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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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1-3 徳川流・究極のフェスと逆転のメソッド 〜 500人で1万人を迎え撃つ、無理ゲー攻略の真髄 〜

挿絵(By みてみん)


 『三河物語』(みかわものがたり)は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、大久保おおくぼ彦左衛門ひこざえもんだ。


 徳川家が朝廷から認められ、着実に勢力を広げてきた話はしたな。だがな、ここからが本当の戦いだ。徳川家の先祖たちは、戦い方がいちいち型破りなんだよ。


 三代目の松平 和泉守 信光のぶみつ。信光公はマジでキレ者だった。西三河の3分の1をあっという間に征服しちまったんだが、その攻略法がぶっ飛んでる。


 ある時、難攻不落の安祥あんじょう城を落とそうとした時のことだ。普通なら大軍で囲むだろ? だが信光公は違った。


「よし、城の近くで『盆踊りフェス』を開催するぞ。衣装は最高にキラキラにしろ!」


 城からちょっと離れた野原で、笛や太鼓をガンガン鳴らして、ド派手な「踊りイベント」をぶち上げたんだ。


 城の中の連中は「なんだなんだ? めっちゃ楽しそうなイベントやってるじゃん!」と大騒ぎ。しまいには「警備なんて後回しだ! 全員で見物に行こうぜ!」と、城も町も空っぽにして男女総出でフェスに繰り出しちまった。


 ――はい、チェックメイト。


 見物客に紛れていた信光公の精鋭たちが、ガラ空きの城に悠々と不意打ちして占領。戦わずして(というか踊らせて)城を奪うという、前代未聞の「エンタメ・チート」を披露したわけだ。


 その安祥城を譲り受けた四代目・親忠ちかただもまた、徳川家伝統の「慈悲+武勇」のハイブリッド型プレイヤーだった。


 彼の「徳」のステータスは異常に高く、領内の百姓や乞食、非人に至るまで、困っている奴には全員に情けをかけた。そうなるとどうなるか? 領民たちの「忠誠心バフ」が限界突破するんだ。


 何かが起きれば、百姓たちが自発的に竹槍を持って集まり、「殿様のためなら命を捨てます!」とガチ戦士に変貌する。


 プロの侍たちは言わずもがなだ。妻子を顧みず、主君の盾となって戦う。この「最強のコミュニティ」こそが、徳川の版図をさらに広げていったんだ。


 そして五代目・長親ながちかの代。ここで物語は最大のクライマックスを迎える。相手は「戦国最初の覇者」、北条 早雲そううんだ。早雲は、今川家の名代として、駿河・遠江・東三河の全軍を動員。その数、なんと1 万over。


 対する徳川サイドは、拠点である岩津城が包囲され、絶体絶命のピンチ。早雲は四方から鉄砲を撃ち込み、天地を震わせる「ときの声」を上げて、脳死で突撃を繰り返してくる。だが、岩津の守備隊はビビらない。


「フン、早雲だか何だか知らねえが、俺たちは地獄のような戦場を何度もクリアしてきたガチ勢だ。近寄る奴は全員バラしてやるよ」


 岩津城が粘る中、安祥城にいた長親公は、わずかな手勢を招集した。その数、なんとたったの500人。


 長親公は、並み居る侍たちを見回して言った。


「いいか、野郎ども。弓矢を取る者の習いとして、『多勢でもやるべきじゃない戦』もあるが、『どれだけ多勢でも、逃げちゃいけない戦』ってのがある。それが今だ。俺の命は今日で終わりだと思っている。お前らはどうする?」


 家臣たちは涙を流して即答した。


「殿、何を今さら言ってるんですか。俺たちは『譜代』ですよ。妻子なんて知ったことじゃないっス。殿の馬の先で討死して、あの世までお供するのが俺たちの生き方っスよ!」


 長親公も男泣きだ。


「ありがてえ……。正直、俺は少身で、お前らに大した報酬アイテムもやれなかった。それなのに、そんな無慈悲な主君に命をくれると言うのか。……よし、これが今生こんじょうの別れだ。酒を持ってこい!」


