1-12 ステルス暗殺ミッションと「枕」の奇跡
『三河物語』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia
よう、また会ったな。三河の「真実ログ」の番人、大久保彦左衛門だ。
前回は広忠公が岡崎城に再ログインし、泥まみれの部下を抱きしめて泣く「ホワイト運営」っぷりを語ったが……今日は打って変わって、ギルド内の「暗部」と「権力争い」の話だ。
リーダーってのは、情け深いだけじゃ務まらない。時には「汚れ仕事」を命じ、時には身内のドロドロした「座席争い」を裁かなきゃならない。これぞ、戦国のリアルだ。
ある時、広忠公は天野孫七郎を呼び出し、極秘の「キル・クエスト」を発注した。
「広瀬の作間を消してこい。完遂すれば大浜の領地100貫、ダメージを与えるだけでも50貫の報酬を出す」
孫七郎は困惑した。「兵の先頭で先駆けするのは慣れてますが、寝込みを襲う暗殺は門外漢ですよ……」
だが、主君の命令は強制イベント。彼は腹を決め、最高難易度の潜入を開始した。
孫七郎は作間の屋敷に「奉公させてくれ」と潜り込み、独楽が回るようにキビキビと働いた。 あまりの有能さに作間も「こいつはいい部下だw」と大喜び。ついには寝所のそばまで出入りが許される最上級の通行権限を手に入れた。
そして運命の夜。孫七郎は暗闇の中、作間の寝室に忍び込んだ。
「今だ!」
月明かりの下、孫七郎は冷静にターゲットを分析した。
「作間の野郎、夜着を何枚も着込んでやがる。胴体を狙っても、綿が厚すぎてダメージが通らねえかもしれん。……よし、狙うは『細首』一点突破だ!」
一閃。手応えあり。孫七郎は「一撃必殺完了!」と確信し、騒ぎ出す屋敷から壁を飛び越えて脱出した。
焦るあまり、自分の愛刀を現場にドロップアイテムとして残しちまったが、そのまま広忠公に報告した。
「刀を落としただと? ははは! それほどの功績を挙げたんだ、武器の一つくらい惜しくない。手柄は比類なし、約束通り報酬をやるぞ!」
ところが。ターゲットの作間、実は生きていた。斬られた瞬間に枕がズレていたおかげで、刀は首を逸れ、「鼻柱から両耳の付け根」を真っ二つに切り裂いただけで止まっていた。作間は起きて驚愕した。顎がダランと下がり、鼻の穴が塞がって息ができない。普通ならここで死亡だが、作間のプレイヤースキルが異常だった。
落ちた顎を自分の手でグイッと押し上げる。鼻の通りを確認し、傷口を無理やり手で合わせて位置を調整。腰の帯を解いて、頭をグルグル巻きに固定!
「……ふぅ、死ぬかと思ったぜ。」
この執念のリカバリーで、作間は奇跡的に生き延びた。孫七郎は「殺しきれなかった」ということで、報酬は50貫になったが、この伝説的なエピソードから「作間斬り」**という二つ名をゲットした。
さて、岡崎城の内部では、別の「不具合」が発生していた。かつて広忠公を追い出した大伯父・内前が戻ってきたが、彼の弟・甚太郎がこれにブチ切れた。
兄・内前は 何度も主君を裏切り、追放した「裏切り常習者」。弟・甚太郎は一度も背かず、主君を救おうと奮闘した「ガチ勢」。広忠公の前で、弟・甚太郎は言い放った。
「兄上、あんたは年上かもしれないが、何度も国を荒らし出戻った『実質的な新参者』だ。俺は一度も裏切っていない古参だ。席次は俺が上座だ!」
内前も「弟のくせに生意気だぞ!」と譲らない。
結局、二人は顔を合わせると決闘になりかねないので、「出仕する日を分ける」という苦肉の策をとることになった。道でバッタリ会った時も最悪だ。お互いの家臣が「抜き身の刀」を構え、いつでも抜刀できる状態でメンチを切り合いながらすれ違う。まさに、一触即発のピリピリ感。
さて、広忠公はどっちを応援していたと思う?
