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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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3-8 高天神、落城。そして

挿絵(By みてみん)


三河物語みかわものがたり』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、三河の歴史ログを共に味わう同志よ。語り部の彦左衛門だ。


 前回は信康様のロストという、徳川家ギルド最大の悲劇を語ったな。だが、悲しみに暮れている暇はない。宿敵・武田勝頼との決着をつけるべく、戦場はさらに過酷な封鎖ロックダウンフェーズへと移行する。


 今日は、家康公が絶体絶命のトラップを回避した情報リークの話、そして戦国史上最も過酷な包囲網と言われる高天神たかてんじん城の最期を語ってやろう。


 特に今回は、俺――大久保平助(彦左衛門)自身が戦場で槍を合わせた実録ログだ。心して読めよ!


 天正5年(1577年)。武田勝頼が横須賀へ攻めてきた。家康公も芝原へ出撃したが、勝頼は深追いせずスッと引く。まさに「ヒット&アウェイ」だ。


 その後、家康公が田中城(静岡県藤枝市)付近へ進軍した際、武田勝頼と北条氏政が「共闘レイド」を組んだ。


 勝頼は北条へメッセージを送った。「家康を田中城へおびき寄せたぞ。俺たちが背後(宇津ノ谷)をカットすれば、家康を完全にハメ殺せる。準備しろ!」


 この「完全包囲トラップ」を家康公は全く知らなかった。だが、ここで奇跡の「情報リーク」が発生する。我が大久保家の一員・島孫左衛門の甥で、府中(静岡市)にいた「越後」という出家プレイヤーが、この極秘プランを察知して爆走。家康公の元へ駆け込んだんだ。


「殿、すぐに逃げてください! 背後を遮断されます!」


 家康公は即座に撤退ログアウトを決断。石川伯耆(数正)がしんがりを務めて敵を山へ追い返し、間一髪で全滅を免れた。まさに情報の速さが生存率を決めた。


 天正8年(1580年)。ついに家康公は、武田の重要拠点「高天神城」の完全封鎖に乗り出した。


 家康公は城の周囲に、六つの砦(小笠・能ヶ坂・火ヶ峰・獅子ヶ鼻・中村・中村)を建設。さらに、四方に深く広い堀を掘り、高い土塁と壁を築いた。


 一間に一人ずつ兵を配置し、さらに城の背後には巨大な大堀を掘って、援軍さえも寄せ付けない。「鳥も通わぬ」と言われるほどの鉄壁の包囲網だ。城内の物資は底をつき、まさに「兵糧切れデバフ」が最大値に達していた。


 天正9年3月22日、夜の22時(四つ時)頃。もはやこれまでと悟った城兵たちが、二手に分かれて決死の「自殺的突撃ラスト・ダイブ」を仕掛けてきた。


 一方の軍勢は石川長門守の守るセクターへ。そしてもう一方、城の大将・岡辺丹波おかべたんば率いる一団が、俺の兄貴・大久保七郎右衛門が守る「林の谷」へと突っ込んできた。兄貴は俺(平助)に19騎の精鋭を預け、「ここは任せたぞ」と前線へ送り出した。


 暗闇の中、敵の先頭が堀を越えてなだれ込んでくる。俺はそいつを見つけるなり、迷わず太刀を叩きつけた。「死ねッ!」俺の太刀が敵の大将の体に食い込む。そのまま、側にいた寄子の本田主水がトドメを刺した。


 後で確認したら、そいつこそが敵軍のトップ岡辺丹波だったんだ。丹波が名乗りを上げていたら俺自身が仕留めたんだが、混乱の中だったのでな。まあ、「大将のキルスコア」は大久保チームのものだ。


 敵の残党はパニックになりながら逃走。一部は水野日向守のセクターを突破しようとした。日向守はまだ若かったため、名代として水野太郎作や村越与惣左衛門が防衛にあたったが、逃げる敵の勢いは凄まじかった。だが、隣のセクターにいた俺の兄貴(七郎右衛門)たちが即座に加勢。


「一匹も逃すな!」


 連携プレイで敵を挟み撃ちにし、ほとんどの敵兵をその場で掃討デリートした。


 こうして、武田軍の誇る難攻不落の「高天神城」は、一人も生かさないという過酷な結末で落城した。かつて信玄が「落とせなかった城」を、家康公が「完全封鎖」という緻密なタクティクスで手に入れたんだ。


