1-14 徳川家最悪の闇ログ、家康がまさかのリアル課金で売買される
『三河物語』(みかわものがたり)は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia
よう、三河の歴史を愛する語り部の彦左衛門だ。
前に、広忠公が泥まみれの部下を抱きしめて泣いた「ホワイト運営」の話をしたが、世の中そんなに甘くない。今回は、徳川家が直面した史上最大級の崩壊の危機と、幼き日の家康公がまさかのリアル課金で売買されたという、徳川家最悪の闇ログを語ってやろう。
織田信長公の父、織田弾正忠信秀が本気を出してきた。彼は上和田に砦を築き、松平三左衛門を味方に引き入れた。
これを見て、「あ、松平はもうオワコンだわ」と察した岡崎の連中……大原佐近右衛門や今藤伝次郎といった中堅プレイヤーたちが、7、8人でまとめて織田側へ寝返りやがったんだ。織田信秀の前に出た裏切り者たちは、ドヤ顔でこう言った。
「岡崎城なんて、もう槍をまともに振れる奴は俺たちくらいしか残ってませんよ。今すぐ落として目にかけます!」
ところが、信秀の反応は冷ややかだった。
「……ふん。お前たちは確かに名の知れた一本鑓衆(プレイヤーだろう。だがな、譜代の主君を見捨てて、妻子が可愛いからと命惜しさに逃げてきた奴らなんて、数に数える価値もねえ。むしろ、絶望的な岡崎城に残って、『主君のために死ぬ』と腹を決めている奴らの方が、俺からすればよっぽど恐ろしいし、魅力的だぜ。」
裏切り者たちは顔を真っ赤にして黙り込むしかなかった。敵の大将にまで「あいつらの方がマシ」と言われる屈辱……。これが不義理を働いた者のステータスだな。
一国一城の孤立状態になった広忠公だが、やられっぱなしじゃない。彼は筧図書を呼び出し、極秘の「カウンター・ミッション」を発注した。
「上和田の砦に忍び込み、裏切り者の三左衛門を消してこい。成功報酬は100貫だ」
図書は暗闇に紛れて砦へ潜入。寝落ちしていた三左衛門の脇腹を四度、五度と脇差で突き刺し、声も出させずにキル完了。だが、この図書、プレッシャーで神経を使いすぎたのか、砦を出る頃には腰が抜けてガクガク。
そこへ弟の筧助大夫がバックアップに来た。助大夫はギルド内でも有名な「おぼえの者(ガチ勢)」で、兄以上の実力者だ。弟は兄の情けない姿を見て、ニヤリと笑って交渉を始めた。
「兄者、その手柄で貰う予定の報酬、俺にも分けてくれるよな? 嫌だって言うなら、ここに置き去りにして帰るぞw」
「ちょ、待て……! 分けるから! 分けるから助けて!」
このやり取りは後に「助大夫の強欲な値切り」として、仲間たちの間で笑い話になったという。武士の日常も、意外と茶目っ気があるもんだな。
岡崎城の周りには5つも6つも敵の砦が立ち、まさに「物理的ロックダウン」状態。広忠公はついに駿河の今川義元に救援を求めた。
今川の返答は「いいよ。でも人質をよこせ」。そこで当時6歳の竹千代様が、駿河へ送られることになった。計画では、船で田原へ行き、そこから陸路で駿河へ向かうはずだった。ところが、田原を治める戸田少弼が、とんでもない事をしでかす。
この戸田、広忠公の義父(舅)であり、竹千代様の義理の祖父だ。身内中の身内だろう?ところが、このジジイは竹千代様を今川へ届けず、なんと宿敵の織田側へ「永楽銭1,000貫」で売り飛ばしやがった。竹千代様は熱田の宮へ連行され、人質として拘束。これを聞いた広忠公の反応が、また凄まじかった。
「……別に、俺が織田に竹千代を差し出したわけじゃない。勝手に売られただけだ。息子を盾に脅されても、俺は一歩も引かん。好きにしろ!」
この「息子すら切り捨てる」という鋼の意思を見た今川義元は、逆に感心した。
