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やがて、すべての世界に、アンピトリテがポセイドンと別れて実家に帰ったという知らせが流れた。

大抵の神は、眉を顰め肩を竦めて、ポセイドンはもったいないことをした、アンピトリテほどの妻は早々いるまいに、と呟いた。ゼウスは腹立ち紛れに海に雷をニ~三発放り込んだ、とも言われる。

しかし、海の神殿は沈黙を守り、あれほどあちこちに遊び歩いていたポセイドンの姿も、ぱったりと見なくなった。



数ヵ月後。

アポロンは偶々近くを通りかかった際に、彼の神殿へ立ち寄った。

「……何しているんですか?伯父上」

神殿は、まるで祭りでもあるのかと言う様な賑わい。絨毯は張り替えられ、柱はピカピカに磨かれ、美しい珊瑚や貝殻で飾り立てられていた。

そして、いつも身なりを構うよりも勇猛さを愛する伯父の姿も。

「ああ、アポロンか。どうだ、変なところはないか?」

「…いや、伯父上は元々美男子ですからね。その銀の縫い取りのある紺色の上着もよく似合っていますし、新調された冠もいい感じですよ。でも、一体何してるんです?」

「ああ、アポロン様!」

白い海百合のいっぱい詰まった籠を持って、はしゃいだトリトンが近付いてくる。

「ちょうど良かった。ぜひ、その素晴らしい竪琴を聞かせてください。きっと、うっとりしちゃいますよ!」

「…いや、それは構わないが…。で、何かあるんだ?」

三度目の問いを、アポロンは繰り返す。

「これから、私の新妻を迎えに行くのだ」

ポセイドンは、幾分か緊張した面持ちでそう言った。


実家に戻ったアンピトリテは、両親を労わりながら静かな日々を過ごしていた。

最初こそ、姉妹達に「何があったの?」「ねぇ、何があったの??」と尋ねられたが、彼女が心底答えを避けているのを見て、そっとして置いてくれた。

僅か数ヶ月前のことなのに、もう何年も前のことのように思える…。

目を閉じると、別れの時、実家近くまで見送りに来て縋りついたトリトンの顔が浮ぶ。

「酷いお母様を許してね…。でも、お前はこの海の王子なのだから、易々と自分の胸の海を溢れさせては駄目よ」

そういうと、はい、はい、と頷きながら、やはり涙を流していた。

あの方に似て、心根の優しい子なのだ。

ずっと近くで見守っていたかったが…。

アンピトリテは瞳を開き、両親の館である海底の銀の洞窟から、水面の方を見上げた。

…ポセイドン様はどうしていらっしゃるかしら。

もう次の奥方を決められただろうか。

自分を素直に出せば、誰にでも愛される方なのだ。

幸せで居て欲しい、と呟く。

離れても、お慕いする気持ちに変わりはないのだから、と。

ふと、海底でも稀な、妙なる調べが聞こえてきた。

美しい竪琴の音色。

アンピトリテは手にしていた縫い物を取り落として、そちらを伺った。

立派な馬達に引かれて、キラキラ輝く戦車がこちらに向かってくる。

「伯父上!」

竪琴を奏でながら、アポロンが叫ぶ。

「あれがあなたの新しい妃殿下ですか?」

「そうだ!大変美しいだろう。あんなに麗しい女神は、この世界に二人と居まい」

「ふふふ、全くですね」

アポロンは頬に微笑を刻む。

あっけに取られたアンピトリテの前に戦車は舞い降りて、中からぴょこんとトリトンが降り立ち、辺りに海百合の花を撒いた。

次に、隣に水晶の戦車を引いてきたイルカが横付けして、優美にアンピトリテにお辞儀をしてみせた。

最後に、荘厳に盛装したポセイドンがゆっくりと降りた。アポロンは戦車に残ってその姿を見守る。

空気が一瞬にして張り詰めた。

「麗しきアンピトリテ」

ポセイドンは歩み寄ると彼女の足元に跪いて、手を差し伸べた。

「どうか、私の妻になっては貰えないだろうか?」

「ポ、ポセイドン様…」

アンピトリテは、自分がはっきりと打ち震えるのを覚えた。

「そなたの髪に、我が誓いの証しを飾ろう。もう二度と、そなたに辛い思いはさせない、だから」

ポセイドンの銀色の瞳が、アンピトリテの瞳を捕らえる。

「どうか、我が妻に。愛しいアンピトリテ」

イルカがそっと小さな箱を開く。そこには、今までポセイドンから贈られた真珠を鏤めた、宝冠が入っていた。真ん中に一際大きく、雫型の青真珠が飾られている。

ほろほろ、と黒い瞳から涙が溢れた。

「私で…私でいいのなら……」

「お前しか居ない。私が帰れるのは、お前の腕だけだ」

白い手が伸ばされて、差し伸べられた指に重なる。

「…やっった~~!!父上!母上!!」

ポセイドンが立ち上がり、トリトンが両手を広げて二人に飛び付いた。

優しい抱擁のあと、そっとポセイドンがアンピトリテの頭に冠を乗せる。


………その日、二人は神聖なる誓いを立て、二度目の結婚式を挙げた。













●あとがき

はい、という訳で、今回は海神夫妻の話でした~。

ちなみに、このお二人は、ハディス・ペルセフォネ夫妻に続いて銀糸雀が好きな御夫婦。

アンピトリテ様は、神話の中でも良妻賢母の優しい女神なのですが、ポセイドンに愛想が尽きて隠れてしまったことがあるそうです。

あのアンピトリテ様が怒るぐらいだから、よほどのことがあったのか、あるいは日頃の積み重ねか…などと妄想を働かせ、この話が出来上がりました。(多分妻から離婚は出来ないとか、ギリシャでこういうプロポーズはどうだろう、とか色々穴はありますが)

今回はちょい役だったアポロン様とポセイドン様は結構仲が宜しいとか。

甥・伯父という関係も楽しいですね~。


さて、この下はちょっとBL要素が入ります。

嫌いな方は見ないでお帰り下さいませ~。
















(その夜の会話)

アポロン「……ということがあったんだが」

ヘルメス「ああ、あれ、上手く行ったんだ。良かった」

アポロン「やはり、お前の入れ知恵だったのか」

ヘルメス「だってねぇ、凄い思いつめた顔をしてたからさ。どうしても別れなくちゃいけないなら、もう一度結婚すればいいんじゃないですか?って」

アポロン「まぁ、伯父上も伯母上も幸せそうだったから良かったけどな」

ヘルメス「君も結婚したくなっちゃった?…んっ」

アポロン「……。私はお前で充分だ」

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