 どうだ。「情報のリーク」で命を繋ぎ、「完璧な囲い込み」で敵を枯らす。これが、後の徳川幕府が全国を統制するための「管理ロジック」の原型だ。


 さて、いよいよ武田勝頼の命脈も尽きようとしている。そして……ついにあの「本能寺」の変が、日本サーバー全体を揺るがすぞ。




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




然間天正五年〈丁丑〉に勝頼よこすかへ、御はたらき成されける。家康はしば原へ出させ給ひて、御陣之はらせられ給ふ所に、勝頼之はたらき給ふ由を聞召而、よこすかへおはたをよせさせ給ふ。すでに合戦も有かと見へけれ共、勝頼もかまひもなく引とらせ給へば事出来なし。其寄上様もしば原へ御引被成而、御陣之はらせ給ひて、勝頼はまわりて、懸河之筋へ出るかとて、大久保七郎右衛門と本田豊後守をばくつべへ指越被成而、陣をとらせ給ふ成。然共勝頼は、よこすか寄引入給ふなり。同年に田中へ御はたらき成され而、とうべのしたに御陣之とらせ給ふ。勝頼はきせ河へ出でて、ほうでうの氏政うぢまさと、合陣をとらせ給ひしが、家康のとうべのしたに、御陣を取せ給ふ由を聞召、是は家康をゑつぼへ引入たり。其儀ならば、うつの谷をゆきて、田中之城にうつりて、あとを取きり而、一合戦してはたすべしとて、氏政へつかいを被立、家康山西へはたらき、とうべに陣取而有由承候間、明日は爰元を引はらい候へて、家康へむかひ可申間、御したい被成候はゞ、其御心得有而御付可有。また合戦を被成んと思召たまはゞ、尤之御事可仕と仰被入而、合陣をはらひたまひて、きせ河より藤河へ押寄給へば、藤河が事之外出ければ、こす事もならざる処に、是をば夢にも、家康御存知なき所へ、大久保七郎右衛門内に、島孫左衛門と申者の甥に越後と申出家、府中寄走はしり入而、此由を申上ければ、取あゑず引のき給ふ。石川伯耆にしつばらいを仰被付けり。然処に、もち舟寄出て付ける処を、とつて帰而、山へおひあ上げてこと〴〵く打取。其時松平石見、酒井備後などをほめたり。其外にもあれ共、まづ彼等が事を云たり。其寄おほい河を引越而、すわの原城へいらせ給へば、勝頼もおつつけて、田中之城へうつらせ給へども、おそきゆゑ、無㆓何事も㆒。其年高天神にむかはせ給ひて、大阪山に取出を被成けり。おがさの取出と二つあれ共、おがさ山は此前取給ふ。然間天正七年〈己卯〉の春、田中へ御はたらき有而、苗を薙ぎて引給ふ。同年高天神の取出、中村に二つ、同しゝがはな、同なふが坂に取出を被成ければ、おがさ、大阪、中村に二つ、しゝがはな、なふが坂以上六つ取出をとらせ給ふ。然間天正八年〈庚辰〉の八月寄高天神へ取寄給ひ而、四方にふかくひろくほりをほらせ、たかどいをつき、たかべいをかけ、土へいには付もがりをゆひ、ほりむかひには、七重八重に大柵を付させ、一間に侍一人づつの御手あてを被成、きつても出ば、其上に人をまし給ふ御手だてを被成ければ、城中寄は鳥もかよはぬ計なり。うしろには後づめのためと被成而、ひろくふかく、大ほりをほらせ給ひ而、城之ごとくに被成けれ共、何としてこもり申候哉。さぎ坂甚大夫と申者が入而、又出たると申たり。然るとは申せ共、林之谷と申は、山高くして可出様もなし、たとへ出たると云とも、行さきは国中其外、おがさ、懸河、すはの原、南は大阪、よこすかには上様之御座候へば、出て行べきかたもなし。然間陣之可取らいもなければ、大久保七郎右衛門うけとりなれ共、はるかにへだたりて、とほくに陣を取、上寄之御諚には、とても林之谷へ出る事はあらじ、然者時の番之者を、六人づつ指置さしおき申せと御諚成。然間、天正九年〈辛巳〉三月廿二日之夜之四つ時分に、ふたてにわけてきつて出る。あすけ、取原、石河長 守之くちは、入江の様成ところなれば、城寄是を、よわみと見て、きつて出ければ、間はほりなれば、それへこと〴〵くかけ入ければ、三方より指はさみて打ける間、ほりいつぱい打ころして、夜明けてくびをば取る。岡辺丹波と、横田甚五郎者、林之谷へ、大久保七郎右衛門手へ出る。番之者六人指越候へとは御意なれ共、七郎右衛門は大久保平助に相そへて、こゝはの者を十九騎指越ける。然間、城の大将にて有ける、岡辺丹波をば、平助が太刀付て、寄子の本田主水にうたせけり。丹波となのりたらば、より子にはうたせまじけれ共、なのらぬうへなり。其場にてこと〴〵く、五三人づつは打けれども、せいきもきれてみな打とめることはならず。然処に、七郎右衛門所より、はやすけてきりけれ共、はやことおはりぬ。然処に、石河長門守、あすけ、取原の手にて打もらされ共が、又まつくろにきりて、水野日向守手をやぶりけるが、其時は日向守は年若くして、御旗はた本につめられて、名代として、水野太郎作と、村越与惣左衛門がいたりしが、出而ふせがす。七郎右衛門とならびなれば、すけ合之者共かけきたれば、ふせぎておふかた討取。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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