1-9 放浪のプリンスと、罪を背負った忠臣
『三河物語』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia
よう、三河の歴史を語り継ぐ「歩く記録」、大久保彦左衛門だ。
これまでの話で、俺の兄貴・新八郎がいかに「無茶なクエスト」に挑んでいたか伝わったはずだ。主君・広忠公を城に戻すためなら、神仏への起請文さえ「フェイクニュース」として21枚も書き散らす男だ。
今日は、その奪還作戦がいよいよ実行フェーズに移る、「岡崎城・内通潜入クエスト」の裏側を語ってやろう。かつての仲間との絆、そして「失敗は死」のプレッシャーの中で動く男たちの物語だ。
いいか。兄貴の新八郎が、裏切り者の内前に対して、伊賀八幡の神前で「広忠公を城に入れません!」という誓約書を3回(合計21枚)も書かされたのを見て、周囲の連中はみんな絶望したんだ。
「新八郎まで内前に屈したか……。もう徳川家はおしまいだ」
だが、三河武士の重鎮・林藤助だけは違った。彼は新八郎の顔をジロジロと見上げたり見下ろしたりしながら、ずっと確信していたんだ。
「あいつが起請文ごときで魂を売るわけがねえ。必ず何か『裏パッチ』を当てようとしているはずだ」
そこへ新八郎がやってきて、極秘に打ち明けた。
「藤助殿……。俺はやるぜ。主君を岡崎へ帰還させる」
これを聞いた藤助は、飛び上がって喜んだよ。
「待ってたぜ、その言葉を! 海より深く、須弥山より高い恩を感じるぜ、新八郎!」
二人は来世までのフレンド登録を誓い、ガッチリと握手を交わした。
藤助は聞いた。
「俺以外に、誰を協力者に誘うつもりだ?」
新八郎は答えた。
「成瀬又太郎、八国甚六郎、大原佐近右衛門。 この三人はガチ勢だ。外せねえ」
さっそく、新八郎の弟・甚四郎(俺の親父だ)を使いに出した。
「兄上が『珍しい最高級の酒』を手に入れたから、ちょっと一杯飲みに来ないか?」という名の召集コマンドだ。呼ばれたメンバーは、ピンときた。
「このタイミングで酒だと? ……さては『あの件』だな」
彼らは新八郎から「広忠公を城に戻す」という真のミッションを聞かされると、全員が「待ってました!」と手を合わせ、その場で一身同体の誓いを立てた。作戦決行日は「明々後日」。タイムリミットは、あと3日。
協力者は揃った。だが、城門を開けるには権限を持つ者の協力が必要だ。新八郎は、広忠公の伯父である松平九郎豆(蔵人)殿に会いに行った。
仲間たちは心配した。
「九郎豆殿は内前の身内だぞ。もし密告されたら、俺たち全員処刑だぜ」
新八郎は笑った。
「もし九郎豆殿の顔色が少しでも変わったら、その場で差し違えて死ぬ。他言はさせない。俺が死んでも、お前らは計画を止めるなよ」
いざ九郎豆殿の前に出ると、あの方は逆に大喜びしてくれた。
「よくぞ言ってくれた、新八郎! 内前は俺に対しても警戒心が強くてな、なかなか動けなかったんだ。お前が八幡様で起請文を何枚も書かされているのを見て、『いつ反撃するんだ?』と心待ちにしていたぞ!」
九郎豆殿は、完璧な「アリバイ工作」を提案した。
「よし、俺は明日から有馬へ温泉旅行に行ってくる。その隙に広忠殿を入れろ。城門の鍵は侍女に預けておく。『大久保新八郎が来たら渡せ。それ以外には渡すな』と伝えておくからな」
九郎豆殿との極秘内談を終え、新八郎が屋敷を出てきた。門の外では、林藤助が手に汗を握り、震えながら待っていた。
「……新八郎。もしや、あの中で斬られたんじゃないか?」
最悪の失敗を想像していた藤助の前に、新八郎が晴れやかな顔で現れた。
「藤助殿、生きてたぜ!」
藤助は夢でも見ているかのように走り寄り、涙を浮かべて喜んだ。
「やれ新八郎! どうだった? 何か旨い飯でも食わせてもらったような良い顔してるじゃねえか!」
