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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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3-4 信長公の処刑祭りと、岩村城の悲劇

挿絵(By みてみん)


三河物語みかわものがたり』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、また会ったな。徳川ギルドの「歩く真実ログ」こと、大久保おおくぼ彦左衛門ひこざえもんだ。


 前回は武田信玄という最強の戦国大名レイドボス死去ロストした話をしたが、跡を継いだ武田勝頼もまた、なかなかに好戦的なプレイヤーだった。一方で、俺たちの盟友・織田信長公の管理体制はさらに苛烈さを増していく。


 今日は、信長公の身内への「非情なBAN(処刑)」と、俺たちの兄貴・大久保七郎右衛門が死線を彷徨った「地獄の撤退クエスト」、そして徳川ギルドの将来を左右する「政略結婚パッチ」の裏側を語ってやろう。


 東美濃の岩村いわむろ城での出来事だ。城主は信長公の叔母・おつやの方だった。彼女は信長公の息子を養子に迎えていたんだが、突如として「裏切り」をかました。武田側の秋山信友を引き入れて結婚し、信長公の息子を甲斐へ人質として送っちまった。


 これを知った信長公の怒りは有頂天。


「俺の身内が、裏切るとは何事だ!!」


 信長公は即座に岩村城をレイド。秋山を生け捕りにしてはりつけにし、城兵を二の丸に追い込んで「物理焼き(火攻め)」で全員抹殺。さらに、実の叔母までも小牧山で自ら手打ちにした。


 「裏切りは身内でも即刻処刑」。 信長公の管理ポリシーが全国に知れ渡った瞬間だ。


 天正2年(1574年)4月。家康公は遠江の「犬居」へ遠征した。このミッションは最初から難易度が高かった。兵糧は最低限(腰兵糧)、しかも道中は大雨による「洪水デバフ」が発生。二日間も食糧が尽き、メンバー全員が飢餓ハンガーゲージ真っ赤でフラフラだ。


 4月6日、ようやく撤退を開始したが、ここで最悪の「待ち伏せ(キャンプ)」に遭遇する。敵の天野宮内右衛門が、地元の地理を活かして山道にスナイパーを配置していた。

 

 そこは上が雲を突くような大山、下は岩だらけの細道。どこから撃たれているかも分からず、徳川ギルドの精鋭たちが次々と討死ロストしていく。堀小太郎、鵜殿藤五郎、そして我が一族の大久保勘七郎……。


 「山岳地形+不意打ち」というクソ仕様に、徳川軍は総崩れ(敗軍)となった。


 このパニック状態の中、大久保七郎右衛門(俺の兄貴だ)が、負傷して動けなくなっている同心の杉浦久蔵を見つけた。兄貴は馬から飛び降りて叫んだ。


「久蔵! この馬に乗れ! 早くしろ!」


 久蔵は意地を張った。


「バカ言え! 俺みたいな下級武士モブプレイヤーが死ぬのはいいが、将校の一人であるあんたが馬を降りてどうする! 俺は絶対に乗らんぞ!」


 「うるせえ! ここは四の五の言う場所じゃねえ!」


 兄貴は馬をその場に捨て、「嫌なら死ね!」と言い放って徒歩で走り去った。結局、後から来た仲間が久蔵を無理やりその馬に乗せて救出したんだ。これこそ、三河武士の「不器用な友情」ってやつだな。


 だが、災難は続く。細道を逃げる最中、後ろからパニック状態で走ってきた味方のプレイヤーに突き飛ばされ、兄貴は崖下へ真っ逆さま!(衝突判定ミスだな)。

 

 崖下で、従者の犬若が「蝶の羽」の旗印(レジェンダリー装備)を捨てようとした時だ。それを拾おうとした敵を、仲間の兵藤弥助が必死に防いだが、敵の斬撃(袈裟斬り)を食らってダウン。


 崖から這い上がった兄貴が、間一髪でその敵二人を斬り伏せ、旗を奪還して撤退ログアウトに成功した。


 一方、戦局を変える「移籍プレイヤー」が現れた。武田側から徳川へ寝返った奥平九八郎(信昌)だ。家康公は彼の功績を高く評価し、最前線の「長篠城」を任せ、さらには自分の娘(亀姫)を嫁がせるという特大のボーナスを提案した。


 これに噛み付いたのが、家康公の嫡男・信康のぶやす


「待ってください父上! 俺の妹の結婚相手が、あんな『新参しんざん』の九八郎だなんて、釣り合いが取れません! 納得いかないっスよ!」


 家康公も困り果て、信長公に相談した。信長公の回答はこうだ。


「信康くん、君の言い分も分かる。だが、前線のガチ勢を繋ぎ止めるには、それ相応の『報酬(DLC)』が必要なんだ。ここは君が折れて、家康くんに任せなさい」


 信長公の鶴の一言で、信康も「……了解っス」と承諾。こうして、後の「長篠の合戦」で重要な役割を果たす奥平家が、徳川ギルドのコアメンバーに加わった。


 どうだ。身内を消してでも規律を守る信長。崖から落ちても旗を守り、仲間を助ける七郎右衛門。そして、プライドを捨てて実利を取る家康。このバラバラなプレイスタイルが混ざり合って、歴史は次の大イベント「長篠の合戦」へと加速していく。




