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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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9/11

1-8 勝って兜の緒を締めろ――「深追い厳禁」の鉄則

挿絵(By みてみん)


三河物語みかわものがたり』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、また会ったな。大久保おおくぼ彦左衛門ひこざえもんだ。


 前回、800人の決死隊が8,000人の織田軍を押し返した「伊田いだごう合戦」の話をしたな。まさに奇跡の防衛戦だったが、戦場の現実はいつだってシビアだ。


 今日は、清康公を失った徳川家が、いかにして「絶望のどん底」から再起動リスタートを図ったか――その裏側で暗躍した、我が先祖・大久保 新八郎しんぱちろうたちの命懸けの「転覆クーデター計画」について語ってやろう。


 伊田の郷で織田軍をボコボコにした後、若手たちは息巻いた。「殿しんがりを追撃して矢作川で全滅させましょうぜ!」とな。


 だが、ここで老武者たちがストップをかけた。


「バカ野郎、今の戦力差を見ろ。こっちは400、向こうはまだ4,000残ってるんだぞ。『勝って兜の緒を締めよ』って言葉を知らねえのか?」


 老武者たちの判断はこうだ。


「今の目的は、若君(広忠公)の命を守ること。ここで全滅して城を奪われたら、清康公の血が途絶える。それこそが本当の敗北ゲームオーバーだ。今はあえて敵を逃がし、猫がネズミを噛むような『捨て身の反撃』をさせないのが、将としての正しいムーブだ」


 結局、両軍は引き分けの形で撤退。若君を無事に岡崎城へ連れ戻した時、家臣たちは「もう二度と会えないと思っていた……」と、再会を祝した。これが世に言う「伊田合戦」の結末だ。


 だが、城に戻っても平穏は来なかった。清康公の伯父、松平 内前うちぜん。こいつが最悪の「不具合バグ」だった。内前は若君が幼いのをいいことに、「俺が城を乗っ取ってやる」と野心を丸出しにして、広忠公を城から追い出してしまったんだ。


 信忠、清康、広忠と三代仕えてきた譜代の家臣たちはブチ切れた。「四代前(長親公)まで遡って家督を主張するとか、設定戻しすぎだろ!」とな。


 この時、意外な行動に出たのが、清康公を殺した弥七郎の父・阿部 大蔵おおくらだ。


「俺の息子がとんでもない罪を犯したが、俺の忠誠心は1ミリも揺らいでいない」


 大蔵はわずかな供を連れ、13歳の広忠公をガードして伊勢、そして駿河へと落ち延びた。数年間のハードコアな放浪生活の始まりだ。


 さて、岡崎城に残された我が大久保一族はどうしていたか。内前は、大久保新八郎のカリスマ性を恐れていた。


「あいつ、絶対に広忠を呼び戻そうとするだろ……」とな。


 そこで内前は、新八郎を伊賀八幡宮へ呼び出し、「絶対に広忠を岡崎に入れません」という起請文を、なんと7枚も書かせたんだ。


 宿所に帰ってきた新八郎は、弟の甚四郎じんしろう弥三郎やさぶろうを呼んで、からからと笑い飛ばした。


「おい、聞けよ。内前の野郎、俺に『広忠様を絶対に入城させません』って誓約書を7枚も書かせやがった。アイツ、マジで阿呆だな。」


 弟たちは真顔で返した。


「兄者、それ神様に嘘ついたことになりますよ。地獄に落ちますよ?」


「いいか、俺一人地獄に落ちようが、白斑びゃくらい黒斑こくらいの病にかかろうが、そんなのは安いコストだ。主君を再び岡崎の玉座に戻せるなら、起請文なんて100枚でも1000枚でも書いてやるよ!」


 その後も疑り深い内前に、新八郎は合計21枚もの「嘘の誓約書」を提出し続けた。まさに「コンプライアンス無視」の忠義者。これが大久保流のやり方だ。


 チャンスは、内前が今川方の「牟呂もろの城」を攻めた時にやってきた。新八郎も軍勢に参加していたが、彼はこっそり広忠公側とコンタクトを取っていた。戦場で敵(広忠公の部下)を見つけた新八郎は、わざと大声で罵倒した。