新八郎はニヤリと笑った。
「ああ、最高の『祝杯』の約束をしてきたぜ。明日の朝、佐近右衛門を連れて俺のところへ来い。 全員に『特大のバフ』をかけてやる!」
主君を裏切ったように見せかける「偽装」。身内すら欺き、協力者を見極める「プレイヤースキル」。そして、命をチップにした「ハイリスク・ハイリターン」の賭け。
「報酬が欲しくてやってるんじゃない。ただ、主君を玉座に座らせたいだけだ。」
この純粋すぎる忠義が、ガチガチに固まっていた岡崎城のセキュリティを突破しようとしている。
さあ、いよいよ次回、ついに広忠公が岡崎へ帰還する。
【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】
然ども何供才覚に仕煩らいて有御身之思ひ立給ふを待申処に、内前殿もさも思召か、御身に広忠を引立申間敷との七枚起請を、伊賀之郷の八幡御前にて三度書たまふを見て、力をおとして手をうしないて有。然どもきせうを書給ふとも、兎角に思ひ立候はんとはおもひ入て有つるが、然ども三度之七 枚きせうの事なれば、此事如何と申事も成、御身之 貌を見上見おろしはしたれども、さながら如何とも云難。きせうを書き給ふとも兎角御身は引立給はで、置間敷人と思ひしにたがはず、扨も〳〵能ぞ〳〵思ひ立給ふ物哉、殊更我等にも聞給日し事、海ならば大かい、山ならば須弥山寄も高くふかく御恩に請申成。只今迄は一日も早と心懸申事、時之間もわするゝ事無、思ひ入て候へども、一人として成難ければ、我力に不㆑及して打過ぬ。御身さへ思ひ立給はゞ、成もせん物をと思ひて今か〳〵と思ひ、御身の貌をまもり上けれども、七枚きせうのゆゑなれば、さながら詞には不㆑被㆑出、とてもあの人者御本意をとげさせ申さでは置間敷人なれども、度々の七枚きせうに伀を為し給ふ物か。然ども其儀成供兎角に御手者引れ給はん人成と思ひ入而、遅と貌を見上見下し申けるに、思ひ申に違はずして思ひ立給ふ事嬉しさよと、遊上て (よろこび)て、ふかく一身申て来世迄之契を申と云。此藤助と申は御代々つたはりたる侍大将成。正月御酒盃をも御一門寄先に罷出て被下けり。其次に御一門出させ給ふ。御家久敷侍者是にこす人無。藤助申すは、我寄外に誰にきかせ給ふ。いや〳〵我兄弟一類斗に而も安けれども、御身は御家之子と申、又は某に別而貴殿者ちかづきける。此儀を聞不㆑申は、後之恨限有間敷ければ、御身斗に聞せ申成。貴殿と内談して一両人に聞せ申方も候得ども、未聞せ不申 (いよ〳〵)忝奉存候。然者誰人に而候と申ければ、成瀬又太郎、八国甚六郎、大原佐近右衛門などに聞可申哉。尤之儀成、何れも此衆は思ひ入たる事に候へば、引入させ給へと申に付而、又太を囂に越と申せば、甚四郎方寄兄に而候人は、少御用御座候間、御隙入候はずば少度御出あれ。林藤助殿も是に御入候と申越候へば、若もか様之贔も有やらんと、ふかく無㆓心元㆒存知而、使寄も早来り而、林殿も是に御入候か何之御用ぞ不審成、早承度候と申ければ、何たる御用も無㆑是儀なれども、去方寄めづらしき酒を請而申に付而、一つ申さんために申入たりと云ければ、頓而さとりて其酒を早く被下度と申時、さらばとてかたはらへつれて、此由角と申せば藤助ごとく手を合而、藤助に少もちがはず喜事無㆑限して、一身申成と云。甚六佐近右衛門両人方へ人を越候へと申せば、甚四郎方寄人をつかひ、兄に而候人は御隙入候はずば、少用之儀御座候間、少と御出候へと申越候へば、是も頓而さとりて、使寄先に走り来りて何事ぞや、各々寄合而機嫌能に物語をし給ふと云。御心易かれ何事も候はず、去方寄能酒を請而候へば、一つ申さんために申入たりと申せば、何れも此事胸に絶ぬ事なれば、新八殿之能酒を早く聞度申候。