3-25 鴆毒は口に甘くして命を断ち、良薬は口に苦くして身を助く
『三河物語』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia
よう、三河の「真実ログ」の番人、大久保彦左衛門だ。いよいよ俺の書き綴ってきた『三河物語』も、ラスト・メッセージ――「譜代の意地」の総括だ。
戦国サーバーが終わり、平和な「江戸OS」が安定稼働し始めた今、お膝元の中枢にはびこるバグ……いや、耳障りの良いことばかり言う「お気に入り勢(上方衆)」への憤りと、俺たち「古参(譜代)」が叩きつけてやる。
今の将軍家の周りを見てみろ。他国から来た連中が、主君をその気にさせるために「エチケットが良い」「口が上手い」「奉公の作法が完璧だ」なんて調子で、巧みに取り入っている。幕府もそんな連中を気に入って、膝元に置いて重用しているが、俺に言わせればそれはまさに「鴆毒は口に甘くして命を断ち、良薬は口に苦くして身を助く」だ。
「鴆」という毒鳥の羽が海に一枚落ちるだけで、その海域の生き物は全滅する。外様への甘い言葉やバラ撒きは、一見うまく回っているように見えて、実は徳川の寿命を削る「甘い毒」かもしれない。
一方、俺たち三河の譜代はどうだ?家康公の時代まで、山野に伏して夜昼なく働き、戦うことを家業としてきた。槍の先を研ぎ、矢の根を磨き、鉄砲を磨き、武辺(PvP)の道だけを突き詰めてきた連中の末裔だ。
俺たちは上方衆のように、可愛らしい声(いたいけらしき声づかい)で媚を売ることも、雛人形のように着飾って軽薄な口を叩くこともできねえ。だが、いざ実戦という名の高難易度クエストが起きた時、俺たち譜代以上に役に立つユニットが日本にいるか?
そして、俺のような老兵が吐く「苦い愚痴(提言)」は、徳川の未来を守るための「良薬」なんだ。
かつて浜松にいた頃、他国の浪人たちが「俺は譜代にも負けない! 先陣で討死してやる!」と、まことしやかに高言を吐いていた。家康公も譜代も「それなら頼もしい」と信じていた。だが、いざ「三方ヶ原の戦い」でボロ負けして、三河・遠江が全ロス寸前の絶望的な状況になった時、どうなったと思う?
あんなに威勢の良かった浪人たちは、一人残らず逃亡しやがった。最後まで踏みとどまり、命を懸けて家康公の運を切り拓いたのは、結局、三河・遠江の譜代たちだけだった。清康様や家康公は、そんな譜代を「一郡の土地にも代えがたい宝だ」と涙を流して大切にしてくれた。
なのに今はどうだ? 譜代たちが肩身を狭くして歩き、他国衆がデカい顔をしている。この現状に流す涙は、昔の感謝の涙とは真逆の、悔し涙だ。
さて、子供たちよ、よく聞け。俺がこの書を残すのは、大久保一族の「譜代としてのルーツ」と「忠義のログ」を、お前たちが忘れないようにするためだ。今の幕府で、誰が報酬(地行)を貰い、誰が貰えないか。その「狂ったアルゴリズム」を教えてやろう。
【地行を貰える奴のリスト】
裏切り者(別心勢): 主君に弓を引いて寝返った奴ほど、なぜか厚遇される。
道化師(お調子者): 人に笑われるような恥知らずな真似をして、主君を喜ばせる奴。
マナー講師(公儀者): 座敷での立ち回りと作法だけが完璧な奴。
経理(算勘): 代官のように数字を弄って、主君の財布を膨らませる奴。
他鯖の住人: どこの誰かも分からん「他国の人」が、なぜか抜擢される。
【地行を貰えない奴(でも最強の誇りを持つべき奴)】
一途な忠臣: 一度も裏切らず、ただ実直に仕え続ける奴。
ガチの武闘派: 戦場で死線を越え、キルスコアを稼ぎまくった奴。
無愛想なベテラン: 作法なんて知らねえ!と現場一筋でやってきた奴。
計算の苦手な老人: 数字より義理を重んじてきた奴。
永すぎた譜代: 「いて当たり前」だと思われて、放置されている奴。
いいか。たとえ地行が貰えず、飢え死にするとしても、この「心持ち」を絶対に捨てるな。
この世は「電光朝露」、一瞬の夢だ。「人は一代、名は末代」。死んだあとに「あの大久保は本物だった」とログに残ること。 それが武士にとっての「真の勝利」だ。
【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】