「おい! 偽の主君を担いでる野郎ども、俺の矢を食らいやがれ!」


 ヒュン! と放たれた矢の先には、極秘の「入城計画」が書かれた巻紙が巻き付けられていた。


 それを受け取った広忠公側も心得たもの。次の戦闘で、返信の矢を新八郎に射ち返した。それを見た新八郎は、またもや演技で「おい! 譜代の主君に弓を引くなんて、いい度胸じゃねえか! ほら、この俺のケツでも射ってみろ!」と、袴をまくって尻を突き出すという、全力の挑発(煽り)を披露。


 内前は「よしよし、新八郎はあんなに敵(広忠)を嫌ってる。俺の味方だ」と完全に騙された。新八郎は、拾った矢をうつぼの底に隠し、宿所に持ち帰ってガッツポーズだ。「計画通り(ニチャァ……)」ってな。


 計画の実行日が近づいてきた。新八郎は、弟の甚四郎と弥三郎を集めて最後のブリーフィングを行った。


「いいか。この計画がバレたら、俺たちはもちろん、妻子まで全員死ぬ。『人生一度きりの大事(一世一代のイベント)』だと思え」


 ここで新八郎が一番心配したのは、三男・弥三郎の「癖」だった。


「弥三郎、お前は昼間の話を全部『寝言』で喋る癖があるからな。絶対に気をつけろ。女房にも言うなよ。女は肝が小さいから、顔色に出て怪しまれる」


 これを聞いた次男・甚四郎が耐えきれずに吹き出した。


「兄者のその『寝言』への異常な警戒心、俺でも笑えるわ」


「笑い事じゃねえ! 一大事なんだよ!」


 三人はゲラゲラ笑い合いながらも、腹を括った。末っ子の弥三郎は、寝言を防止するために、上帯を顎から頭にかけてぐるぐる巻きにして寝ることにした。


「これで明日の朝には顎が擦りむけてるだろうな……」


 なんて冗談を言いながら。新八郎は、さらに信頼できる仲間を増やすことにした。


 はやし藤助とうすけ成瀬なるせ又太またたなど、選りすぐりのエリートメンバーだ。夜中に呼び出された林藤助は、新八郎から計画を聞かされた瞬間、手を合わせてボロボロと涙を流した。


「……目出たい。なんと目出たい話だ! 俺も今すぐ付いていきたいが、俺が動くと怪しまれる。俺はここに残って、殿が戻ってくるための『内側からの道』を作っておく。何があっても、この計画、成就させようぜ!」


 どうだ、これが我が先祖たちの戦いだ。派手な合戦だけじゃない。嘘の誓約書を書き、尻を出し、寝言を封じ……。すべては、主君をあるべき場所へ戻すため。「三河武士の忠義」なんて綺麗な言葉じゃ収まりきらない、泥臭くて、熱くて、どこか笑える「絆」がここにある。