 時間が惜しいため、一人一人に注ぐ暇もない。大きな器にドバドバと酒を満たし、「これを俺の杯だと思って回し飲みしろ!」と一気に飲み干した。


 攻撃力100倍、恐怖心0の500人の狂戦士バーサーカー軍団が、1万の敵陣へ向かって出陣した。


 安祥を出た500の軍勢は、矢作川を渡り、早雲の軍勢と激突した。早雲サイドは「えっ、あいつら500人しかいないの? 楽勝じゃん(笑)」と、東三河・遠江・駿河の諸将たちが功を焦って次々と襲いかかってくる。


 だが、ここで長親公は、家臣たちに最強の「戦闘指示コマンド」を出した。


 「かさ」に呑まれるな。 敵が大軍で押し寄せてきても、決して動揺するな。ここでビビったら負けだ。


 「一足無間いっそくむげん」を意識しろ。 攻め急ぐな。自分の立ち位置をミリ単位で死守し、一歩も引かずに「くらい」で詰めろ。


 カウンターを狙え。 数を頼りに突っ込んでくる敵の槍を、最小限の動きでいなしてパリィなして、急所に突きを入れろ。


 団結しろ。 敵が崩れても追撃するな。常に「丸く」固まって、二の手、三の手を待て。少人数が生き残る道は、塊となって敵の真ん中を「り通る」ことだけだ。


 この「インファイト特化」の戦術に、早雲の連合軍は大混乱に陥った。


 第一陣、第二陣が突き崩され、後続がそれに巻き込まれてパニックになる。500人の「塊」は、止まることなく敵の旗本……つまり、北条早雲本人の目の前まで突き進んだ。


 夜になり、もはや敵も味方も判別不能なカオス状態。早雲の軍勢は震え上がり、ついに敗走を開始。長親公もさすがに体力の限界だったため、深追いはせず、矢作川の対岸に旗を立てて陣を張った。


 翌朝。1万人も連れてきて、500人に本陣まで攻め込まれた北条早雲サイドは、あろうことか川の向こうからこう叫んだ。


「ゆうべの合戦、最終的に場所をキープしてたのは俺たちだから! よって、俺たちの勝ちーーー!!」


 ……プッ。


 あの伝説の早雲が、まさかの「判定勝ち」アピールだぜ?1万人で500人をボコれず、本陣を脅かされておいて「場所を取ったから勝ち」なんて、トッププレイヤーの言うことかよ。


 だが、これで世界(関東・東海)に知れ渡った。


 「徳川の軍勢は、数が少なくても絶対に触っちゃいけないヤバイ奴らだ」ってな。


 どうだ。これが俺たちの先祖、安祥譜代の「根性」と「技術」だ。圧倒的な戦力差も、正しい「メソッド」と「主従の絆」があればひっくり返せる。


 さあ、物語はいよいよ家康公の時代へと近づいていくぞ。心して聞け。これが、天下を獲る家の「底力」だ!




