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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ  作者: 条文小説


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14/55

1-13 織田信秀、襲来。三河武士の泥臭い忠誠心

挿絵(By みてみん)


『三河物語(みかわものがたり)』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia

 よう、また会ったな。三河の「歩く真実ログ」こと、大久保彦左衛門だ。


 前回は広忠公が岡崎城に復帰し、身内の「座席争い」でピリついていたところまで話したな。だが、本当の地獄はここからだ。外からは織田の「魔王の父」が攻め寄せ、内からは「土地持ちすぎの親戚」がギルドのバランスを崩し始める。


 今回は、徳川家が崩壊寸前まで追い込まれた「内憂外患」の記録(ログ)と、我が大久保一族が豆腐のカスを食ってまで守り抜いた忠義の記録を語ってやろう。


 松平の家督争いで揉めていた内膳(ないぜん)と甚太郎の兄弟が、相次いで病死(リタイア)したことで、ようやく身内揉めが収まるかと思った矢先だ。


 尾張の織田弾正忠(信秀)が、圧倒的な軍勢で安祥(あんじょう)城を奪い取った。これを見て、「あ、織田の方が強そうw」と察した佐崎の松平三左衛門が速攻で寝返り、岡崎の目鼻の先に砦を築いて牙を剥いてきた。


 さらに最悪なのが、内部の裏切りだ。坂井左衛門尉という男が、裏で織田と通じ、城内で広忠公に無理難題を突きつけた。


「殿、石川安芸守と坂井雅楽助の二人を切腹(クビ)にしてください。さもなくば、俺は不満を抱いたまま暴れますよ」


 つまり、「気に入らない同僚を消せ」というパワハラ要求だ。広忠公が「そんな理不尽なことできるか!」と一蹴すると、左衛門尉は一族を引き連れて織田家へと移籍していった。まさに、ギルド内の有力プレイヤーが次々と離脱していく絶望的な状況だ。


 そんな中、別の問題が浮上した。広忠公の親戚、松平九郎豆(蔵人)だ。松平九郎豆は、亡くなった兄弟や親戚の遺領を次々と力ずくで自分のものにする「押領」をしていった。元の自分の知行に加えて弟の知行、岩津殿の知行… 主君である広忠公を遥かに凌ぐ物量となった。


 「今は忠実なふりをしてるが、これだけ土地(リソース)を独占されたら、いつか主君を飲み込むモンスターになるぞ」


 家臣たちは、かつて内膳に城を奪われた時のトラウマ(前車の覆る)を思い出し、先手を打つことにした。広忠公と相談し、九郎豆を「駿河の今川へのお使い出張」に送り出し、九郎豆が留守の間に岡崎への帰路(アクセス)を完全遮断した。


 九郎豆殿は驚愕した。「俺は何も悪いことしてねえぞ! なんで締め出しなんだ!」だが、家臣たちは冷淡だった。「お前の存在そのものが、将来の致命的なバグになるんだよ」


 締め出された九郎豆はキレた。


「広忠に恨みはねえが、家臣団のやり方が気に入らねえ! だったら俺も織田と組んでやる!」


 彼は織田信秀と手を組み、松平の領地に火を放ち始めた。この時、九郎豆は俺たちの先祖・大久保 甚四郎(おやじ)と弥三郎(おじさん)を頼りにしていた。自分の部下として預かっていたからな。だが、大久保の血は「主君を間違えない」。甚四郎(おやじ)たちは、九郎豆が挙兵する直前、他の譜代衆をこっそり唆した。


「おい、九郎豆についていったら、俺たちは『逆賊』だぞ。今のうちに岡崎へ逃げろ!」


 甚四郎(おやじ)らは見事に仲間を引き連れて脱出。これを「大久保の覚悟」と呼ぶ。九郎豆の怒りは頂点に達した。


「あのクソ大久保め……! あいつらのガキを捕まえて、一人残らず磔(はりつけ)にしてやる!」


 九郎豆の追撃を逃れるため、大久保一族は妻子を治外法権「不入」の聖域である鍼崎 勝万寺へ隠した。寺の住職も「大久保の子供たちは絶対に外へ出すな!」とガードを固めてくれた。だが、土地をすべて奪われた大久保一族には、一文の金も食糧も残っていなかった。


 ここからの1〜2年間が、大久保家にとっての「ハードコア・モード」だ。主食は豆腐の糟(かす)、おからの残り。たまの御馳走が粟(あわ)、稗(ひえ)、芋。衣服をすべて売り払い、文字通り裸一貫。妻子を餓死させかけながら、着るものもなくなっても、俺の先祖たちは笑っていた。