 偽の王を追い出し、本物の主君が岡崎へ帰還する――「岡崎奪還イベント」の幕開けだ。



【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




野方四千は恙無。味方も田方四百社こそ恙なけれ、野方四百はみな打死をする。敵八千之時者味方八百有。敵打被㆑取て四千になれば、味方も打死をして四百に成。其故田方之者も五百も千も打もらされて可有、左様にあればいまだ敵者多し。味方者すくなく候ゑば、勝てかぶと之緒をしめよと云事有。其故はいくさならひ者しられず、此上我わが味方打負まけたらば城迄とらるべし。我等之命露塵惜ちりをしからじ。只今迄は若君之御命もたすかり給ふべしともおぼえざりしに、早御命をたすけ申事は是程之勝かち者何かあらん哉。此上にていくさ之習ならひなれば各々打死をして、たすかり給ふ若君之御命を帰而圇かへつてむなしくせばいかゞあらん哉。若き衆之被申候ごとく、八萩河やはぎかはを半分越せてきつて懸物ならば、早おくれを取たる敵なれば、安々と切くづす。敵なれども然ると云に敵も其を心得而降参をば乞ふ成。りやうじに河をばこさじ。河を越と敵も思ひてそこにて思ひ切、聊爾に河を越而もまける、城をむたいぜめにしてもまけると思ひ切而、城をせめる物ならば安責落やすくせめおとすべし。窮却きうしてかえつ而猫ねこをくふと云事之候ゑばゆるし而やり給ゑ、此故者爰えへのはたらき者、二度ふたたび思ひ懸る事者有じと云ければ、其儀尤とてかれは河を越、味方は岡崎へ合引に引けり。各々若君様を二度ふたたび見まいらせて、又うれしなきにどつとなく。若君様は各々を御覧じて、扨何れもを見る事之嬉さは、二度ふたたび清康之御目に懸思ひこそすれ。併朝しかしながら一度に来り而、我を見て涙をながし而、今生の暇乞いとまごひとて出たりし者どもの、多来おほくきたらず、扨も〳〵ふびん成次第とて、をきつふしつ御落涙有ければ、御前成人々もよろひ之袖そでをぬらして御前を立、三河にて伊田合戦と申けるは是成。然るに寄千千代様御元服被成。次郎三郎広忠御法名ほふめい道幹だうかん御代々之御つたはりの御慈悲じひ御情なさけ御哀見あはれみ、殊にすぐれ而御おはします。各々よろこぶ処に、内前殿者眼前がんぜんの大伯父なれども、横領をうりやうして広忠を立出し給ふ。其時御普代衆も色々心々成。御跡に残て是非に一度者御本意をとげさせ申御代に立申さん、我等ども立退く物ならば、末世まつせ岡崎へ入らせられ給ふ事有間敷とて、御跡に思ひとゞまりて、御供せざる人多し。又何心も無而御供せざるも有、又内前殿も長親ながちか之御子なれば、何れも御主は一つ成とて、内前殿に思ひ付も有。人者兎もあれ角もあれ、をなじ長親ながちか之御子とは申せ供、内前殿者庶子信忠者御惣領、其故信忠、清康きよやす、広忠迄三代あをぎ奉しに、長親ながちか迄四代御跡へ帰りて、其故そしをおなじ事とは云難がたし。広忠の御座御座ましませぎやく成儀成、それがし供者妻子けんぞくを帰見ず、一命を捨而是非とも一度者広忠を岡崎へ入可㆑奉成。然る所に阿部之大蔵申けるは、忰めこそ気違にて、君をば打奉りて有、我等においては少も御無沙汰に不㆑及、是非供に御供申さんとて、十三にならせ給ふ広忠の御供申て、伊勢之国へおち行給ふ。其耳それのみならず、六七人も御供申成。十四迄伊勢に御座被成候成。然る間に関東三河をば早駿河寄取、吉良きら殿者小田之弾正之忠と御一身有。然間駿河寄吉良きらへ押懸ければ、あら河殿は屋方やかた別心べつしんをして、駿河と一身して荒河をもつ処に、屋方はかけ出させ給ひ、敵に打向はせ給ゑば、屋かたの御馬強き馬に而、敵之中ゑ引入られて、すなはち打死を被成けり。其寄吉良きら殿御子達は駿河へ付せ給ふ。さあ有程に大蔵、広忠を駿河へ御供申而、今河殿を頼入申。今河殿御無沙汰有間敷由被㆑仰けり。広忠十五之春駿河ゑ御下給ひ而、其年之秋駿河寄加勢をくはゑて、もろの城ゑうつし申。然る間岡崎に有心を懸申御普代衆折をねらひ申せども、其身之力に不及して、大久保新八郎定而思ひ可㆑立と相待申処に、内前殿も内々左様にも思召めさるゝ哉、次郎三郎殿を岡崎へ入申さん者は別之者ならず、大久保寄外は有間敷、さらば起請をかき候ゑとて、七枚まい起請を伊賀の八幡の御前に而、広忠を岡崎へ入申間敷と書せ申。新八郎宿へ帰りて、弟之甚四郎弥三郎二人之兄弟どもをよび寄、兄弟之者どもきくかとよ、うつけたる事を云まわる、伊賀之八幡之御前に而広忠を岡崎へ入申間敷と、我に七 まい起請を書たり。ほれ物にはあらずやとてから〳〵とわらひけり。