表向きは中立を装っていたが、心の中では決まっていたはずだ。
「自分を追い出した内前よりも、最後まで信じてくれた甚太郎の方が可愛いに決まってるだろ。」
「慈悲・情け・哀れみ」。
今の世もそうだが、最後にはこれが一番のステータスになる。報酬のために不器用な暗殺に挑む孫七郎の意地も、ボロボロになっても顎を繋いで生き延びる作間の気合も、すべては「徳川」という家門への執着から生まれる。
いいか、子孫たちよ。
「功績」も大事だが、「信用」を落とすな。 一度でも裏切りのフラグを立てれば、どれだけ功績を挙げても弟に下座を譲らされる羽目になるからな。
【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】
然処に天野孫七郎を召て仰けるは、広瀬之作間を切而参れ。切済ましたらば、大浜之郷に而百貫可㆑出。手を負はせる物ならば、同所に而五十貫可㆑出と仰ければ、作間を切ん事思ひも寄去事なれ共、御普代之主の御意負難。但御馬之先に而打死も安し、御前へ引出されて、頸を打れ申事も安し、然ども死る事者同前にはあれども、作間を切ん事心を尽しても成難。然と申ても普代之主の仰者負れず候成。成程者狙ひ候而、成は死迄と思ひ定而、御請を申罷立、道々案ずるに別之儀も無。作間を切んに者、先作間処へ行而、奉公をして案内を見置て切んと忠ひ而、其寄して作間方得奉公とて行ければ頓而置にけり。然程に能奉公をする事独楽をまはすがごとくに使ければ、大方成気に入而後は膝本近使れて寝間のあたりを徘徊する。仕済したりと思ひ而、今は時分も能折と思ひ而、人侒まりて寝間に忍入而見ければ、作間は前後もしらずして臥したりけり。天野孫七郎立寄而、起きば当るを最後に切べしと思ひけれども、能ふしたれば、胴中と心得けるが、いやいや夜之物多く著て、綿が厚ければ身にとはる間数と思ひ而、細頭を切んと心懸而、夜之物のはづれを、月あかりに見而、以てひらいて切付ければ、戮れ而作間少も身を動かさずして居たれば、切戮たりと思ひ而出ければ、早辺寄もなりを立れば、早城之内 さわぎければ、へいを乗而北とて、刀を跡得取落せども、取に帰らん事も成して捨而来り而、此由角と広忠得申上ければ、刀をおとしたればとて、其程の手柄をする故、取に下而死る事之あらん哉、少もくるしからず、手がら比類無、約束の如く出すべしと仰ける。去程に作間は起上り而疵をさぐりて見れば、折節枕がはづれてそばに有ければ、枕に切付而齃を両之みゝの処迄切付けり。おとがひ下りければ おとがひを取て押上而、鼻の息を吹きて見而あれば、息詰りければ、又疵を引離して能疵口を合而、息をふきて見ければ、息も相違なければ、帯をもつて頭に搦み付而養生する。作間はから〴〵の命を佑かる。天野孫七郎には、御約束のごとく大浜にて五十貫被下けり。手柄をする故に後迄も異名に作間切と申成。然処に内前殿者御兄甚太郎殿者、御舎弟に而御けるが、内前殿者清康広忠に逆心を被成けれ共、甚太郎殿者終逆心無、広忠を内膳殿の立出させ給ひし時も、甚太郎殿者広忠を引請度と被成候へども、内前殿手ばなし給で、伊勢得送り給得ば、力無して御。其寄して者内前殿と甚太郎殿は御中よからず。広忠御本居有而甚太郎殿は御満足之由被仰而、人先に御出仕有而、一入の御取持給ふ。内前殿も詫言被成而出させ給得ば、甚太郎殿仰には、内前者兄なれ供、度々の別心なれば帰新参成。我は弟なれども一度も別心をせざれば、上座に可㆑有と仰けり。内前殿は如何に角有ばとて弟寄下座には有らんやと仰ける間、互の座論に而、御出仕にも日をかへさせ給ふ成。路次をありかせ給ふにも、両方乍抜身に而互に内衆も反を直してとほらせ給ふ。若何事も有成、甚太郎殿方がつよからん。其を如何にと申に両方得御加担は有間敷とは申せども、内前殿者上様を立出し給ひ而、方々を御浪人させまゐらせられ給得者、御心中に余り御贔屓には有間敷哉、甚太郎殿者終に一度も逆心無、上を御たいせつと思召給得ば、御心中には是を悪かれとはよも思召候はんか。
〜参考文献〜
三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