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




和泉守信光、御法名月堂げつだう、御代々御慈悲じひ之儀は申に不㆑及、弓矢を取せ給ふ事并者無ならぶものなしおよそ西三河之内三ヶ一は戮随きりしたがへ給ふ。おぎう、ほつきうをせめ被㆑給ひ而、岩津之城をば、御そうりやうしきへ渡させ給ふ成。おぎうの城をば、次男源次郎殿に御譲り有。其後に安祥あんじやう之城を思召被㆑かけ而、伎踊をどりをいかにもいかにも、きらびやかにしたてさせ給ひ而、地を通るふりをして、安祥あんじやうより拾四五町程ほどへだてゝ西の野ゑ打上而、無㆑、かね、太鼓たいこふゑ、つゞみにて打はやし、爰をせんどと、をどりければ何かわしらず、西の野にてこそ、をどるをどりこそ、法楽にをどる成、いざや出而見物せんとて城も町も打明而、男女供に、不㆑被㆑のこ、我先にと出ける間、案の内成とて、我も〳〵とみだれ入、其儘付入にして、城を被㆑給而、三男次郎三郎親忠に御ゆづり有。次郎三郎親忠、後には右京亮(蔵人頭共申)親忠と奉申。御法名ほふみやう清仲せいちう安祥あんじやうにうつらせ給ふ。何れも御代々、御慈悲じひと申、御武辺をもつて、次第々々に御代もさかえさせ給ふ。御内之衆、又は民百姓ひやくしやう、こつじき、非人ひにんに、いたる迄、御情を御懸かけさせられ給ふ事、大小供になみだながしかんじ入斗成。然る間、何事もあるときは、百姓供迄、箶鑓たけやりをもつて出、一命を捨而たゝかい、御ほうかうにする成。然間ましてやいはん普代ふだい相伝の衆なれば、妻子さいしを顧ず一命を捨而ふせぎ戦によつ而、次第々々に御手もひろがる成。是と申も、御武辺と御情なさけ御慈悲じひよき御普代ふだいをもたせられ候故ゆゑに無㆑恙、取広とりひろげさせ給ひ而、安祥を長親ながちかゑゆづり給ふ。次郎三郎長親、後々は蔵人頭くらんどのかみ長親御法名ほうみやう道悦どうえつ、何れも御代々御慈悲じひ御武辺、殊更すぐれさせ給ふ事、何れをわくべきにはあらねども、御命をしらせられざる御事其たぐひなし。爰に伊豆之早雲新九郎たりし時に、駿河之国今河殿へ名代として、駿河、遠江、東三河、三ヶ国之皉をもよほして、一万余にて、西三河へ出る。新九郎は吉田に着、先手は下地之御位ごい小坂井にぢんを取、明ければ御油ごい、赤坂、ながさは、山中、藤河を打過而庄田に本陣をとれば、先手は大平ひら河をまへにあて、をか大平ひらに陣を取。明けれ者、大平河を打越念ねんし原ゑ押上、岡崎をかざき之城をば、にれんぎ、牛久保うしくぼ伊名いな西之郡衆こほりしゆを、押に置鍪おきかぶと山を押而おしてとをり、伊田之郷を行過而ゆきすぎて大樹寺に本陣をとれば諸勢は岩津之城へ押寄おしよせ四方しはう鉄砲てつぽうはなちかけ、天地をひゞかせときのこゑをあげ而、をめきさけぶとは申せども、岩津殿と申は弓矢を取而無㆓其隠かくれ㆒御方なれば、すこしも御動転なくさわがせたまはず。其故度々の高名、名をあらはしたる者供をもたせ給ゑば、彼が出而中々てきをあたりゑ寄付よせつけん事思ひ不㆑寄はたらきければ、新九郎を初諸勢はじめしよせい供も、もてあつかいたふぜい成、然る処に長親ながちか者、侍供を召寄めしよせめん面聞きくかとよ。北条新九郎岩津へ押寄おしよせ、天地をひゞかせたゝかうとみえたりそれ弓矢を取者のならひには、敵不勢てきはぶぜい味方みかた多勢たせい成供すまじきいくさも有。何況哉いかにいはんや敵者多勢たせい味方みかた不勢ぶせい成供、せでかなはざるいくさも有、此度之儀者敵てき多勢供成供せずしてかなはざるいくさ成。我娑婆しやば之露命ろめい今日がかぎりぞ面々何と思ふぞ。各々一同どうに申上候。如仰何いか敵不勢ぶせい成と申とも、すまじきいくさを被成んと被仰候はゞ、兎角に面々供が晋み申間敷、いかにてき多勢たせい成と申供、被成候はでかなはざる陣においては兎角とかく被成候ゑと可申上。況哉いはんや此度之御合戦ごかつせん被成候はで、かなはざる陣成。