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




同東美濃、岩むろの城をば、信長のおばごのもち給ふが、信長の御子、御房様を養子被成けるが、信長へべつしんをして、勝頼と一身して、秋山を引入而、秋山とふうふに被成、御房様を、甲斐国へやり給ふ。其帰りに勝頼は、あすけのくちへ、御はたらき有と申せば、上様はあすけへ御陣立有。然共勝頼は其の寄引入給ふ。信長は御はら立而、岩むろへ押寄給ひて、城を責おとし給ひ、秋山をばいけ取給ひて、磔にかけ給ふ。ぐん兵どもをば二之丸へおひ入而、堄をゆひ、火を付而やきころし給ふ。おばごをば、こまき山にて、御手打に被成けり。さて又天正二年〈甲戌〉四月、いぬいへ、腰兵粮にて、御はたらき有而、ずいうんに、御旗はたが立ければ、諸勢は、れうけ、ほりの内、和田之谷に陣取。折ふし大雨ふりて大水出ければ、一両日は何れも兵粮なくして迷惑したり。然共水も程なくひきおちければ、同六日之日御陣も引のけさせ給ふ所に、御旗はた本はみくら迄引とらせ給ふ。然る処に天野宮内右衛門けた之郷より出而、あとぜいにしきつてしたい付、たる山の城、かうめうの城より、これ等が先へまはつて、田のおふくぼ村に出、がう人を相くわへて、此方の嶺谷みねたに彼方かしこのをづる山さき、木かや之中より、しかりげ、さるかわうつぼを付、しゝ矢をはめて、五人十人二十人三十人づつ、中へ出あとへ出先へ出而、おもはぬ外之処にててつぽうをはなし、おごゑをあげけれ共、日のめも見えぬみ山之中なれば、ふせぐ事もならず、殊更上はくもにそびへたる山、下はがゝとしたるがん石のほそ道なれば、あとよりくづれたるともなく、中よりくづれたる共なくして、田のおふくば村にてかへせば、山に入て見えず。のけば又出而付。然間、田のおふくぼ村にて、同年の四月六日にはいぐんする。各々打死有り。ほり小太郎、鵜殿藤五郎、大久保勘七郎、おわらの金内、是等がしよ手に打死してより、其ほか数多打死をしたり。御旗はた本の心がけたる衆、あとへのこりて打死をしたり。上様は、みくらにて此由聞召、あとにててつぱうのおとが聞こえけるが、いかゞと思召所に、あとぜいがはいぐんと聞召て、おどろかせ給ひて、引帰させ給へば、敵はちり〴〵に、味山へ入而見へざれば、是非に及ばせ給はずして、御馬は天方迄入る。其時大久保七郎右衛門同心の杉浦久蔵、手をおひてゐたるをみて、乗りよせて飛んでおり、久蔵手をおひたるか、是にのれとて引立てければ久蔵がいふ、うつけたる馬之おり処かな、我等とをりの者は、何程打死したるとてもくるしからず。大将をする者が、左様に馬ばなれる物か、八幡大菩薩のる間敷と云へば、しきだいは所によるぞ、早のれと云。久蔵云けるは、我御身をおろして、ころして、我此馬にのりていきても、ゑがとけぬ、とてものる間敷とてのらざれば、ぢこくうつりてあしゝとて、七郎右衛門はのらばのれ、いやならば馬を捨てよとて打すてゝのきければ、小だま甚内が立帰而、七郎右衛門はのきたるなり。はやのれとてとつて引立てのせて、我は又、はしり付申す。然間七郎右衛門には、兵藤弥助、小たま甚内、犬若と云小者と三人付。然る処に、ほそみちのかけのはたをのきける処に、あとよりにぐる者が、さきへとをるとて、七郎右衛門を崖へ突落す。三人の者共が付而飛ける処に、犬若があげはのてふの羽のさし物をもちたるが、すてけるに、敵が是をとるを兵藤弥助が見て、はしりかゝりてかなぐりとる処を、わきなる敵が、弥助をけさがけにきりたふすを、七郎右衛門がとつ而帰して、二人ながらきりふせければ、また犬若がさし物を取而もちてのく。然間奥平道文之ちやく子作州は、勝頼に、べつしんをして、御忠節を申給へば、長しのの城を出し給ひて、九八郎を頓而むこ殿になされんと仰ければ、信康之被仰様には、存知もよらず、我等がいもとむこに、何とて九八郎を仕らん哉と、被仰ければ、さすがに、おしてもならせられ給はずして、信長へ被仰ければ、信長より被仰候は、尤信康之仰候儀承とゞけたり。然共忠節人之事、又は大事之さかいめをあづけおき給ふ間、次郎三郎殿不肖を堪忍被成候ひて、家康にまかせられ候て、尤かと存知候と被仰ければ、親達之被仰候間、何と成とも御存分次第と被仰ける間、さてこそおく平九八郎方へ御越は入ける。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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