「地行なんていらねえ。広忠公への忠義さえ守れれば、胃袋が空っぽでも腹は立たねえよ。」


 これこそが、俺が後の世に伝えたかった「三河武士の真髄」だ。どうだ。これが徳川幕府の土台になった、泥臭い「忠誠心」の正体だ。


 さあ、次回はいよいよ。今川、織田、そして松平の三つ巴の中で、あの家康公」が歴史の表舞台に召喚される。




【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】




其故御普代衆も悉甚太郎殿得可㆑付、内膳殿へは一人も付人有間敷、然時んば甚太郎殿勝(かたせ)られ給はんか、免若者と有内に両方乍(ながら)跡先に御病死(びやうし)なれば無㆓何事㆒。然処に小田之弾正(だんじやう)之忠出馬有而、案祥(あんじやう)の城を責取(せめとれ)ば、無㆑程佐崎(さざき)の松平三左衛門殿、弾正之忠の手を取而、広忠得逆心(ぎやくしん)をし給ひ而、岡崎に迎(むかひ)而渡理(わたり) 鍼に取出を取給ふ。然処に坂井左衛門尉は内々を小田之弾正之忠と心を合而、其故にて広忠得難渋(なんじふ)を申懸、折も能ば城をも心懸給ふか、御城得つめ入而、直談(ぢきだん)に社(こそ)申けるは、石川安芸(あき)守と坂井雅楽助に腹(はら)を御切(きら)せ被成候はずんば、御不足(ふそく)を可㆓申上㆒と被申候得ば、両人之者に何とて腹(はら)を切(きら)せ可㆑申、思ひも不㆑寄と被仰候処に、左衛門尉別心(べつしん)に而御城得つめ給ふと而、各々御城得参ければ、佐衛門尉も引のき給ふ。大原佐近右衛門今藤伝次郎なども一つくみ成。然処に本城之門脇(わき)に而、佐近右衛門が一人突伏せて、佐衛門尉と打連れて、大原佐近右衛門も、今藤伝次郎も、其外五三人引のきて小田弾正(だんじやう)之忠得出る。然処に松平九郎豆殿、舎弟(しやてい)の十郎三郎殿、御死去(しきよ)被成ければ、御跡継(あとつぎ)之御子無と仰有而、其御跡式(あとしき)を押領(あふりやう)し給ふ。然処に岩津(づ)殿御跡式迄、押領(あふりやう)被成ければ、御身に妙(あて)而御知行どもには三人御知行を一つにして押領被成ければ、広忠之御領分(りやうぶん)には莫大(ばくだい)に勝(すぐれ)たり。か様に我儘に押領(あふりやう)被成候はゞ、只今社(こそ)広忠得御無沙汰無とは申せども、此方彼方押領し給得者、早広忠と両天に成給ふ成。然者少之出入も六ヶ敷、其故内膳殿に懲りたる仕合も有、後之わづらひ是成。先車(せんしや)之覆すを見而、後車(こうしや)の誡めをなすと云(いへ)り。各々寄合談合(だんがふ)して広忠得此由申上、九郎豆殿を駿河得今河へ御使(つかひ)につかはされ、其寄岡崎得寄(よせ)入不申、九郎豆殿は犇(おどろか)せ給ひ、こはいかに何事ぞや。我広忠得対して御無沙汰之心毛頭更(さら)に無、如何成儀に而御座候哉。更に我身におぼえ不申と仰せつかはし給得ば、各申上候。如仰只今においては、広忠得御無沙汰之儀夢々毛頭更に無、広忠を御たいせつと思召事大方成(たらず)。只今迄之御取立残(のこる)所も無。然間御別心などと申儀は夢々思ひも寄ず、広忠を大事と思召事大方ならねども、十郎三郎殿御跡を我儘に押領(あふりやう)被成、其耳成(それのみならず)岩津(づ)殿御跡(あと)迄、我儘に押領(あふりやう)被成候得ば、早広忠之御領分には、貴殿様之御領分が莫大(ばくだい)に増してあれば、早南天にならせ給得は、自然(しぜん)少之出入も候得ば其時は六ヶ敷、其故先車の覆へすを見而、後車之誡めをなすと云事有。此前内前殿にこり申故は、何只(いかに)今御無沙汰無と申而も、後日を不存候間、兎角に寄(よせ)申間敷と各々申ければ、色々御詫(わび)事有(あれ)ども、各々用ひず。然者今河殿を頼入而、御詫(わび)事申さんとて、駿河得下而今河殿を頼、御詫(わび)事被申ければ、各々右之しいしゆを申ければ、各々の被申候も以来を兼而被申候得ば、道理之聞えたりとて重而御詫(わび)事無。然間九郎豆殿仰には広忠には恨(うらみ)は荒ねども、家中之恨(うらみ)なれば、さらば小田弾正之忠と一身可有とて、早手出しをし給ひ而、広忠之御領分に火之手を上給ふ。御普代衆をも九郎豆殿に多(おほく)あづけ置(おかせ)給ひし処に、九郎豆殿手を出し給ふに寄而、九郎豆殿に付申処には非(あらず)、如何せんと云処に、大久保甚四郎、同弥三郎申けるは、後日には岡崎得のき度と申たりとも、取鎮め給はゞ成間敷に、取しめざる内に、兎角のき給得とて、各々を唆かし立て、引はづしてのきけり。九郎豆殿も此衆を頼と思召て社(こそ)、手をも出させ給ひしに、大久保が覚悟をもつて各々はのく成。更角に憎(にくき)事かな、何ともして大久保一名之子供成とも描まへて、磔(はりつけ)串指(ざし)にもして無念をはれんと仰けり。然ども其比土呂、鍼崎(はりさき)、野寺、佐崎とて敵味方(てきみかた)不入(ふにふ)之処なれば、鍼崎(はりさき)之勝万寺得妻子けんぞく供(ども)を入ければかなはず。勝万寺殿も大久保衆之子供達一人も出させ給ふなとて、人を付而寺内寄外得出させ給はずして置(おき)給ふ。然者九郎豆殿ふかく憎(にくませ)給ひ而、大久保一名之知行、又は手作迄も根をほり給得ば、取わけ此一名は妻子けんぞくを餓死(がし)に及せ、一衣(え)を代貸(しろが)し穄(あは)、薭(ひえ)、芋(いも)などは上の食物(じきもつ)也。豆腐の糟てうずのこなどを買(かひ)取而、一両年何と無から〴〵の命(いのち)を存(ながら)へけれども、御普代之御主の御ためと思へば、何れも苦(く)にもたず。

〜参考文献〜

三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource

https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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