断章Ⅵ「ある日の江口弘樹」
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名、企業名等はすべて架空のものです。実在のいかなる存在とも関係ありません。
※ この話は、江口弘樹の一人称視点で描かれています。十一月のある平日、振り分けマネージャーの平凡な一日です。
※ 時系列:第56話と第57話の間、十一月の中頃。
朝六時。
目覚ましの音。スマホのいちばん安いアラーム音、ピ、ピ、ピ。
止めた。
布団の中で五分、目を閉じていた。
起きるのが毎朝辛い。
四十六歳。入社十九年目。受託開発部・チームBのマネージャー。マンションの寝室の布団はもう五年使っている。妻と並んで布団を二つ。上の子は大学三年で東京の私立大学の寮にいる。下の子も今年の春に大学へ出て、家にはもう妻と二人きりだ。子供たちの部屋は二つとも、しんと静まっている。
布団から出た。
パジャマの上に薄い半纏を軽く羽織った。
台所のほうへ降りた。
台所の電気をつけた。
妻はもう起きていた。コンロの前で味噌汁を温め直している。テーブルの上には、二人分の朝食の支度が半分並んでいた。
「おはよう」
「おはよう」
妻の声はいつも通り低めの、ぱきっとした声。結婚して二十年。声の温度は長い見守りのぬくもりだった。
テーブルの席に座った。
新聞はもう、玄関の郵便受けから妻が取り込んでくれていた。テーブルの右側に地方紙が一部、それから競馬新聞が一部、丁寧に重ねてあった。
競馬新聞について妻は何も言わなかった。
ここ五年くらい、競馬新聞をふつうに家に持ち込んでいる。最初の頃、妻は軽く目でいやな顔をした。けれど私の生活の中で、競馬新聞だけが夜のパチンコよりまだ「軽い趣味」のほうに見えたらしい。最近は何も言わない。
競馬新聞を広げた。
今週末、土曜日の京都の十一レース。十一月中頃の重賞のひとつ。出走馬は十六頭。
ペンを握った。三色ボールペンの青のほう。
予想を書き始めた。
本命、五番、テイオウシルバー。三歳牡馬、芝の千八百が得意。前走で二着。
対抗、八番、サクラブレーカー。四歳、芝の二千が得意。前走で三着。
単穴、二番、ミクロネシアン。古馬、芝、距離は未知数。
三色ボールペンの青で〇△▲を軽く書いた。
書きながらちょっと口の端が軽く上がった。
毎週土曜日と日曜日が、私の中でいちばん生き生きしている時間だった。月曜から金曜までの、機嫌の波が薄い無関心な振り分けの仕事の毎日。土日のレース予想の、緻密で勝てそうな数字の遊び。二つの輪郭は私の中で別々の温度で置かれていた。
「お父さん」
妻が後ろから軽く声をかけた。
「うん」
「今日も会社?」
「うん」
短いやりとり。妻は私の会社の話をもうほとんど聞かない。最初の十年はよく聞いてくれた。当時の上司の悪口を私がぼそぼそ言うのを、ちゃんと聞いてくれた。十二、三年目で私は悪口を言うのをやめた。代わりに競馬の予想の話を、ぽつぽつと夕食のときに置くようになった。妻は競馬の話には軽く頷くだけだった。聞きたいのとも違う、聞きたくないのとも違う、ちょうど中間の頷きだった。
会社の話を夫婦でしなくなって、もう八年。
悪くはない。
悪くはないが、ふとぼんやり寂しいときがある。
味噌汁をひとくち口に運んだ。豆腐と油揚げ。妻のいつものやつ。温かい。温かさの中で寂しさのかたちが軽く薄まった。
七時十五分。家を出た。
桜並木通り、十一月中頃。紅葉がもうほとんど落ちかけていた。地面に茶色い葉が薄く積もっている。
バス停まで五分歩いた。
通勤バス。会社の最寄りまで二十五分。
バスの中で座席に座れた。今朝は座れた日だ。座れなかった日は機嫌の波が軽く下に傾く。座れた日は傾きがたぶん半段、下に寄らない。
窓の外を桜並木通りの紅葉が流れた。
目を軽く閉じた。
眠るというよりは、考えごとをしないようにする時間だった。
考えごとはしないほうが、たぶん楽だった。
八時半。出社。
ヨキエル株式会社の三階フロア。チームBの島。
自分の机に座った。
PCを起動した。
社内Slackを開いた。
未読、二十二件。今朝のうちに片付けないとならない数だった。
最初に、案件の振り分けの依頼が五件来ていた。
