手…と言われると、もう対処のしようがない…」

「対処?」

「狼男が苦手なら、平常心を保って人間の姿でいられる。がしかし男が、と言われると…」


フェンリルは、うん…、と長考を始めた。今度はセナがぽかんとする。


「(…もしかして、私が狼男を苦手だと思って、人間の姿でいてくれたのかな…)」


腕を組んで考え込むフェンリルを見つめて、セナはまた胸を押さえる。


「(…ま、また、゛きゅん゛…!)あ、あの陛下!」


セナはフェンリルの目の前で手を振る。フェンリルははっとしてセナを見る。セナは真面目な顔で彼を見つめる。


「あの私、陛下のことが大好きになったので、だからもう全然怖くありません!」


セナは大真面目にそう伝える。フェンリルは、え…、と声を漏らしたあと、また耳と尻尾を生やした。フェンリルはいつものように慌てて頭に手をやるが、セナは、あー!と声を上げて、彼の腕を掴んで阻止する。


「隠さないでください!」


目を輝かせてセナはフェンリルの耳を凝視する。わー、ふわふわ、わー、もふもふ、とセナは感動しながら観察する。そんなセナに、フェンリルは複雑な表情をする。


「陛下、セナ様、そろそろお昼にいたしませんか?」


ベイズが少し遠くの方から二人を呼んだ。セナは、はあい!とベイズに返事をする。セナがよそ見をした瞬間、フェンリルは耳を引っ込める。それに気がついたセナが、あっ!と声を漏らす。


「なっ、なんで隠しちゃうんですか!」

「…そういう感じで喜ばれると、それはそれで複雑だからだ」

「ええ?」


セナはフェンリルの気持ちがよく分からずに首を傾げる。フェンリルは咳払いをすると、行くぞ、と言ってベイズの方へ歩き出した。セナは少し不服そうに唇を尖らせたあと、フェンリル陛下、と呼んだ。フェンリルは、どうした、と振り向いた。優しいその声の耳心地がいい。聞いていると胸の奥から幸せがあふれる。セナはゆっくりと微笑む。


「大好きです、ってお伝えしたかっただけです」


セナにそう言われて、フェンリルは息を詰まらせる。その時また、彼に耳と尻尾が現れる。セナは、あっ!とまた目を輝かせる。


「…玩具じゃないんだぞ、遊ばないでくれ」


フェンリルは少し拗ねた様子で頭をかくと耳と尻尾を収納する。セナは、ごめんなさい…、としかし不服そうに謝った後、小さく微笑み、フェンリルの隣に向かうと、一緒に歩き始めた。

















その夜、寝間着姿に着替えたセナは、まだ少し髪が濡れたまま、フェンリルと向かい合って座っていた。カーテンの隙間から入り込む月明かりが、ゆらゆらと床の上で揺れている。

フェンリルはセナの頬を両手で包むと、優しくキスをした。少し固まっているセナは目を閉じて、それを受け入れる。フェンリルはセナの頭を支えてゆっくり寝かせる。セナは自分を組み敷く彼を一瞬見上げるが、恥ずかしさからすぐに目をそらす。口元に手を当てて、何度も緩く唇をかんで緊張を紛らわせようとする。

フェンリルはセナの寝間着のボタンを一つ、また一つと外していく。露わになる彼女の鎖骨に、フェンリルは唇を這わせる。セナは恥ずかしさから顔を横に向ける。その時、ベッド横のテーブルに置いてある灯りがつけたままであることに気がつく。


「あ、あの…」


セナは消え入りそうな声で呼びかける。フェンリルは、どうした、と尋ねる。

セナは顔を真っ赤にしながら、あの、灯りが…、としどろもどろに訴えた。フェンリルは小さく笑うと、わかった、と言ってセナの上からどいて、灯りを消しに向かった。


「…ん?」


灯りのすぐそばに、手紙が置いてあることにフェンリルは気がつく。何かを眺めているフェンリルに気がついたセナは、どうしましたか?と彼のそばに向かった。


「手紙?」

「…ウィズからみたいだな」


フェンリルは少し不機嫌そうに言うとセナに手紙を渡した。そんな彼に気が付かないセナは、ウィズからの手紙に嫌な予感を察知する。


「(…いつの間にかベイズが届けてくれたんだ…。…どうせろくでもないことしか書いてないだろうしな…)あ、後で読みますね」


セナはそう苦笑いをすると、手紙を元の場所に戻ろうとした。すると、フェンリルの眉間にしわが寄った。


「…俺の前では読めない手紙か?」

「え?」


セナはきょとんとする。そして、そういうわけでは…、と否定する。フェンリルは疑い深そうにセナの方を見る。


「(…そういえば前に、祖国に好きな人がいるとかいう話をしたな…。否定はしてたけど、多少疑っているのかな…)」


そんな事を考えた瞬間、これが世に言う嫉妬というものか…!とセナは感動する。


「(し、嫉妬されてる…!陛下に嫉妬されている…!)」


喜びから目を輝かせるセナに、フェンリルはきょとんとする。セナは、あ、ええと…、と慌てて手紙の封を切った。


「(嫉妬してもらうのは嬉しいけど、するほうは気持ちのいいことじゃないしね…)ウィズ殿下、私が陛下の機嫌を損ねないか疑ってるんです。国益を損なうからって。だから定期的に私に近況報告を促すような手紙を送ってくるんです。…ええと、それじゃあ読みますね」


