31 - ふと来たる決定事項にて
“先が見えない”という状態ほど人の思考を邪魔するものはない、少なくとも俺はそう思ってる。
なので、こんな大事な局面にあって『自爆』という大問題を思考回路に意識させちまったのはどう考えても俺のポカだった。どうせなら自爆するその日その瞬間まで一生気付かないままとかのほうがまだ幸せだったろうに。こういうのは、無自覚のまま周りも何もかも無視して勝手に吹っ飛ぶのが精神衛生上では一番良いのだ。
特に、守るもんも何もない俺みたいのにはな。
「ま、そろそろ考えるべきタイミングに来たと思う。……たぶん俺も長くない」
しかし気づいちまった以上は“報告”っていう『義務』が発生してくる。理由は簡単、俺が今いるのはチームであって、こいつらに“迷惑をかけるのは避けたい”と自分で思ってしまったからだ。
はー、面倒くせェ。
「長くない、ってなぁ? 少なくともオレから見たらマトモな精神状態そのまんまだぜ? 前に見たような幼児退行みたいなことにもなってない。取り越し苦労なんじゃないのか、前科モンよぉ」
一方、スンドグレーンはぶっきらぼうに言い放つ。
「さすがにそれは甘く見過ぎだろう、異世界転移者については分かっていないことの方が多い上に、“自爆”は転移者なら必ず誰でも起こすのは間違いないんだ……ただ、確かに今のクサカの言動を見る限りでは遠そうに感じるのが本音だが」
一方、トルネルもなるべく冷静に反対意見を述べる。
「とはいえ、よ。もしかするとこれから急速に状況が悪化していかないとも限らないわ。“精神の状態が鍵かも”ってことだけど、これが仮にそうだとして、影響が出ないよう貴方たち全員何があっても常に上機嫌でいるなんてこと出来るかしらね?」
一方、イルヴァはさらに辛辣に言い返す。
「で、でも……だったらショーゴがあたしと戦ったときみたいに自分自身に洗脳をかけて記憶を消しちゃえば良くない? 記憶いじられたあたしだって今でも磁力は使えてるしそれくらいは……あ、でも何を忘れるか分かんないのか……」
そしてヴァイオレットは思いついたことを喋りつつ自分の記憶を漁っている。
四者四様、つまり皆それぞれが俺の扱いに困っているようだった。
苛立ちを隠せないんだろうか、眉間にシワを寄せながらスンドグレーンは指摘してくる。
「だいたい何でお前、今の今まで意識の端にも上ってこなかった問題を今ごろわざわざ引っ張り出すんかね? そこの思考回路のがオレぁ気になるわ」
「……」
俺は黙りこくって少し考え込んだ。確かにここで突然そんなことを言い出したって危機感なんざ伝わるワケがない。しかし良くない予感は確かにしているのだ。
そうでなくたって、自分の“賞味期限”はどうしたって気になる。それこそ死活問題だ。というかイルヴァの指摘の通り、これからの展開次第では予想なんかよりもずっと早く限界に達してしまう恐れも否定できない。そもそもこの限界値は回復させることが出来るのかすらも分かっていないのだ。
そりゃ現時点でこそそんな危険はまだ遠いと自信を持って言えるが……いや、果たしてこの判断自体も正しいのか? それとも……。
「……イヤまぁどういう考えで言い出したかってスンドグレーン、別にそれ自体は単純なんだよ。お前がヴァイオレットのこと年齢どーのこーのでウチのチームに入れるの反対してただろ? ヴァイオレットは盗賊団で門番役やれるような実力者なのに、だ。で、お前が反対してそうな理由考えたら……そもそも俺自身が自爆に何にもやってこなかったこと思い出した」
数秒の沈黙の後、俺はポツポツと自分の思考を説明してみる。取り止めのない思考から取り止めのない発想が出てくるのなんて珍しいことじゃないハズだ。
「あー、どういう流れでそう考えたか自体は分かったけどだな……」
だがスンドグレーンの返答はどこか歯切れが悪い。
「『どういうふうに考えたかじゃなくて、“何で今さらそんなところを気にするのか”が気になる』って言いたいんじゃない?」
「おぉ、それだ。イルヴァあんがとな、オレのツッコミはそういうこと。まぁオレこんなだからよ、自分の疑問なんざ口にすることも少なくてなぁ……」
騎士は同僚からの助け舟に礼を言いながらボソボソとこぼす。どうも言語化が上手くいかなかったらしい。何というか、その後の言い訳も含めて見るからにオッサンの反応だ。そりゃ俺だって数歳若い程度だが。つまり裏を返せば……。
これからたった俺も数年でああなるのか、と軽く戦慄しつつ俺は聞かれたことに答える。
「今さらっていうかさ、本当に今までカケラも気にしたことなかったんだよ。他人はともかく俺自身の自爆なんてな。それがさっき気がついた途端に、急に吹き出してきたみたいに頭の中が一杯になっちまっ——