お客様A社からの、機能追加の見積もり依頼。これは沢田さんに振った。Aの担当はずっと沢田さんだ。
お客様B社からの、システム障害の調査依頼。これは丸山くんに振った。Bの担当はもともと葉山さんと丸山くんの二人だった。葉山さんが十一月にパッケージ事業チームに移ったから、いまは丸山くん一人。
お客様C社からの、新規案件の打ち合わせ設定依頼。これは沢田さんに振った。中堅エンジニアの沢田さん。チームBの中でいちばんお客様対応が安定している人。
残りの二件は社内向け、私が自分で対応する案件だった。
振り分けの作業は二十分くらいで終わった。
Slackでそれぞれの担当者にぱりとメッセージを置いた。
「沢田さん、Aの機能追加、見積もり、お願いします」
「丸山くん、Bの障害調査、お願いします」
「沢田さん、Cの打ち合わせ設定、お願いします」
メッセージは短くまっすぐ。中身はリンクと案件番号と優先度。中身以外の雑談はない。
……俺は判断しない。
胸の奥で軽く言った。
判断は現場の若手がする。これは入社十年目あたりから私が自分の中に置いた生き方だった。判断する人は、その判断の結果を引き受けないといけない。引き受けるのはしんどい。だから判断は現場に任せる。
最初の頃はそれが私の中で後ろめたかった。後ろめたさを十年かけてゆっくり薄めていった。薄めるのは難しくはなかった。薄めると、毎日の朝が少し楽になった。
いまはほとんど薄れている。
ほとんど、というのはゼロではないということだった。
九時半。1on1の予定が入っていた。
今日は丸山くんとの1on1。月に一度の三十分の枠。
第二会議室。
丸山くんが先に座っていた。
「お疲れさまっす」
「うん、お疲れ」
軽く頭を下げて、私は丸山くんの正面に座った。
「今月、どう」
「Bの障害調査、いま原因切り分け中っす。あと新規の物流案件の打ち合わせ、明日お客様先っす」
「うん」
「先月の半期評価、Aでした。ありがとうございました」
「うん、よかった」
半期評価のAは私が決めたわけではなく、上の部長が丸山くんの仕事ぶりを評価して決めた。私はただ丸山くんの月次の報告書を上に転送しただけだった。
丸山くんはそれでも私に「ありがとう」と口に出した。
……ありがとう、と言わせている。
内心で軽く漏らした。
私は丸山くんにありがとうと言われるほどのことを何もしていない。それでも丸山くんは軽く口にした。たぶん彼の中で、私は「マネージャー」という肩書きの、形式上の感謝の対象なのだろう。
「困ったこと、ある?」
私のいつもの1on1の最初の問いだった。
「いえ、特にないっす」
「うん」
「葉山さんが抜けてBの島はちょっと薄いっすけど、それはもう慣れたっす」
「うん」
「沢田さんが最近ちょっとお客様対応で忙しそうっすけど」
丸山くんが軽く口にした。
……沢田さん、限界、近い。
そう胸の内に置いた。
沢田さんは葉山さんの抜けたあとのお客様対応のなかばを引き受けている。半分はもともと彼の担当だった。残りのなかばのいくらかは、私が本来は引き受けるべきお客様対応だった。私はその引き受けるべき部分を沢田さんにふっと流していた。
沢田さんは何も言わない。
言わないから私は流し続けている。
……まずい、たぶん。
もう一度、胸の内で言った。
でもその「まずい」もたぶん、十年かけてゆっくり薄めてきた後ろめたさのほうに似ていた。薄めると楽になる。
「沢田さん、大丈夫だよ。彼はベテラン」
私は丸山くんにそう口にした。
「はい」
丸山くんは軽く頷いた。頷きの中に、ほんの少し納得していない薄い表情が混ざっていた。
……気づいたか。
胸の奥で思った。
丸山くんは運送会社で七年、現場の人と長く付き合ってきた人だった。人の表情の中に、本物の納得と形式的な納得を見分ける力は、たぶん私よりずっと強い。
「他にある?」
「いえ、特に」
「うん。じゃあ、よろしく」
「はい、よろしくお願いしますっす」
1on1は十二分で終わった。三十分の枠の半分以下。
丸山くんは軽く頭を下げて第二会議室を出ていった。
私はしばらく椅子に座っていた。
窓の外、十一月の桜並木通りの紅葉が薄く見えた。
……葉山が異動した時の面談、思い出した。
