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新卒エンジニア、観察ノートを開く(中巻) 両輪を、回す  作者: 音無 凪


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第41話「赤坂先輩の異動」

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名、企業名等はすべて架空のものです。実在のいかなる存在とも関係ありません。

 七月の第二週、月曜日の朝。


 社内SlackのチームAの全体チャンネルに、赤坂先輩から一段、長めの投稿が流れた。


「皆様、お疲れさまです。来月、八月一日付で自社サービス事業チームへ異動することになりました。チームAでは本当にお世話になりました。残りの三週間、引き継ぎ、丁寧にやります。よろしくお願いします」


 絵文字はいつもの赤坂先輩らしく三つ。お辞儀の絵文字、ハートの絵文字、桜の絵文字。


 投稿にすぐ、複数のスタンプがついた。


 諏訪マネージャーからお辞儀のスタンプ。


 立花先輩からハートのスタンプと「お疲れさま!」のスタンプ二つ重ね。


 古川先輩からは、何もついていなかった。


 白瀬さんからは、お辞儀の絵文字ひとつ。


 森山くんが僕の机のほうを、ちらっと見た。


「桐谷さん、赤坂先輩、異動なのですか」


「うん、自社サービス事業チーム」


「自社サービス、というと」


「ヨキエル社内で開発してる、自社のSaaSプロダクトのほう。受託案件と、別」


「あ」


「赤坂先輩はもともと、受託の保守の人。自社サービスのほうでは、たぶん新規機能のお客様向け窓口とか、そのへんの仕事」


「桐谷さん、赤坂先輩のこと、結構ご存じなのですね」


「いや、ふつうだよ」


 森山くんは首を半分傾げて、自分のMacBookの画面に視線を戻した。


 ……ふつうだよ、の語尾、ちょっと雑だったかもしれない。


 心の中で僕は、自分の答えを一瞬振り返った。


 赤坂先輩のことを、僕はふつうでは知らなかった。


 ふつうより少し、余分に見ていた。


 赤坂先輩は僕にとって一年目の半ば、本物の優しさと偽物の優しさの境目を、最初に確かめさせてくれた相手だった。


 その確認作業を、僕はノートの裏側で一年前から続けていた。


 


 赤坂先輩の異動はたぶん本人の希望、と聞いた。


 昼休み、休憩スペースで、丸山くんと立ち話をした。


「赤坂先輩、自分で希望出したらしいっす」


「自社サービス?」


「うん。いま、自社サービスのほう、人手、足りてないから、社内公募、出てたっす」


「ああ」


「赤坂先輩、社内公募、結構前から見てたらしいっすよ。Slackで自社サービス事業チームの牧野マネージャーの投稿に、いつもいいね、つけてたっすから」


「丸山くん、よく見てるね」


「いや、たまたまっす」


 たまたま、と丸山くんが言うときは、たいていたまたまではなかった。


 丸山くんはたぶん運送会社時代の癖で、人の動きのちょっとした方向を、自分でも気づかないうちに毎日、視野の端で束ねていた。「コーヒーカップ、机にどん、って置いたら、もう駄目っす」と、いつかの飲み会で軽く言った、あの感じが丸山くんの観察のいちばんの地金だった。


「赤坂先輩、自社サービスのほう、合いそう?」


「うーん、半分合うっすね、と半分合わないっすね、と両方」


「両方?」


「赤坂先輩、人当たりいいから、お客様窓口、向いてるっす」


「うん」


「でも自社サービスは、プロダクトの中身、もう少し自分で踏み込まないといけない場面、ありそうっす」


「うん」


「赤坂先輩、踏み込みはたぶん得意なほうでは、ないっす」


「丸山くん、その判定、結構ちゃんと見えてる」


「ま、本人が選んだ道っす。応援っすよ」


 丸山くんはそれだけ言って、コーヒーの紙コップをもう一口飲んだ。


 丸山くんの「応援っす」の音はいつもぶっきらぼうだったけれど、その中の温度はたぶんまあまあ、まっすぐだった。


 


 送別会は七月の最終金曜日、駅前の居酒屋「かいかん」の別の座敷で開かれた。


 チームAから十二人。


 諏訪マネージャー、立花先輩、白瀬さん、古川先輩、僕、ほかの中堅・若手数名、それと新人の森山くん。


 森山くんは入社三ヶ月で、初めてのこういう改まった送別会の席に、ぎこちなく座っていた。お通しの煮物に、半分手をつけて、半分つけかねていた。


「森山くん、お通し、好きな順にいいよ。ぜんぶ食べなくていい」


 諏訪マネージャーが、いつもの落ち着いた声で軽く声をかけた。


「あ、ありがとうございます」


 森山くんがちょっと、肩の力を抜いた。


 諏訪さんはそういう短い声かけが、いつもぴたっと上手かった。


 