慹と待申候間早被㆑下度と申せば、更ばとて人をのけて此事角と被㆑申ければ、中々喜事無㆑限して、手を合而藤助又太喜に少もちがはずして、ふかく一身申と云。扨何時分にやと云。か様之儀は時刻うつりあしかり明々後日と定けり。新八郎各々に内談有。然者御本居无㆑疑、左様にも荒ば此儀九郎豆殿を引入申、御門を闢て広々と入奉らんと云。其時藤助を初三人衆兄弟共各々申けるは、只今迄之事残所なけれ共、乍㆑去此事を九郎豆殿へ聞られ給は事如何し候はん。能々御分別あれ、内膳殿者九郎豆殿御ためには眼前の伯父にて御。如何に伯父にたいして逆心者荒じ。能々御分別あれと云。新八郎重而申、各々の如仰内膳殿者眼前之伯父にて御処眼前成、然ども庶子成広忠者、九郎豆殿御ためには眼前の姪と申し、しかも御惣領にて御ばいかでか御一身なからん哉。若少成とも何かと思召たる御気色も荒ば、他言してはかなはざる事なれば、以来迄も御本居とげ難。然時んばなまじひ成事を仕出しては如何がに候間、ごんびんを聞色を見而喧嘩にもてなして指ちがへて死べし。然者他言は荒じ、然時んば我等兄弟一類どもを残置成。彼等と一身して御本居をば、とげさせ給へと云。各々被㆑申けるは、其胸ならば無㆓是非㆒、御存分次第同はとても御本意を遂げさせ申事は、九郎豆殿に聞申に不㆑相相違有間数、同は御思案あれと云ければ、兎角我に御任せ給へ。我をば死たる者と思召、日頃九郎豆殿御物語にも聞かどめたる事も有と云ば、其儀ならば何と成とも貴殿次第と被申候に付而、其儀ならば貴殿達と一度に罷出申さん。又太と甚六は是に待給ひ両人には帰りに寄而申さんとて、打つれて出にけり。扨新八郎者九郎豆殿へ参ければ、何もの如く御機嫌能御ざふたん有。然処に人を退けさし寄而此儀角と申ければ、殊外御喜有て我等が是へ入奉らんとは思へども、内前我等にも事の外心を置而、入番之者油断をせざれば思ひ乍成難。御身寄外本意をとげさせん人者無と思ひて有処に、八幡之御前に而、七昧きしようを一度ならず二度ならず三度迄書給へば、御身も何とか荒んと不審に思ひつれば、不思議に思ひ立給ふ事返々も喜敷存知候とて、殊之外の御きげん成。新八聞給へ、是に付而御身と内談有。此度若御身之しそんずる物ならば、重而御本居させ申さん事成難。然時んば我等寄外は無、然間此度は我等をば重而のためにたばひ給へ。然者我等者有馬へ湯治をすべし。其内に是へ入奉れ。然者門之鍵を壺ねにあづけ置べし。大久保新八郎ならば渡せ、別成者に渡すなと申可付、其分心得而、能調議をし給へ。何時分の事にやと仰ければ、明明後日に相定申と申せば、さらば明日内前得人を使、湯次之事を申而、明後日者かならず罷可㆑立と被㆑仰、かたく仰置ければ、新八郎忝と申而罷立ければ、九郎豆殿御座敷を立せ給ひ而、又誰に聞給ふ哉と仰ける。林藤助、成瀬又太郎、八国甚六郎、大原左近右衛門にしらせ申と申せば、愈御きげん能而、尤之衆成、御身之聞せ給ふ衆ならば、あだ成衆には有間敷と思ひしに、此衆を引入給はゞ思ひ置事無と仰有而、此衆にも心得而仰候得、御身と一身と聞而心安社存知候得、申に及去衆に候得ども、 御心得あれと念比に御語あれと而入せ給ふ。藤助者新八者果られ候か、何と有と思ひ而、手に泚をにぎり門に立、無㆓心元㆒而立ける所へ、新八心能に来り給ふを見而、先命之ながらへたるを、夢之心地して趙賓涙ぐみて、やれ新八か如何成御馳走にや、心能に見得させ給ふと云而見上ければ、新八も二度逢たる嬉しさに仕合先御心安かれ、殊之外御ちそうに相申、忝奉存申間、其祝ひに明朝御振舞可申候間、佐近右衛門殿御同道有り而、かならず御出あれ。
〜参考文献〜
三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource
https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




