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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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2-7 東三河の「アーリーアダプター」と最強の隠密ミッション

挿絵(By みてみん)


 『三河物語』(みかわものがたり)は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、三河の歴史を語らせたら右に出る者はいない「天下のご意見番」、大久保彦左衛門だ。


 前回は、地獄の「三河一向一揆」を家康公(当時は元康)が持ち前の慈悲と、ちょっぴり黒い「野原に戻せ」パッチで強引に終結(クローズ)させた話をしたな。一揆が終われば、次はいよいよ本格的な「エリア拡大」だ。


 今日は、「メタルギア」顔負けの隠密ミッション、最強の母親によるガチな武士道、そして信長公すら舌を巻いた「姉川の戦い」での神ムーブについて語ってやろう。


 一揆を鎮めた家康公は、東三河の攻略を加速させた。この時、真っ先に「俺、徳川ギルドに入ります!」と名乗り出たのが設楽(したら)の一族だ。四方が敵だらけの中、居城を捨てて妻子を連れて岡崎に駆け込んだその決断力、まさに「先見の明」だ。


 一方、吉田城を攻略するために動いたのが戸田丹波守。こいつのミッションが凄まじい。人質として取られていた老母を救出するために、吉田の城代と連日「双六(すごろく)」で遊んで、相手の警戒心をガッツリ下げさせたんだ。


「城代、今日も一局やりましょうぜw」


 相手が油断した隙に、丹波はデカい「唐櫃(からびつ)」を用意した。中にはいろんな荷物……に見せかけて、自分の母親を詰め込めた。


 番兵も「ああ、いつもの戸田さんね、はい通ってよし」とスルー。門を出た瞬間に丹波は馬に飛び乗り、長刀を構えて母を逃がし切った。この「ステルス救出クエスト」の功績で、彼は「松平」の名字を賜った。これが後の松平丹波守だ。


 吉田城周辺の戦いでは、一向一揆で一度は敵に回った八屋半之丞も戻ってきていた。だが、半之丞は一味違った。「鑓(やり)の合戦が始まったぞ、急げ!」と急かされても、


「フン。一番鑓を逃したなら、俺はもう鑓なんて持たん。剣(カタナ)一本で切り合いをするだけよ」


 と、鑓を捨てて敵陣へダッシュ。二人を切り伏せ、三人目の鉄砲使い、河井正徳(かわいまさのり)に肉薄した。


 正徳は身を引いて鉄砲を放ち、半之丞はそれと同時に斬り込んだ。結果、正徳は即死。半之丞も深手を負って倒れた。


 この知らせを聞いた半之丞の母親がまた凄かった。


「息子は、どう死んだ?」


「比類なき見事な最期でした」


「……ならばよし。武士の仕事だ、騒ぐことはない。」


 ……母ちゃん、あんたが一番の「Giga-Chad」だよ。 泣きもせず、悔やみもせず。この親にしてこの子あり、だ。「一番を譲らない」という強烈な自己主張。

 

 俺たち譜代衆も、堀川の一揆で大久保一族の若手が討死するなどの犠牲を払ったが、主君がこうして世界を塗り替えていく姿を見れば、その苦労も「必要なコスト」だと思えたもんだ。


