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乙女ゲームの悪役でもない令嬢は婚約者をひたすら愛する

作者:水城雪見
一度は書いてみたかった乙女ゲーム物です。
 どうして、今頃、こんないらない記憶を思い出してしまうのだろう。
 私の婚約者であるリシャール様が、中庭で、ストロベリーブロンドの可愛らしい女性と楽しげに談笑しているのを、2階の窓から見下ろしていた。
 どこかで見たことがあるような光景だと思った瞬間に、一気に頭の中に記憶が雪崩れ込んでくる。
 私、アリサ=バシュラールのものではない記憶。
 この世界ではない、日本という国で生まれ育った女性の記憶は膨大で、酷い頭痛がした。
 窓枠に縋るように掴まって、無様な姿だけは晒さないように意識する。
 ふらつきそうな脚に力が入り、背筋が伸びた。
 幼い頃からの淑女教育の賜物だ。
 気を抜くと崩れ落ちてしまいそうな体を宥めるように、ふぅっと深く息をつく。

 思い出した記憶が正しいのならば、この世界は乙女ゲームの世界らしい。
 リシャール様がご一緒していた女性はヒロインで、市井育ちの伯爵令嬢である彼女が、伴侶となる男性と出逢う物語の舞台が、この国立ブランシャール学園のようだ。
 物語の始まりは、彼女が学園に入学する春。
 そう、半月ほど前に既にスタートしていた。
 公爵家子息であるリシャール様は攻略対象という存在らしい。
 そして、リシャール様の幼い頃からの婚約者である私は、ただの脇役。
 リシャール様が彼女を好きになった時には、婚約を破棄されて捨てられてしまう、ただそれだけの存在。

 私達の婚約は、家の繋がりを深めるための政略的なものだ。
 リシャール様が6歳、私が5歳の時に、両家の当主同士の取り決めで婚約に至った。
 公爵家より家格は落ちるけれど、由緒ある侯爵家であり、領地経営も上手く裕福な我が家と、繋がりを持ちたがる家は多い。
 身分的には、王太子妃候補に名乗りを上げてもおかしくはなかったけれど、大人しい私の性格が王妃には向いていないと判断され、リシャール様と婚約する事になった。
 初めてリシャール様にお逢いした時、言葉もなく見惚れてしまった。
 柔らかな巻き毛の金髪と、晴れ渡った空のような青い瞳がとても印象的だった。
 口数が少ないけれど、リシャール様は優しい方だ。
 年に数えるほどしか逢えなかったけれど、知れば知るほどリシャール様のわかり辛い優しさに気づけるようになった。
 私が手紙を書けば、必ず返事を下さって、お逢いした時も無口ではあっても、私の話した事をきちんと覚えてくださっていた。
 誕生日や新年のお祝いの品で、私の話や手紙を心に留めて下さっていることが伝わってきた。
 いつだって、その時の私が欲しいものをリシャール様は贈ってくださった。

 政略だけど、もうずっと前から私はリシャール様を愛している。
 あの方の伴侶になれることをとても幸せだと思っていたし、リシャール様のためならどんな努力だってできた。
 公爵家に相応しい女性になれるように、礼儀作法も勉強も社交もすべて頑張ってきた。

 それなのに、今更、こんな記憶はいらなかった。
 リシャール様を奪われてしまうかもしれない、そう思うだけで胸が張り裂けそうになる。
 手を伸ばせば、当然のように触れることのできたリシャール様が、他の人のものになるなんて耐えられない。
 もっと早く思い出していれば、リシャール様に愛していただけるように、もっともっと努力したのに。
 愛を育むのは伴侶になってからで十分だと思っていた。
 結婚ではなく婚約なのに、壊れる事なんて考えた事もなかった。
 リシャール様の瞳に浮かぶのが親愛の情でしかないことには、随分前に気づいていたのに。

 どうしたらいいんだろう?
 リシャール様を失いたくない。
 窓の下、中庭で、あまり笑うことのないリシャール様が笑顔を見せた瞬間、耐え切れずにその場を歩き去った。


「お嬢様、どうなさったのです? お顔の色がよくありませんわ」

 学園内の自室に何とか辿り着いたけれど、顔は強ばったままのようで、侍女のコレットに酷く心配されてしまった。
 私よりも二つ年上なだけのコレットは乳兄弟でもあって、隠し事はできない。
 けれど、前世の記憶なんて話をできるはずもない。


「何でもないわ。少し疲れたみたいだから、今日はもう休みたいの」


 とても食欲などないし、眠れるかどうかも怪しいけれど、ベッドに入って休みたい。
 物問いたげにしていても、私が何も話さないだろうということはわかってくれたのか、コレットは黙って着替えを手伝ってくれる。


「何かありましたら、いつでもお呼びください」


 丁寧に一礼してコレットが下がってから、ベッドに入る。
 柔らかな枕に頭を預けて目を閉じると、ずっと我慢していた涙が溢れた。
 まだ、リシャール様の気持ちもわからないのに、不安がって泣いても仕方がないと思うのだけど、涙が止まらない。
 枕に顔を伏せて、声を殺して泣き続けた。