時刻じこくうつさせ給ひてはかのう間敷、日比ひごろ之御情なさけ殊更御普代ふだい之御主しう之御一大事と申、是非供に妻子さいしを不㆓帰児㆒、御馬うま之先に而戮死きりじにつかまつりて、死出三津之御供社こそ弓矢を取而の而目めんぼくにてさふらゑと申上ければ、長親ながちか御涙なみだながさせたまひて、我少身なれば普代久敷者ものいへどもかいがはしきあてがいもゑせざるに、普代ふだい之主しう之用に立妻子な不㆓帰見㆒、なき恩主おんしうに一命をくれんといさむ事は有難ありがたさよ。一万余有所へ雑兵ざふひやう五百之内外にていくさをせん事は、蟷螂がをのをにぎるがごとし。さら今生之暇乞いとまごひに酒出せと仰有り而、ひろき物に酒を入而出るを、御筩さかづきに一つ請させ給ひ、面々にさかづきさし度は思ゑども、時刻じこく之のぶる間盃さかづきと思ゑとてひろき物の酒ゑ御盃さかづき之酒を入させ給ゑば、思ひ〳〵に是をいたゞき、御前を罷立まかりたちいそぎけり。長親ながちかわづか雑兵ざうひやう五百余の内外にて、安祥あんじやう之城を出させ給ひ、くはご、つゝばり、やぎゑあがり、河崎かはさきをし上而、矢矧河をこえさせ給ふを、北条ほうでう之新九郎聞而さらば備を出せいくさをせん。殊更敵てき少勢せい成とよろこぶをめきさけびて段々に出る。東三河衆、牛久保之牧野、にれん木之戸田、西之郡之鵜殿、作手つくりで之奥平、段嶺だみね之蒯沼すがぬまながし間之蒯沼すがぬま、野田の蒯沼すがぬま設楽しだら、す西郷さいがう、伊名之本田、吉田衆、遠江衆には宇豆うづ山、浜名はまな堀江ほりえ伊野谷いのや奥野山おくのやまいぬゐ二俣ふたまた浜松はままつ蚖堬まむしづか原河はらかは久野くの、懸河、蔵見くらみ西郷さいがう角笹かくは天方あまがた堀越ほりこし見蔵みくら無笠むさか鷺坂さぎさかもり、高天神、蠅原はいばら衆、其外小侍供、又は駿河衆、三浦うら朝伊名あさいな瀬名せなをか部、山田、其外は北条ほうでう之新九郎をはた本として、何れも〳〵我をとらじと、先陣之あらそひ、段々にそないを立、とうらうがをのとかや、いさみにいさんで事供思はず、長親ながちか者何いかにも心をしづめさせ給ひて、逸物之犬の虎をねらふがごとくに、大軍たいぐんをにらめさせ給ひ而、しづ々と係せ給ふ。味方之兵つはものどもも度々事に相付つけたる者どもなれば、てき方寄より嵩をかけて、いさむ供洞天どうてんするな。小軍せうぐん大軍たいぐんにかさを被㆑懸それに寎而武おどろきいさめ物前まへに而勢がぬくるもの成。敵は (いさま)ばいさめいかにも心を大事としてしんに成、むねの内には一足そく無間むげんと念じて、 いさみてついてかゝる事なかれ、位詰めにしてつきくづせ、然る時者ときんば敵方てきかた寄、小勢せいと思ひした目にかけやりべきいれ、そこにて一足無間むげんと心得而、たち処をさらずして、じり〳〵と強くつきべきいれ、そこをはつしとこたゑなば、かさをかけたるてきはかならずまはすべし。てきにぐるとてもをうべからずして洞天どうてんなく、丸く成而二の手を待而二の手もくづれたりとも、はた本又は後そないのくづれざる内何度敵てきくづるるともみだれずしてかたまれ、小勢せいはかたまりて中をきり通れといひ而かゝる。あんのごとく敵方寄突いてかゝるを、一二の手迄戮つきくづせば、又入替いれかへ而かゝるを折しきて待懸まちかけ而、引請而突きくづせば、わき寄又入帰いれかへ而かゝるを待請而ついてかゝりてつきくづせば、新九郎旗はた本迄迯げかゝる。然る間夜陣よいくさ成敵味方てきみかたをみわけずして震動しんどうする。其儘押懸給はゞ新九郎も敗軍はいぐん可㆑有けれども、軍兵ぐんびやうともはやせいきがきれて、いかにとしてもつかれたるゆゑそこを引のけ矢萩やはぎ川を前にあてゝ御旗はたを立給ふ。合戦かつせん之場は河むかい新九郎陣場之下したなれば、夜明而新九郎方寄、今夜之合戦者しを取たる間、此方之勝かちと云而よばわる。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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