ふっと別の像が胸に浮かんだ。
葉山美月。
二年目の十一月、パッケージ事業チームに異動。
異動の前に人事の沢田五郎との面談で葉山が何を話したかは、私は後で人事から軽く伝えられた。
「江口マネージャーの下では、私は育たないと思います」
その一行を葉山は沢田五郎の前で口にしたらしい。
人事の沢田五郎は私に「江口さん、葉山さんの異動希望は認める方向で進めます。マネジメントについて、別途外部研修の話を持っていきます」と伝えてくれた。
外部研修の話というのは、たぶん遠野CTOが最近力を入れ始めているマネージャー研修のこと。江口、大沢、牧野、それぞれに外部の講師からフィードバックをもらえる機会を用意する、という話。
……「江口マネージャーの下では、私は育たない」。
その一行を内心でもう一度撫でた。
怒りは出てこなかった。
悲しみもなかばくらいしか出てこなかった。
残りは「たぶん、そうだ」という薄い納得だった。
昼休み。
席でコンビニのおにぎりを二つ食べた。鮭と昆布。
おにぎりを食べながら、机の引き出しから競馬新聞を出した。今朝の朝食のときにボールペンで予想を書き込んだ新聞だ。
広げて、午後の業務開始までもう一度予想を読み返した。
本命の五番、テイオウシルバー。
血統表をもう一度確認した。父親は芝の千八百が得意な種牡馬。母親も芝の中距離が得意だった。配合は悪くない。
調教の時計も悪くない。
馬体重も安定している。
……勝てる、たぶん。
胸の内で軽くつぶやいた。
勝てそうな予想を書き込んでいる時間が、いちばん楽しい時間だった。
書類の山に競馬新聞をふっと紛れ込ませそうになって、慌てて引き出しに戻した。
Slackで若手からのちょっとした技術質問が二つ来ていた。
「江口さん、本番リリースの判断、これでいいですか」
「江口さん、お客様への返信、これでいいですか」
二つとも私はこう返した。
「うん、現場で判断して、お願い」
「うん、その内容でいいんじゃない」
判断はしない。
現場に任せる。
返信は五秒。
……五秒の返信は楽。
胸の奥で言った。
判断する返信はたぶん三十分考えないと書けない。三十分かける気力は、もう私の中にない。
午後。
部長への月次報告書のドラフトを書いた。
チームBの今月の業績。
受注二件。納品三件。障害一件(軽微、復旧二時間)。
メンバーの動き。
沢田さん、A案件、進行中。C案件、新規打ち合わせ。
丸山くん、B案件、障害調査、進行中、半期評価A、評価コメント、転送済み。
葉山さん、十一月、パッケージ事業チーム、異動。
三行。
三行を書いて、私はしばらく画面を見ていた。
葉山さんが抜けて、チームBは三人から二人になっていた。二人のうち、仕事を多く引き受けているのは、たぶん沢田さん。丸山くんが、そのあとを追いかけている。
沢田さんの仕事量をたぶん上の部長にちゃんと書いたほうがいい。書けばたぶん来期、新しい人をチームBに入れてもらえる可能性が出てくる。
書こうかと思った。
書こうかと思って、ペンが止まった。
書くと、私の中の振り分けの仕事の量がほんの少し増える。新しい人を入れる、というのはその人のOJTを誰かが引き受けないとならない。チームBの中でOJTを引き受けるのは、たぶん私か沢田さん。沢田さんはもう限界。私は引き受けたくない。隣のチームAの立花さんの顔がふっと浮かんだ。飲みの席ではよく気の合う、あの立花さん。チームも違うし、あの人はそもそも引き受けない側の人だ。
書くと、自分で引き受けないとならなくなる可能性が薄くある。
書かないと何も変わらない。
……書かない、たぶん。
内心で軽くつぶやいた。
書かないと決めて、報告書のドラフトを三行のまま上の部長に送信した。
送信した瞬間、ふっとほんの一瞬だけ後ろめたさが薄く立った。
立った後ろめたさを、十年かけて磨いた薄める技術でゆっくり薄めた。
薄めると楽になった。
午後三時。
報告書、送信、完了。
午後四時。
別の若手からのSlackの質問。
「江口さん、お客様先で想定外の要件が追加で出てきました。受けるか断るか、判断してもらえますか」
その質問は五秒では返せない種類の質問だった。判断がはっきり要る種類の問いだった。
