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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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14/30

1-13 織田信秀、襲来。三河武士の泥臭い忠誠心

挿絵(By みてみん)


三河物語みかわものがたり』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、また会ったな。三河の「歩く真実ログ」こと、大久保彦左衛門だ。


 前回は広忠公が岡崎城に復帰し、身内の「座席争い」でピリついていたところまで話したな。だが、本当の地獄はここからだ。外からは織田の「魔王の父」が攻め寄せ、内からは「土地持ちすぎの親戚」がギルドのバランスを崩し始める。


 今回は、徳川家が崩壊寸前まで追い込まれた「内憂外患」の記録ログと、我が大久保一族が豆腐のカスを食ってまで守り抜いた忠義の記録を語ってやろう。


 松平の家督争いで揉めていた内膳ないぜんと甚太郎の兄弟が、相次いで病死リタイアしたことで、ようやく身内揉めが収まるかと思った矢先だ。


 尾張の織田弾正忠(信秀)が、圧倒的な軍勢で安祥あんじょう城を奪い取った。これを見て、「あ、織田の方が強そうw」と察した佐崎の松平三左衛門が速攻で寝返り、岡崎の目鼻の先に砦を築いて牙を剥いてきた。


 さらに最悪なのが、内部の裏切りだ。坂井左衛門尉という男が、裏で織田と通じ、城内で広忠公に無理難題を突きつけた。


「殿、石川安芸守と坂井雅楽助の二人を切腹クビにしてください。さもなくば、俺は不満を抱いたまま暴れますよ」


 つまり、「気に入らない同僚を消せ」というパワハラ要求だ。広忠公が「そんな理不尽なことできるか!」と一蹴すると、左衛門尉は一族を引き連れて織田家へと移籍していった。まさに、ギルド内の有力プレイヤーが次々と離脱していく絶望的な状況だ。


 そんな中、別の問題が浮上した。広忠公の親戚、松平九郎豆(蔵人)だ。松平九郎豆は、亡くなった兄弟や親戚の遺領を次々と力ずくで自分のものにする「押領」をしていった。元の自分の知行に加えて弟の知行、岩津殿の知行… 主君である広忠公を遥かに凌ぐ物量となった。


 「今は忠実なふりをしてるが、これだけ土地リソースを独占されたら、いつか主君を飲み込むモンスターになるぞ」


 家臣たちは、かつて内膳に城を奪われた時のトラウマ(前車の覆る)を思い出し、先手を打つことにした。広忠公と相談し、九郎豆を「駿河の今川へのお使い出張」に送り出し、九郎豆が留守の間に岡崎への帰路アクセスを完全遮断した。


 九郎豆殿は驚愕した。「俺は何も悪いことしてねえぞ! なんで締め出しなんだ!」だが、家臣たちは冷淡だった。「お前の存在そのものが、将来の致命的なバグになるんだよ」


 締め出された九郎豆はキレた。


「広忠に恨みはねえが、家臣団のやり方が気に入らねえ! だったら俺も織田と組んでやる!」


 彼は織田信秀と手を組み、松平の領地に火を放ち始めた。この時、九郎豆は俺たちの先祖・大久保 甚四郎おやじ弥三郎おじさんを頼りにしていた。自分の部下として預かっていたからな。だが、大久保の血は「主君を間違えない」。甚四郎おやじたちは、九郎豆が挙兵する直前、他の譜代衆をこっそり唆した。


「おい、九郎豆についていったら、俺たちは『逆賊』だぞ。今のうちに岡崎へ逃げろ!」


 甚四郎おやじらは見事に仲間を引き連れて脱出。これを「大久保の覚悟」と呼ぶ。九郎豆の怒りは頂点に達した。


「あのクソ大久保め……! あいつらのガキを捕まえて、一人残らずはりつけにしてやる!」


 九郎豆の追撃を逃れるため、大久保一族は妻子を治外法権「不入」の聖域である鍼崎 勝万寺へ隠した。寺の住職も「大久保の子供たちは絶対に外へ出すな!」とガードを固めてくれた。だが、土地をすべて奪われた大久保一族には、一文の金も食糧も残っていなかった。


 ここからの1〜2年間が、大久保家にとっての「ハードコア・モード」だ。主食は豆腐のかす、おからの残り。たまの御馳走があわひえ、芋。衣服をすべて売り払い、文字通り裸一貫。妻子を餓死させかけながら、着るものもなくなっても、俺の先祖たちは笑っていた。