セナは手紙を読み始めた瞬間、えっ!!と声を上げた。フェンリルが、目を丸くしてセナを見る。


「ど、どうした、」

「何があった」


いきなり扉のほうがバタバタと音がしたかと思うと、ヨルとヘル、そしてヘルの率いる精鋭部隊数人が扉を蹴破って入室していた。

セナは、ええっ!と目を丸くした後、自分の服がはだけたままなのを思い出して、慌てて服装を直した。

フェンリルは呆れた顔で彼らを見た。


「……何をしているんだ」

「やっと初夜にこぎつけた。何かあっては困ると、控えていた」


ヘルは淡々と返す。ヨルは、僕たち心配性だから、と微笑む。フェンリルは額に手を当てて溜息をつく。


「それで、どうした」


ヘルはセナに尋ねた。セナは、え、ええと…、としどろもどろになりながら口を開いた。


「…ウィズ殿下が結婚式を挙げるからって、招待状を送ってくださいました…」

「結婚式?」


ヘルは首を傾げる。ヨルは、ああ、と思い出したように言う。


「セナが前に言ってたね。王国では、結婚式を挙げてから、帝国でいう番の関係になるんだってさ」

「そうなの」


ヘルはさして興味なさそうに返す。セナは、同封されていた招待状を眺める。


「け、結婚式…、結婚式…!」


セナは急に発作が出そうになる。そんなセナを見て、あれ、とヨルが首を傾げる。


「もしかして、結婚式挙げたいの?」


ヨルの言葉に、セナはびくりと体を震わせる。ヨルは、図星だ!と微笑む。

ヘルは少し苛立ちながら、わかった、と言った。


「式は勝手にしたらいい。私たちはもう行くから、続きを早くして」


ヘルはそう釘を刺す。そんなヘルに、ヨルが、違う違う、と手を振る。


「王国では、式を挙げてから番になるみたい。だから、式を挙げるなら、番になるのは式を挙げた後になる、ってこと」

「…」


ヘルの顔が急に凍る。ヘルは恐ろしい顔でセナを見据える。


「ここは帝国。王国の常識は関係ない。式は後で良いから早く続きをして」


ヘルはヨルを引っ張ると、早く出る、と扉の方に向かった。セナは少ししゅんとして目を伏せる。そんなセナに、フェンリルが目を細めた。


「良いじゃないか、式を挙げてからで」


フェンリルの鶴の一声に、セナとヘルとヨルが同時に、えっ!と声を漏らした。


「い、いいんですか…?」


セナは目を輝かせてフェンリルを見つめる。フェンリルは、ああ、と頷く。


「言っただろ、これからのことは何とでもするって」

「へ、陛下…!」


セナは嬉しさに涙すら出そうになる。結婚式なんて憧れ中の憧れ、夢の中の夢である。セナは今から式が楽しみで心が躍る。


「…なら、今から王国に使いを出して結婚式に詳しい者を連れてくる。それから、その者の指揮に従って明日準備して式をする」


苛立ちが隠せないヘルがそう言うと、精鋭部隊の一人が慌てて部屋から出ていった。セナは、あ、明日…?と呟いた。ヘルはものすごい圧で、なに、とセナに詰め寄った。


「何か文句でも」

「あああの…、髪が…」

「髪?」

「あの、ドレスを着るわけだし、髪を伸ばしてアップにしたくて…」


セナは指をもぞもぞと動かしながら言う。ヘルは極寒の視線をセナに向ける。


「その長さでもアップにできる」

「も、もう少し伸ばしたくて…」

「できる」


ヘルにそう詰められて、セナは言葉が出なくなる。セナは、陛下…、と助けを求める。フェンリルは少し固まった後、小さく息をついて、そしてゆっくり口元を緩めた。


「ヘル、好きにさせてやれ」

「…フェンリルお兄様…」


ヘルは今にも歯ぎしりをしそうな形相で睨みつける。その横で、セナは花が咲いたような笑顔を漏らす。

ヨルはセナを見て苦笑いをした後、いいの?とフェンリルの方を見た。


「あの様子だと、式はだいぶ先になるんじゃない?」

「良いんだよ。セナのいいようにするのが」


フェンリルは嬉しそうなセナにつられるように笑う。ヨルはそんな兄の横顔を見つめて、小さく微笑む。

セナは、フェンリルの方に近寄ると、彼の手を握った。


「ありがとう、フェンリル」


セナは心から嬉しそうに笑う。そんな彼女に、フェンリルの頭に、耳がひょこりと現れる。


「…髪がすぐに伸びる薬はないのか」

「あればもう既に私が部隊に取りに行かせている」


ヘルが不機嫌そうに返す。フェンリルは苦笑した後、結婚式に浮かれるセナを見つめて、彼女が可愛くて仕方がないような瞳を向けた。














ここまで読んでいただきありがとうございました。

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