 目が腫れるほど泣いて、少し落ち着いてから、これからどうするべきなんだろうと考えた。
 前世の記憶によれば、攻略対象はリシャール様だけではない。
 それこそ、王太子殿下やリシャール様の家とはライバル関係にある侯爵家の子息や、王太子殿下の護衛騎士、魔術理論の先生と、わかっているだけでも4人いる。
 この他にも隠しキャラというのもいるらしいのだけど、前世の私はそこまで攻略していなかったようだ。
 他にも攻略キャラがいるのなら、まだ嘆くには早いかもしれない。
 それに、もし、リシャール様が彼女を愛してしまうにしても、まだ時間はあるはずだ。
 リシャール様は、そんなに簡単に他人を心の内に入れてしまう人ではない。
 慎重で思慮深い方だ。
 最悪の場合でも、まだもう少しは時間が残されているはず。
 それならば、私にできることは一つだけ。
 精一杯愛そう。
 一生分、心からの想いをリシャール様に告げよう。
 家など関係なく、ただリシャール様を愛しているのだと、せめて覚えていてもらいたい。
 私にできることは、ただ心のままにリシャール様を愛する事だけなのだと思ったら、悲しい気持ちは吹き飛んでしまった。

 ベルを鳴らしてコレットを呼ぶ。
 まずは、腫れてしまった目を何とかしてもらわなければ。
 明日もいつも通りにリシャール様に逢いに行くのだ。
 そして、思う存分、伝えられるうちに想いを伝えようと思った。





 最近、私の婚約者がおかしい。
 月の女神にも譬えられる清雅で美しい姿に、大人しく慎ましやかな性格、私にはもったいないような素晴らしい淑女である彼女が、最近は、とにかく可愛らしいのだ。
 この上もなく愛しい者を見るように私を見て、恥じらいながらも事あるごとに「大好きです」と伝えてくるようになり、今までとはまた違う彼女の魅力にやられっぱなしだ。
 政略とはいえ、幼い頃からの婚約者である彼女に対する想いは、妹を思うようなものだと思っていた。
 けれど、違ったようだ。
 心のどこかでずっと、彼女は私のものだと、私だけのものだと思っていた。
 花開くように可憐に微笑む彼女の瞳に写るのは、私だけであって欲しい。いつしか、強くそう思うようになっていた。


「大好きです、リシャール様」


 甘い微笑みと共に今日も告げられる言葉。
 最近、この言葉を聞くと、心がそわそわとして落ち着かない。


「アリサ、もう完敗だ。そんなにストレートに愛を告げられては、理性が保てない。今夜にも君の父上に手紙を書くことにするから、夏の長期休暇には結婚しよう。とても卒業まで待てそうにない。早く君を妻にしたい」


 公爵家と侯爵家の結婚ともなると、時間を掛けて用意するものだが、元々婚約はしていたのだから、ある程度の準備は整っている。
 本来なら、卒業後にしかるべき準備をしてから娶る予定ではあったけれど、そうすると一年以上待たなければならない。
 とてもそんなに待っていられない。
 将来、妻になるのはわかっていたはずなのに、どうしてなのか、アリサは信じられないといった様子で涙を零し、言葉の意味を推し量るように私を見た。


「本当に私でよろしいのですか?」


 涙を零しながら、確認するように問われて、婚約者であるというのに何故そんなことを問われるのかわからず、首を傾げてしまう。


「アリサ以外に誰がいる? 私の伴侶となるのはアリサだけだ」


 アリサ以外の女性と結婚する事など、一度も考えた事がない。
 妹のようだと思いはしても、無意識に唯一の女性だと定めてはいたのだろう。


「そのように泣くな。急ぎすぎるのは嫌か? たった一度きりの式だ。ゆっくり準備に時間を掛けたいのなら、卒業まで待つから、泣かないでくれ」


 壊れ物に手をのばすように、そっと華奢な体を抱きしめた。
 婚約者とはいえ、節度のある付き合いが求められる。
 考えたくもないが、婚約破棄となった時に、純潔が尊ばれる貴族の結婚に支障がないように、人目がないところでもこうして触れ合う事は禁忌とされている。
 だから、幼い頃ならばともかく、ある程度の年になってからこうして彼女を抱きしめたのは初めてだ。
 ダンスの時よりももっと近い距離で感じる香りや温もり。
 頬を赤らめながらも、素直に体を預けてくれるアリサが愛しい。
 こうして触れてみて、彼女を心から愛しているのだと強く実感した。
 婚約者だからではなく、アリサだから妻にしたいと思うのだ。


「私も、早く、リシャール様の妻になりたいです。私も父に手紙でお願いします」


 指先で涙を拭うと、零れる甘い微笑みに目を奪われた。
 赤くなった目元に口づけ、衝動を誤魔化すようにきつく抱きしめる。
 私の婚約者は、どこまで美しく、可愛らしくなってしまうのだ。
 これでは神経がもたない。


 後日、アリサが伯爵家の令嬢にやきもちを妬いていたことを聞いた。
 中庭で彼女と談笑する私を見かけたそうだ。
 そういえばそんなこともあったような気がするが、どんな話をしたのかはよく覚えていない。
 アリサを褒められて、嬉しくなったのだけは辛うじて覚えている。
 やきもちを焼いて、精一杯想いを伝えようと努力する事にしたと聞いて、あまりの可愛らしさに悶絶させられた。
 危うく、彼女をそのまま寝室に連れ込みそうになり、従者に叱られたのも、今となってはいい思い出だ。

 私とアリサは夏の長期休暇に結婚した。
 その後、学園初の学生結婚をしたカップルとして、学園史に名を残すことになる。


空気だったヒロイン:前世の記憶ありな肉食系女子。リシャールは脈なしで草食に見えたので、攻略対象から外しました。元々、あまり好きなタイプではなかった。

リシャール:隠れ肉食系鈍感男子。可愛い妹のようなと思っていたときから、心の中では『うちの婚約者が一番』と思っていた。ゲームのリシャールは、ヒロインにだけ心を開く無口な人間不信キャラ。現実では愛の篭った手紙を幼い頃から送られ続け、人間不信になる隙がなかった。

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