「普通なら織田に寝返る局面なのに、広忠は侍の義理を通したな。よし、俺が加勢してやる」
どうだ。これが家康公の幼少期のリアルだ。親戚に売られ、価値をコインで測られ、実の親からは「いなくなっても知らん」と突き放される。だがな、この絶望的な初期設定があったからこそ、家康公は後に「何があっても動じない」という最強のパッシブスキルを手に入れたんだ。
さて、物語はここからさらに加速する。織田と今川の巨大ギルドに挟まれた三河。次回、ついにあの「戦国一の軍師」が動き出し、竹千代様の運命をさらに複雑なルートへ導いていく……。
【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】
然処に小田弾正之忠出馬有而、上和田に取出を取而、松平三左衛門殿を置給へば、早岡崎は一国一城と成。然処に岡崎寄大原作之右衛門、今藤伝次郎、其外以上に七八人斗、上和田得のきて弾正之忠の前得罷出ければ、弾正之忠立出対面して、各々忠節は忝と仰ければ、其時佐近之右衛門伝次郎指出而申、御心安思召候得。岡崎は程有間敷鑓をもふりまはし候程の者どもは、皆罷のき而座候間、頓而取而御目に懸申さんと申ければ、弾正之忠の御返事に、されば満足して有。然ども各々之様に度々之事をして、名の高き人成。岡崎におきても一本鑓之衆なれども、普代の主の前途を見捨妻子を孚み、一命を捨処を慟而つよ見をほんとして懸落し給ふ。一本鑓立寄も人数に入去とは申ながらも、普代之主のせんどを見つぎ、妻子けんぞくを帰見ずして、一命を主に奉らんと申而、岡崎にいたるあやかり者ども社、一本鎚立寄も千万心憎く存知候と仰ければ、各々赤面して社居たりけり。扨又弾正之忠引入給得ば、広忠之仰出しに筧図書を召而仰けるは、和田之取出得忍入而、三左衛門尉を切て参、切害者ならば、百貫可㆑被㆑下と仰ければ、御請を申罷越、忍入而見而有ば、前後もしらず見得ければ、押付々々四脇指五脇指つきける程に声も不㆑立してはてられ給ふ。豆書も忍入たるに勢息も切けるにや、其を出ければ腰之たゝざれば、弟之筧助大夫も兄と付而其あり迄行けるが、兄之腰之立た去を見て、おびてのきけるに、助大夫と申は隠無おぼえの者、筧助大夫とて人之赦置たる者成。兄之豆書にも抜群位たる者成。助大夫兄を引懸而のくとて云けるは、御身之取給ふ知行之内我等にも少くれ間敷と被㆑申候はゞ、爰に捨と云けるを、扨も〳〵助大夫は能ねぎりたりとて笑譝に譝にけり。筧豆書には御約束のとほり百貫被下けり。扨又広忠は四方に五つ六つの取出をとられ給ひ而、一国一城にならせ給得ば、今河殿を御頼被成御加勢を頼入と、駿河得仰つかはしければ、今河殿御返事に家勢の事は安き儀成、但と申に人質を給候得、其故加勢を申さんと仰ければ、更ばと仰有て竹千代様御年六歳の御時、質物として駿河得御下向被成けり。然間西之郡にて御船に召れて、田原へあがらせ給ひて、田原より駿河へ御下向可被成との儀成。田原の戸田少 弼殿は、広忠の御ためには御婚成。竹千代様の御ためには、継祖父成。然供 少弼殿小田原之弾正之忠得永楽銭千貫目に竹千代様を売させられ給ひ而、御舟に召而熱田之宮得あがらせ給ひ、大宮司 (あづかり) 給ひ而明之年迄御。広忠之仰には其方得出したる事ならねば、何と成とも存分次第可有とて、終に御用なかりけり。弾正之忠も理非も無あたるべきにあらざれば打過ぬ。然間今河殿仰けるは、広忠寄しち物はきたれども、そば寄盗取而、敵方得売申事は無㆓是非㆒、其故も小田と一身無、侍之義理は見得たり。
〜参考文献〜
三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource
https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