 さあ、次は……ついに歴史上最大の「無理ゲー」がやってくる。


 戦国最強のモンスタープレイヤー、武田信玄との直接対決――「三方ヶ原の戦い」だ。




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




然間松平監物殿も早(はや)かうさんに御寛(ゆるさせ)給得ば、其付而荒河殿もかうさんし給得供、御無(な)㆑徐(ゆるし)ければ上方得浪人被成而、河内之国に而御病死成。坂井将監殿も上野(うへの)を明而駿河得落(おち)行給ふ。一のをと名に而有ければ、上様歟(か)将監殿歟(か)と云程之威勢なれども御主に勝事弄(ならず)して、それ寄将監殿筋は絶(たえ)而跡かたも無。然間義諦(よしあきら)もならせられ給はで、佗(わび)事被成而東祥(じやう)之城を下させ給得ども、御扶持方をも出させ給ねば、御身も弄(ならず)して上方得御浪人被成、浄体(じやうてい)を頼ませ給ひ而御座候つるが、悪(あく)田河に而打死を被成けり。其後土(ど)ろ、鍼(はり)崎、佐崎、野寺之寺内をやぶらせ給ひ而、一向宗(しう)に宗(しう)旨をかゑよと、起請を書せられ給得ば、前々之ごとくに被成而可被下と、御起請之有由を申ければ、前々は野原なれば、前々のごとく野原にせよと仰有而打敗(やぶり)給得ば、坊主達は此方彼方得迯(にげ)ちりて行、御敵を申上御徐(ゆるし)之衆も有、又鳥井四郎左衛門、渡辺八郎三郎、波切孫七郎、渡辺源蔵、本田佐渡、同三弥、御国にはあらずして、東得行衆も有、西国得行衆も有、北国得行衆も有。大草の松平七郎殿は、何方得行ともしらず、何れも御敵申者供を扶置(たすけおか)せられ候御事、御慈悲(じひ)成儀どもとてかんぜぬ人も無。其寄して東三河得御手を懸させ給ひ而、西之郡城を忍取に取せ給ひ而、鵜殿長勿(もち)を打取、両人之子供を生取給ふ。然間竹千代様をば駿河に置まいらせられ而、御敵にならせ給ひければ、竹千代様を今害死(がいし)奉、後害死(がいし)奉、今日の明日のと罵れども、関口(せきぐち)刑部少輔殿の御孫なれば、さながら害死(がいし)奉る無㆑事(も)。然ば石河伯耆守申けるは、いとけなき若君御一人、御戕界(しやうがい)させ申さば、御供も申者無して、人之見る目にもすご〳〵として御(おはします)べし。然者我等が参而、御最後(さいご)之御供を申さんとて、駿河得下けるを、貴賤上下かんぜぬ者も無。然処に鵜殿長勿(もち)子供に人質がゑにせんと申越ければ、上下万民(ばんみん)喜(よろこび)申事限(かぎり)無して、さらばと云而換(かへ)させ給ふ。其時石河伯耆守御供申而岡崎得入せ給ふ。上下万民つゞい而御迎(むかい)に出けるに、石河伯耆守は大髯噉(ひげくひ)そらして、若君を頸(くび)馬に乗(のせ)奉り而、念し原へ打上而、とをらせ給ふ事之見事さ、何たる物見にも是に過たる事はあらじとて見物す。氏真(うぢざね)は扨も〳〵あほう人哉。抑竹千代様を鵜殿に帰(かへ)ると云法やく哉と云たり。其より思召置無㆑事取合給ふ而、牛久保、吉田得御働(はたらき)有而、度々のせり合に各々骨身を砕く成。早長沢(さは)之城をも取而、野田、牛久保にあたり而、一の宮に取出を取給ふ。駿河寄も佐脇(はき)と八幡(やはた)に取出を取而、吉田、牛久保を根城にする。然処に氏真(ざね)は駿河遠江之人数をもよをして、旗本は牛久保に一万斗にて有、一野宮を五千余に而謮(せむる)を三千の内外に而後づめを被成けり。氏真男ならば出て陣(いくさ)をすべしと而、人数三千斗にて、八幡(やはた)と佐脇之間得押出させ給ふ。本野が原得出て氏真の所を押とをし給ひ而、市の宮責(せめ)ける者どもを押除而(おしはらひて)、其夜者取出に御陣取給ひ、明ければ本之道に出させ給ひ而とをらせ給得ども、氏真出給ふ事弄(ならず)、市の宮の退口と申而、三河にて沙汰するは是成。其後八幡、牛久保、御油(ごい)得働(はたらき)而、御油(ごい)之東之台(だい)に而取合而、打つ打れつ火花をちらし而せり合、既(すでに)御油(ごい)之衆押崩されんとせし所得、岡崎寄上様早く懸付させられ給ふ故、敵を押崩して数多打取、八幡(はた)迄押こみ、放火して引給ふ。