私はしばらく画面を見ていた。
受けると判断したら、リソースが追加で要る。要るリソースを私が上に交渉しないとならない。
断ると判断したら、お客様との関係が薄く悪くなる。お客様への説明を私が対応しないとならない。
どっちも私の手間が増える種類の判断だった。
私はしばらく画面を見てこう返した。
「うん、現場で判断、お願い。あとで報告もらえる?」
送信した。
送信した瞬間、若手からの返信はまだ来なかった。たぶん若手は私の返信を読んで、しばらく自分のところで判断を考えないといけない種類の状況に置かれた。
……判断を若手に押しつけた。
胸の内で軽くつぶやいた。
押しつけた、という言葉は、私の中でふっと長く置かれた。
長く置かれた一拍だけ、別の問いがふっと立った。
……俺は、薄めることで、何を守っているんだろう。
ほんの一瞬、そう置かれた。机の上の競馬新聞の角がふっと視界の端に入って、その問いのかたちはすぐに引いた。
……まあ、こんなもんだ。
いつもの一行が、すぐに上から重なった。
長く置かれたあとに、十年かけて磨いた薄める技術でゆっくり薄めた。
薄めると楽になった。
楽になるたびに、私の中の何かがたぶんほんの少しずつ削れていく。
削れていることを、私は知っている。
知っているけれど、楽になるほうを選んでしまう。
……たぶんこれが、燃え尽きの別の名前。
胸の奥で思った。
古川くん、とふと別の名前が浮かんだ。
チームAの古川真治、三十四歳、中堅エンジニア。私の後輩というよりはもう少し下の世代。
古川くんは、私と似たような薄める技術を五年くらい遅れて身につけ始めているらしかった。
古川くんを見ていると、私は自分の十年後ではなく自分の十年前を思い出す。
……十年前の俺、まだ判断してた。
心の中でつぶやいた。
三十五歳の頃の自分はまだ判断していた。お客様への返信を三十分かけて考えていた。若手からの質問に軽く自分の意見を添えて返していた。
その時期の自分の机の上に、競馬新聞はまだ置かれていなかった。
競馬新聞が自分の机の引き出しにふっと入り込み始めたのは、四十歳の頃。
その頃には、薄める技術はもう一段磨かれていた。
薄める技術を磨くと、競馬新聞の幅が机の引き出しの中で少しずつ広くなった。
午後六時半。
退社時刻。
ヨキエルの定時は十八時。チームBはほとんど定時で上がる文化。私もふつう十八時半までにはPCを閉じる。
PCを閉じた。
鞄に競馬新聞と地方紙とペンケースを入れた。
フロアの電気はまだ半分ついていた。チームAのほうの島に、白瀬さんと桐谷くんが残って何か画面を見ていた。たぶんリードタイムの集計か何か。
桐谷くん、と私の中で薄く名前が置かれた。
桐谷蒼太、二年目、チームA。諏訪さんが丁寧に育てている若手。
九月の本番障害のあと、たぶんいちばんしんどい時期を潜った若手。
チームAは私のチームBとは別の島だった。私は桐谷くんに業務上ほとんど関わらなかった。
関わらなかったから、私は彼の姿を半径3メートルの外からぼんやり眺めていた。
諏訪さんは桐谷くんを丁寧に見ていた。
白瀬さんも桐谷くんを丁寧に見ていた。
間宮くんもたぶん桐谷くんを丁寧に見ていた。
……あの若手の周りに、ちゃんと本物の先輩がいる。
内心で軽くつぶやいた。
その「ちゃんと本物の先輩がいる」という事実は、私の中でふっと半分の安心と半分の苦しさを置いた。
安心というのは、ヨキエルの中にまだ丁寧に若手を育てる人がちゃんと複数いる、という安心。
苦しさというのは、私がその「丁寧に若手を育てる人」の中に入っていない、という苦しさ。
苦しさを、十年かけて磨いた薄める技術でゆっくり薄めた。
薄めると楽になった。
楽になってフロアを出た。
退社後。
駅前のいつものパチンコ屋。
ヨキエルから徒歩十分。
入り口の自動ドアがすっと開いた。
店内の騒音と煙草の煙と光の輪が、ふっと私の顔の前で混ざった。
なじみの店員に軽く頭を下げた。
いつもの台の前に座った。
台の名前は毎月変わる。けれど私はいつも、店の入り口から数えて左から三番目の、いちばん奥の台に座る。場所は変わらない。
千円札を五枚入れた。
玉が出てきた。
台のレバーを軽く握った。
玉を打ち始めた。