然時んば鴆毒口に甘くして命を断、良薬くちに苦くして身をたすくと云文有。ちんどくと云鳥は海をとび渡るに毛一つもおちいれば、かいちうの生類こと〴〵くしするなり。是は口に甘きなり。然る間おろかなる物のあしかるべき事を、主を賺さんためにいつくしくして、なだらめて心にたのむすぢと心得て申せば耳にいる。まつそのごとく他国の衆はかう儀はよし、口はじやうずなり、御ほうかうはよく申なり。召つかわされよきまゝに御心をゆるさせ給ひて、御膝元ちかく召つかわされ候事は、ちんどくのくちにあまきがごとし。又は御普代衆は相国様の御代迄山野に伏て夜ひるかせぎ、かまりをして、武辺を家としてやりさきをとぎみがき、矢のねをみがきてつぱうをみがきて、武辺をむねにたやさずして此道をかせぎたる衆の孫子にて候へば、祖父親のぶこつ成すがたを生おちより見つけて候へば、上方衆のやうに、いたいけらしき声づかいして、こびひなのやうに出立て、けいはくを云事は罷成間敷けれども、しかしながら、恐らくは御用にたち申事においては、御普代衆に上こす事はおそれながら日本には有まじけれども、只今は御用づくは御国も治まりて天下富饒成うへ、いらざると思召て御普代衆には御ことばがけも不被成候哉。殊吏案祥御普代、山中御普代、岡崎御普代の衆のすゑ〴〵をば、一しほ御目にもいれ給はざる御事は、良薬口に苦きが如く、然どもらうやくは口ににがけれどもやまいを治する。御普代はぶこつにて召つかわれ候事もどかはしく思召とも、御わきざしと思召御心おきなくゆる〳〵と御心をもたせ給ふ御事は。御普代衆にこす事は有まじけれども、左様には候はでとざまにて召つかわれ候へば、かたみをすくめて各々御普代の若き衆はありく。他国衆は只今は御座敷にては御用にたゝんと云て、肩衣にてめをつかせてありく共、取つめての御用には、御座敷の上にて、かゞみたる御普代衆には中々思ひもよらず成間じき。昔の引べつも有、諸国のらう人が浜松へ出来りて御普代衆にもまけ間敷、是非共に御用に立て御旗の御先にて打死を可仕候と、誠しやかに高言をきらしければ、上様もさもやあらんと思召、又は御普代衆もげにもと思ひてまけまじとかせぎければ、御普代衆を一度越たる事もなし。其故味方ヶ原にて御合戦に打負させ給ひて、既に遠江三河もあぶなく思召候時は、日比かうげんきらして有る諸国の諸浪人は、かけおちをして一人も残らずして、三河遠江の者斗有て、御用に立て御運のひらかせられける。か様なる引べつも候へども、其儀を御存知なくして上方衆を御秘蔵被成、御心をおかせられ給ひて、御身になる御普代重代の衆のすゑ〴〵をば御ことばがけもなし。御普代衆をあつめおかせられ給ふならば、日本国者打かはるとも、百万騎にてよせくるとも、御普代衆五千も一万も可有が、上様の御先にて錣を傾けてかゝるならば、何かはためん哉。御普代衆をあしく被成候事は、上様の御しつついを御存知なきなり。清康様家康様などは御普代の者をたいせつに思召て、弓矢八幡普代の者一人には一郡にはかへまじきと御意被成ける間、なみだをながしてかたじけなしと申てかせぎけるが、只今は御普代の者を御存知なきとてなみだをながしける、うらとおもてのなみだなり。是迄は何れも御ちうせつ被成候御普代衆、又は我々共の儀なり。さて又子共どもよく〳〵きけ。此書付は後の世に汝共が御しうさまの御ゆらいをもしらず、大久保一名の御普代久敷をもしらず、大久保一名の御忠せつをもしらずして、御主さまへ御ぶほうかうあらんと思ひて、三でうの物の本にかきしるすなり。何れも大久保共ほどの御普代衆は数多候間、別の衆の事は是にはかきおくまじけれ共、ふでのついでにあら〳〵かきおくなり。各々のは定て其家々にてかきおかるべければ、我々は我が家の筋を詳しくかきおくなり。先御地行不被下とても、御主様に御不足に思ひ申な、過去の定業なり。然とは云ども、地行をかならず取事は五つあれども、如此に心をもちて地行を望むべからず。又地行をゑとらざる事も五つあれども、是をばなを飢ゑて死するとも此心持をもつべきなり。第一に地行を取事、一には主に弓を引、別儀べつしんをしたる人は、地行をも取末も栄、孫子迄もさかると見えたり。二つにはあやかりをして人にわらはれたる者が、地行を取と見へたり。三つにはかうぎをよくして、御座敷の内にても立まわりのよき者が地行を取と見えたり。四には算勘のよくして、代官みなりの付たる人が地行を取と見へたり。五つにはゆくゑもなき他国人が地行をば取ると見へたり。然共地行をのぞみて夢々此心もつべからず。又は地行をゑとらざる事、第一には一普代の主にべつぎべつしんをせずして弓を引事なく、忠節忠功を成たる者は、かならず地行をばゑとらぬと見へたり、末もさからず。二つには武辺のしたる者は地行をばゑとらぬと見へたり。三つには公儀のなきぶてうほうなる者が地行をばゑとらぬと見へたり。四にはさんかんをもしらざる年の寄たる者が、地行をばゑとらざると見えたり。五つには普代久しき者が地行をばとらざると見へたれども、例へば地行はゑとらでかつゑ死ぬるとも、かならず〳〵夢々此心持を一つもすてずしてもつべし。電光朝露石火のごとくなる夢の世に、何と渡世を送ればとて、名にはかへべきか。人は一代名は末代なり。子共どもよくきけ。相国様迄は一名の者どもをば御念比に被仰つるに、只今は何の御咎によりて大久保一名の者共は、かたみをすくめせうかを立てありき申事、さら〳〵不審晴れ不申。
〜参考文献〜
三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource
https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