「地行なんていらねえ。広忠公への忠義さえ守れれば、胃袋が空っぽでも腹は立たねえよ。」


 これこそが、俺が後の世に伝えたかった「三河武士の真髄」だ。どうだ。これが徳川幕府の土台になった、泥臭い「忠誠心」の正体だ。


 さあ、次回はいよいよ。今川、織田、そして松平の三つ巴の中で、あの家康公」が歴史の表舞台に召喚される。




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




其故御普代衆も悉甚太郎殿得可㆑付、内膳殿へは一人も付人有間敷、然時んば甚太郎殿勝かたせられ給はんか、免若者と有内に両方乍ながら跡先に御病死びやうしなれば無㆓何事㆒。然処に小田之弾正だんじやう之忠出馬有而、案祥あんじやうの城を責取せめとれば、無㆑程佐崎さざきの松平三左衛門殿、弾正之忠の手を取而、広忠得逆心ぎやくしんをし給ひ而、岡崎にむかひ而渡理わたり 鍼に取出を取給ふ。然処に坂井左衛門尉は内々を小田之弾正之忠と心を合而、其故にて広忠得難渋なんじふを申懸、折も能ば城をも心懸給ふか、御城得つめ入而、直談ぢきだんこそ申けるは、石川安芸あき守と坂井雅楽助にはら御切きらせ被成候はずんば、御不足ふそくを可㆓申上㆒と被申候得ば、両人之者に何とてはらきらせ可㆑申、思ひも不㆑寄と被仰候処に、左衛門尉別心べつしんに而御城得つめ給ふと而、各々御城得参ければ、佐衛門尉も引のき給ふ。大原佐近右衛門今藤伝次郎なども一つくみ成。然処に本城之門脇わきに而、佐近右衛門が一人突伏せて、佐衛門尉と打連れて、大原佐近右衛門も、今藤伝次郎も、其外五三人引のきて小田弾正だんじやう之忠得出る。然処に松平九郎豆殿、舎弟しやていの十郎三郎殿、御死去しきよ被成ければ、御跡継あとつぎ之御子無と仰有而、其御跡式あとしき押領あふりやうし給ふ。然処に岩津殿御跡式迄、押領あふりやう被成ければ、御身にあて而御知行どもには三人御知行を一つにして押領被成ければ、広忠之御領分りやうぶんには莫大ばくだいすぐれたり。か様に我儘に押領あふりやう被成候はゞ、只今社こそ広忠得御無沙汰無とは申せども、此方彼方押領し給得者、早広忠と両天に成給ふ成。然者少之出入も六ヶ敷、其故内膳殿に懲りたる仕合も有、後之わづらひ是成。先車せんしや之覆すを見而、後車こうしやの誡めをなすといへり。各々寄合談合だんがふして広忠得此由申上、九郎豆殿を駿河得今河へ御使つかひにつかはされ、其寄岡崎得寄よせ入不申、九郎豆殿はおどろかせ給ひ、こはいかに何事ぞや。我広忠得対して御無沙汰之心毛頭更さらに無、如何成儀に而御座候哉。更に我身におぼえ不申と仰せつかはし給得ば、各申上候。如仰只今においては、広忠得御無沙汰之儀夢々毛頭更に無、広忠を御たいせつと思召事大方成たらず只今迄之御取立残のこる所も無。然間御別心などと申儀は夢々思ひも寄ず、広忠を大事と思召事大方ならねども、十郎三郎殿御跡を我儘に押領あふりやう被成、其耳成それのみならず岩津殿御跡あと迄、我儘に押領あふりやう被成候得ば、早広忠之御領分には、貴殿様之御領分が莫大ばくだいに増してあれば、早南天にならせ給得は、自然しぜん少之出入も候得ば其時は六ヶ敷、其故先車の覆へすを見而、後車之誡めをなすと云事有。此前内前殿にこり申故は、何只いかに今御無沙汰無と申而も、後日を不存候間、兎角によせ申間敷と各々申ければ、色々御詫わび事有あれども、各々用ひず。然者今河殿を頼入而、御詫わび事申さんとて、駿河得下而今河殿を頼、御詫わび事被申ければ、各々右之しいしゆを申ければ、各々の被申候も以来を兼而被申候得ば、道理之聞えたりとて重而御詫わび事無。然間九郎豆殿仰には広忠にはうらみは荒ねども、家中之恨うらみなれば、さらば小田弾正之忠と一身可有とて、早手出しをし給ひ而、広忠之御領分に火之手を上給ふ。御普代衆をも九郎豆殿におほくあづけおかせ給ひし処に、九郎豆殿手を出し給ふに寄而、九郎豆殿に付申処にはあらず、如何せんと云処に、大久保甚四郎、同弥三郎申けるは、後日には岡崎得のき度と申たりとも、取鎮め給はゞ成間敷に、取しめざる内に、兎角のき給得とて、各々を唆かし立て、引はづしてのきけり。九郎豆殿も此衆を頼と思召てこそ、手をも出させ給ひしに、大久保が覚悟をもつて各々はのく成。更角ににくき事かな、何ともして大久保一名之子供成とも描まへて、はりつけ串指ざしにもして無念をはれんと仰けり。然ども其比土呂、鍼崎はりさき、野寺、佐崎とて敵味方てきみかた不入ふにふ之処なれば、鍼崎はりさき之勝万寺得妻子けんぞくどもを入ければかなはず。勝万寺殿も大久保衆之子供達一人も出させ給ふなとて、人を付而寺内寄外得出させ給はずしておき給ふ。然者九郎豆殿ふかくにくませ給ひ而、大久保一名之知行、又は手作迄も根をほり給得ば、取わけ此一名は妻子けんぞくを餓死がしに及せ、一衣代貸しろがあはひえいもなどは上の食物じきもつ也。豆腐の糟てうずのこなどをかひ取而、一両年何と無から〴〵のいのちながらへけれども、御普代之御主の御ためと思へば、何れもにもたず。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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