最初の三十分はふつう。負けず勝たず。
次の三十分は軽く負け。
最後の三十分は深く負け。
一時間半、立ち上がった時、財布の中は一万円薄くなっていた。
……一万円、負けた。
胸の内で軽くつぶやいた。
一万円は私の月の小遣いの十分の一。妻には後でぼんやり言わなくても、たぶん知られている。妻は競馬とパチンコの私の月の収支をぼんやり知っている。知っているけれど、もう何も言わない。
言わなくなって、もう五年。
悪くはない。
悪くはないが、ふとぼんやり寂しいときがある。
午後九時半。
自宅に戻った。
玄関の電気がついていた。
「ただいま」
「おかえり」
妻の声はいつものぱりとした低めの声だった。
台所の電気の下。妻はテーブルの向こうでニュースを見ていた。
「今日、勝った?」
「ちょっと」
ちょっと、というのは、私たち夫婦の中で「軽く負け」を意味する長い暗黙の符号だった。妻はその符号を軽く受け取って頷いた。
「ご飯、ある?」
「うん、あるよ。温めた」
「うん、ありがとう」
テーブルに座った。
味噌汁とご飯と焼き魚と青菜のおひたし。
ひとくち口に運んだ。
温かさが口の中でふっとほどけた。
ほどけた温かさの中に、かすかに寂しさの輪郭がまた立った。
……あの感じ、最近よく立つ。
胸の奥でつぶやいた。
四十六歳。
残りの会社員人生、たぶん十四年。
その十四年で、私はたぶんいまの薄める技術をもう一段磨いていく。磨いた先に、私の机の上の競馬新聞の幅はもう少し広くなる。
もう少し広くなった先に、私の輪郭はたぶんほとんど消えていく。
消えていく、という言葉はふっと私の中で長く置かれた。
長く置かれたあとに、十年かけて磨いた薄める技術でゆっくり薄めた。
薄めると楽になった。
午後十時半。
風呂に入った。
湯船に肩まで浸かった。
天井をぼんやり見上げた。
天井の隅の薄いカビ。十年以上消えない薄いカビ。
「俺、何してるんだろうな」
ふっと声に出した。
声は湯船の水面に軽く落ちた。
水面のかたちが軽く揺れた。
揺れの中に、寂しさの輪郭がふっと長く立った。
……でも、明日も同じ朝が来る。
内心で軽くつぶやいた。
来る朝はたぶん今朝と同じ。布団から起きるのが辛い。台所で競馬新聞を広げる。バスで座席に座れたら機嫌の波が半段、下に寄らない。出社して振り分けの五件のメッセージを淡々と送る。1on1で若手の話を軽く聞き流す。判断の依頼を若手に押しつける。退社してパチンコ屋で千円札を五枚入れる。一万円薄く負ける。帰宅して妻の味噌汁をひとくち口に運ぶ。
毎日、同じ朝。
同じ朝がもう十年続いている。
あとたぶん十四年続く。
続く朝の中で、私はたぶんいまの薄める技術をもう一段磨いていく。
湯船から出た。
タオルで軽く体を拭いた。
寝室に戻った。
妻はすでに布団の中に入っていた。
軽く目を閉じている。
私も布団に入った。
布団の中で目を軽く閉じた。
暗闇の中で、ふっとひとつ像が立った。
二十二歳の頃の自分の顔。
新卒で東京のSIerに入った頃の自分。
当時の自分はまだ判断していた。お客様への返信を三十分かけて考えていた。当時の上司はいまの私とは違って、ちゃんと判断する人だった。当時の上司の名前は、もう十年以上口に出していなかった。
二十二歳の自分の顔の像は、暗闇の中でかすかに立ったあと、ふっと消えた。
消えたあとに寝息の音がゆっくり私の中で立ち始めた。
眠りの輪郭がゆっくり近づいてきた。
明日も同じ朝が来る。
来る朝の前に、私は布団の中で軽く目を閉じた。
寝る前のいちばん最後の、心の中の一行。
ふっと出てきた。
……俺、何してるんだろうな。
その一行は湯船で口にした一行と同じ形だった。
形は同じだったけれど、口にした時と胸の内で置いた時の温度は半分くらい違っていた。湯船で口にしたほうは軽くぱきっとしていた。胸の奥で置いたほうは低く湿っていた。
湿った熱の中で、私はゆっくり眠りに落ちた。
窓の外、十一月の夜気。
桜並木通りの紅葉は、もうほとんど地面に落ちていた。地面の色は茶色く湿っている。茶色の湿りの中で、寝室の窓の外の街灯の光が薄く揺れていた。
その揺れの中で、私は明日の朝までの数時間を、布団の中でゆっくり過ごした。