「オイ待てって、クサカ大丈夫か? 俺の知ってる限りではあるけどな、お前ってンな不安で頭一杯になるようなタマじゃないだろ? 何で急にそこで情緒不安定になんだよ」
今度はスンドグレーンがやや心配そうに口を開いて俺を遮った。口調はいつも通りだが目付きは真剣だ。向こうに今の俺は相当変に映ってるらしい。
……と、トルネルの懐の伝令札がうっすらと光を帯び始めて、
「スマン、本部からの伝令だ」
低い声での短い謝罪が部屋に響いた。耳を澄ますと、微かだがしっかりと振動してアピールを忘れない音も聞こえる。……まんま“俺らのいた世界”でいうところケータイのバイブレーションじゃねェか。こうやってみると技術的には本当に“こっち”も“あっち”も大差ないように見えた。
「機密を病院の廊下でバラ撒くわけにもいかん、病室内とはいえ対応はここで失礼させて貰う」
そう断りを入れてからトルネルはつかつかと部屋の隅に移動してようやく伝令札の通信を繋ぐ。
「はい、トルネル……ああ、ご連絡ありがとうございます、直接お手間を取らせてしまい申し訳ありません……ええそうです、我々も万全の体制を構築してい…………はい? 今からですか? ええもちろん、今からでも招集することは可能ですが……はい、はい…………承知いたしました、では後ほど伺います……では」
……何だ? 今や新設とはいえ騎士団長であるトルネルが今のように敬語を使う相手というのはそもそも多くない。しかも会話内容的にもなかなか大きな集まりがあるらしかった。俺の狭い人脈の中で、今の相手を考えられるとすれば……たった一人。
「皆聞いてくれ、刑事総長殿から直々に連絡が入った。このあと、刑事総長室にて我々騎士団総員に通達があるらしい。伝令札で詳細は伝えられないことだそうだ。急ぎ刑事局庁舎に戻る、ヴァイオレットも取り急ぎ準備してくれ」
大体三〇分後かそこら。深夜の刑事局庁舎、刑事総長室にて。
移動を終えた俺ら五人に加えて、他に捜査本部ことあの会議室にいた顔見知りの騎士たちやらアシスタント扱いの見習い騎士たちやら全員が揃っている。皆して緊張の面持ちだった。
で、この中でも数少ない“総長室に複数回来てる人間”である俺は呑気にあくびを噛み殺している。
「クサカくん、時間帯的に分からないでもないけど気を引き締めなさい」
右隣に立ってるイルヴァからお小言。
「イヤそうは言ってもだな、さすがに呼んだ本人もまだ来てねェのに——
「そういうのいいから」
「うっ」
横目にイルヴァの顔を見遣ったら、見覚えのある冷ややかな視線がこっちに刺さってるのを見つけて慌てて姿勢を正す。口元だけはにこやかなままあの視線を作り出すのってどうやってんだ……?
「ねぇショーゴ、今から来る人って……」
「聞こえてただろ? 刑事局のお偉いさん。総長ってくらいだからトップだな、たぶん」
イルヴァの反対側、左隣で戸惑うヴァイオレットに俺は小声で伝える。
「その人ってさ、あたしのことって聞いてるの?」
「さっきトルネルが話は通すみたいなこと言ってたからたぶん何とか——
ガチャリ
また俺の言葉がさえぎられる形で部屋の奥のドアが開いて、俺にとっては見覚えのあるハゲ頭がひょこっと覗いた。軍服みたいな派手な装飾の目立つ紺のスーツ、やたらと厳めしい銀縁メガネと白い口ヒゲ……一週間前と微塵も変わらない見た目で刑事総長は姿を現す。
「敬礼!」
トルネルの号令が響いて部屋中の人間が同時に動いた。右肘を張り、手の指三本をまっすぐに立てて掲げる、この世界での敬礼の姿勢だ。場の空気が一斉に引き締まるのを肌で感じた。
「直りたまえ」
トルネルではなく刑事総長が口を開き、全員元の体勢に戻る。見よう見まねではあるが、俺とヴァイオレットも動きにならって場に馴染むように努めた。
総長はそれを見届けると重々しく喋り始める。
「まだ名も無い新設騎士団の諸君。まず、このような時間に参集に応じて貰ってご苦労だった。賊どもに対抗すべく続けられる、連日に渡る諸君らの激務を労いたい」
いかにもお偉いさんというような挨拶だ。しかも総長の年齢だけあって、噛み締めてでもいるみたいにやたらと言葉が遅い。時間帯もあって余計に眠いが、今はさすがにマズいか。俺は目を見開いて誤魔化す。
「さて、ここに諸君らを集めたのは他でもない。これまでの諸君らの情報収集と弛まぬ努力により、ようやく重要な作戦の実施が決定されたためだ」
そう言って総長は騎士団員の顔を見渡す。
だーもー、こういうお偉いさんはこういう話し方しか出来ないのか?
「ここまで言えば諸君らも薄々分かるだろうが。明日、正確に言えば本日明朝より……王都地下に巣食う件の賊どもの掃討作戦を執り行う。最終目標は地下にある彼奴らの拠点の撃破。……すなわち、この騎士団の初陣だ」
……さすがに俺も、今の一言でちょっと目が覚めた。