二人之兄弟承而主を本意させ申さんためにこそ、御跡には留まりたり。其故起請之御罰とかうむりても地獄ぢごくへ落る。是をかなしみ起請のおもてにそむく問敷とて、主にそむけ七逆罪ぎやくざい、とてもとがをかうむる間、主を世に立申而思ひ置事無咎とがうけ給ゑ、御身一人之咎とがにも有ばこそ兄弟三人地獄ぢごくおつる迄兎角きしやうは千枚まいも書給ゑ、広忠をば一度は岡崎ゑ入可㆑申と申処に、又新八郎にきしやうを書けとて書せければ、八幡まん之御前に而、七枚まいきしやうを書せけり。何度もかき申さんとて書けり。又四五日有而も、広忠を岡崎へ入奉ん者は、大久保寄外者兎角に有間敷候間、一度二度のきしやう者無㆓心元㆒おぼえ候ゑば、又きしやうを書給ゑとて、三度迄伊賀の八幡之御前に而、七枚きしやうを大久保新八郎に書せける。新八郎宿所に帰而又二人之兄弟供をよび而申けるは、二人ながら聞け、八幡之御前に、又又きしやうを書せて有。是供には三度迄七枚まいきしやうを書せたり。合而二十一枚まいのきしやう成。百枚まい千枚まいも書せよ。書せばかくべし。起請の御罰とかうむりて、今生にては白癩びやくらい黒癩こくらいやまひうけ、来世にては無間げん之住すみかともなれ、子供之母をうし裂にもせばせよ、忰を八つ串にも刺さばさせ、何どきしやうをかゝせ申すとも一度は広忠に御本意をとげさせ申、岡崎ゑ入不㆑申ばおき申間敷候。我等斗をふかく疑ひ申間、久敷延るならば何たる事をか申べし。兎角にいそぐべしと云而、広忠へ内通を申上たり。然間もろゑ頓て内前殿働を被㆑成ける。其時新八郎も供を申ける。人先に立出而普代之主に矢を一つ参らせんと云ければ心得而立出る。新八郎はしり出而雑言を云て射懸ゐかけけるを、其矢を取而広忠之御目に懸申せば御喜よろこび成。次のはたらき之時又新八郎はしり出、何ものごとくざふごんの云て罵しりければ、又心得而先度之矢文之御返事をもち而出、新八郎普代之主に彎弓は殊外あがりたり。普代之主之矢をうけ而見よと云ければ、けさんのまくりてしりを出して待懸る。たる矢を取而靫うつぼの底に入、又新八郎が一矢参るとて懸けるを取而広忠ゑまゐらせければ、取上而御覧ずれば、何月之何時分岡崎へ入申さんと云矢文成。あしく雑言を不申ば、内前殿愈うたがはせ給はんとて、おそれおそろしくは思へどもざふごんをば申成。帰りてうつぼの矢を取出して見ければ、岡崎を取而くれんと申事御満足に思召めされける。早急はやいそげと被㆑仰候御事成。去間新八郎二人之兄弟どもを呼寄よびよせ而申けるは、早時分も能に由断有間敷、弥三郎者昼ひる語りしことをば、悉 のこさず ねごとに云者なれば其心得可有。女房者男之事悪あしき様にはいはざる物なれども ねごとは誰も可笑き物なれば、懸大事とはしらずし而、思はずしらずに人に語物成。左様に有とても、か様之大事をば女房にはきかせぬ物成。女者肝きもびけ成物なれば、色を違いて物をくはで、人に不審ふしんを立らるゝ物なれば、か様之大事をば聞せぬ物成。此事をしをうすれば、妻子けんぞくも命佑たすかる。若しそんずれば妻子けんぞく迄も残ずしする事なれば、一代に一度之大事成心得給へよと云ば、甚四郎が聞而、其方が ねごと我さへをかしきと云而笑わらひければ、新八郎云、わらひ事に而無ぞ一大事成と云ながら、兄弟三人してわらひける。弥三郎者上帯を頤寄頂おとがひかしらかけからげて臥せば、明ければあごがするがると云。扨又何時分にやと申せば、明々後日によからんと云。然間我等別して等閑無衆二三人にきかせずんば、後日にうらむべしと云。兄弟之者ども誰にやときく。林藤助、成瀬又太、八国やかう甚六郎、大原左近右衛門ぞと云。尤是には御聞きかせ給ゑと云。さらば藤助呼よびに越と被申ければ、甚四郎立而兄に而候人は少御用有、御隙入無者御出あれと申越ければ、若此事を思ひ立たれてもあらんと心得て、いそぎ而使つかひ寄先に来り、何事にやと申せば、別之用にあらず能酒をうけ而有、一越召と申事と云ば、早たべ度と心得而急いそぎければ、つれて立而此事斯と云ければ、藤助手を合涙をながし、扨も〳〵目出度事哉、我人御供して出候はで叶はざる事なれ供、我人御供を申物ならば、二度御本意をとげさせ給ふ事、思ひも寄ず、然時んば御跡に留まり申、是非とも御本意をさせ申さんと、思ひ入而とゞまる成。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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