上様は敵之出るとは御存知無して、佐脇得之御働(はたらき)とて出させ給得ば能仕合成、八幡得御働(はたらき)被成けるに、二連木、牛久保、佐脇、八幡(やはた)寄かた坂得出て合戦をしたり。頓而切くづされて、板倉弾正と婿(むこ)之板倉主水を打取、扨又八幡(はた)之取出も佐脇之取出も明けり。然間小坂井に吉田、牛久保に向(むかひ)而取出を取給得ば、年久保之牧野新次郎も御手を取。扨又設楽(しだら)は、東三河衆一人も御手を取ざる先に人一番に御忠節を申。然間四方は敵岡崎寄は程遠ければ、居城をさりて妻子を引ぐして、岡崎得詰めて居たり。東三河之国侍には設楽(しだら)は一番、其付而西郷(さいがう)御忠節成。次に野田之蒯沼(すがぬま)新八郎、下祥(げじやう)之白井が御味方を申。然処に二連木之戸田丹波(たんば)守、御内通を申上し寄、人質を盗取んために、二れん木寄吉田得再々行而、城代と双六(すぐろく)を打而、気をくつろがせて其後大韓櫃(からうと)とを背負はせ、中得色々の物を入、吉田之門を入而番衆是を御覧ぜよ、御不審(ふしん)成物は候はずとて明而見せければ、いや其迄に及不㆑申と申ければ、然ば又此からうとを帰し可申間、御通し候得而被㆑下候得、しかしながら御不審も候はゞ、某(それがし)が御城に罷在儀に候間仰被㆑越候得、参而改め御目に懸申さんと云得ば、其に及不㆑申相心得申と申せば、此からうとを能見しらせ給得とて、何(いつ)ものごとく、城代と双六(すぐろく)を打而どめいて遊(あそぶ)内に、支度して右之からうとの中得、老母(らうぼ)を入而せをはせ而通れば、何之仔細(しさい)も無、盗(ぬすみ)出て合図して置たれば、小性(こせう)が参而白須(しらす)をねり出れば、頓而心得而双六(すぐろく)を打納(をさめ)て立出る。門を出る寄馬之上に而長刀おつ取而、母を先得おつ立てのく。本寄申置たる事なれば、郎従(らうどう)どもは迎(むかい)に懸迎(みかい)たり。吉田と二れん木之間、相并(ならび)たる所なれば、何之相違も無、手がら成人質の盗様比類無。其故御味方申けるに仍、其時戸田之丹波守に松平を被㆑下而、其寄此方松平丹波守とは申成。扨又吉田得取詰よせて取出を取せ給ひけり。起研寺(きけんじ)之取出には鵜殿八郎三郎、其外の衆、醅壔(かすずか)之取出には小笠原新九郎、二れん木口の取出をば即(すなはち)丹波守が勿(もつ)。下地得御働(はたらき)之時、本田平八郎と牧惣次郎が鑓(やり)を合、其時八屋半之丞少をそく出ければ、半之丞鑓(やり)が初(はじまる)ぞ急(いそげ)と云ければ、八屋聞而人が鑓をしたらば、我は切合迄よ。半之丞が二番鑓をしたるといはれては、嬉敷(しく)も無、鑓は勿(もち)而来るなと云て勿(もた)せず。然処に鑓脇(やりわき)に抜(ぬき)はなし而居たる者を、犇(はしり)入而二人切ふせ而、三人めに河井少徳が鉄砲(てつぽう)を懸而居たるに犇(はしり)入而、京之口を取而切たる所を、正徳も無㆑䛳(かくれ)者の事なれば、身を不㆑引し而放しける程に、八屋半之丞がかうがめえ打込ければ、そこをば引のけ而其手に而死けり。正徳と云名はせはしき所にて、押付而其手負を打取と云ければ、立帰而八幡大井手負(おひ)にてはなし。正徳のちんばぞと云たるに仍、さらば正徳となれとて、氏実之付給ふ。其寄して河井正徳と申成。今之浮世(うきよ)にかたは者をば嫌うと見えけるが、当世のかたは者はしらず。昔はかたは者をきらはざるに仍、正徳が様成者も有つる。然処に半之丞殿社(こそ)打死し給ふと、母之方得告げ来(きたり)ければ、急母之立出て何と半之丞が打死と云か。畏(かしこまつて)候と申。扨最後(さいご)は如何が有りつるぞ。ひるい無候。扨は心安物哉。若(もし)半之丞社(こそ)最後悪(あし)きと聞ならば、我も命ながら得而せんも有間敷に最後之能と聞而嬉敷、打死は侍之役(やく)なれば、犇(おどろき)而悔(くや)むに不㆑及と云。女にはまれ成、さすがに半之丞が母成と云。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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