 乾杯のあと、十五分くらいで、赤坂先輩はほろりと酔いの色を出し始めた。


 いつもより声の角度が開いていた。頬の赤みも強かった。


「いやぁ、皆、ほんとお疲れさま。俺、ここのチーム、楽しかったよなぁ」


「赤坂さん、お疲れさまです」


 立花先輩がすぐに軽く応えた。


「立花、お前もいつもチーム、盛り上げてくれてありがとうな」


「いえいえ、赤坂さんこそ」


 立花先輩と赤坂先輩の二人の、お互いの「いつも」をお互いに確認し合う、いつもの儀式が座敷の中央で流れた。


 白瀬さんは座敷の端のほうで静かに、日本酒の冷をちびりちびりと飲んでいた。


 古川先輩は座敷の反対の端で、枝豆をもう五分くらい、同じ三粒だけぼーっと見ていた。


 古川先輩の前のジョッキは、半分減ったところで止まっていた。


 諏訪マネージャーはいちばん奥の壁際で、ノンアルコールビールをひとくちずつ飲んでいた。


 赤坂先輩はジョッキを、軽くテーブルの上で傾けた。


「桐谷くん、君も最近だんだん、仕事、できるようになってきたよなぁ」


「あ、ありがとうございます」


 僕はできるだけまっすぐ、頭を下げた。


 頭を下げながら、僕は赤坂先輩の「だんだん」の言葉の、いつもの軽さを確かめた。


 その「だんだん」はたぶん半分、本気で、半分座の空気の潤滑油だった。


 ……ありがとうございます、の角度、ちょっと薄めでいい。


 心の中で僕は、自分の声の高さを半段下げた。


 一年前の僕なら、たぶん赤坂先輩の「だんだん」にもっとはっきりした嬉しさをにじませていた。


 今日の僕は半段、薄めた。


 薄めたことの、ぎりぎりの節度を、僕は自分なりに量った。


 完全に冷たくするのは違う。完全に嬉しくするのも違う。半段、薄めて平らに置く。


 その半段の薄め方が、今日の赤坂先輩への、僕の節度のいちばんの形だった。


 


「俺はやっぱり、好かれる先輩、だっただろ?」


 赤坂先輩はジョッキをもう一度傾けて、軽く笑った。


 誰にも聞いてはいない、けれど誰かに聞いている、不思議な角度のつぶやき方だった。


「もちろんですよ、赤坂さん」


 立花先輩が軽く受けた。


「赤坂さん、いつも後輩、ご飯、誘ってくれましたもんね」


「あー、それな、俺のいちばんの趣味だったんだよ。後輩、誘って、奢って、笑わせる、っていう」


「いいですよね、ほんと」


 立花先輩のリアクションが、いつもの立花先輩の温度で続いた。


 ……「好かれる先輩」、自分で言うのですか。


 心の中で僕はぼそりと、ツッコミを入れた。


 いつもの、僕の中の(……)が、その瞬間ぼそっと出た。


 その(……)を、僕は外に出さなかった。


 今日の僕は、外に出さないほうを選んだ。


 外に出さなかったけれど、その(……)はたぶん僕のノートの、後で書く一行の下書きになる。


 


 赤坂先輩はジョッキをもう一杯追加して続けた。


「皆、ほんといつも俺のこと立ててくれて、感謝してるんだよ。だから自社サービスのほうでも俺、頑張るからな」


「赤坂さんなら絶対、向こうでも人気者っす」


 丸山くんが座敷の端のほうから、軽く合いの手を入れた。


「丸山くん、ありがとう。お前もなかなかいい奴だよなぁ」


「いえいえ、自分はふつうの、っす」


 丸山くんの「ふつうの、っす」の中の半分の軽い距離を、たぶん赤坂先輩は感じ取っていなかった。


 丸山くんは丸山くんなりに、ちゃんと一歩距離を置いていた。


 葉山さんがいたら、たぶんもっと別の距離の置き方をしていた。葉山さんは今日この席にはいない。葉山さんはチームBで、赤坂先輩とは最初から関係の線が薄かった。


 


 古川先輩はずっと枝豆の三粒を、ぼーっと見ていた。


 ジョッキは四分の三、残ったままだった。


 赤坂先輩は座敷の端から、古川先輩のほうをふと見た。


「古川さん、ご無沙汰っす」


 赤坂先輩は立花先輩には届かない種類の声で、古川先輩に声をかけた。


「うん」


 古川先輩はそれだけ答えた。


「俺、向こう行っても、またたまには誘ってもらえると嬉しいっす」


「うん」


 古川先輩はそれだけ答えた。


 その「うん」は、たぶん赤坂先輩の言葉にちゃんと応えた「うん」ではなかった。


 赤坂先輩の言葉の形だけを薄くなぞって、座の空気の最低限の礼儀を保つための「うん」だった。


 赤坂先輩はそれでも「ありがとうございます」と、上の世代に対する形で軽く頭を下げた。


 古川先輩は一瞬、目線を上げた。


 上げた目線はたぶん赤坂先輩の頭の上を通過して、座敷の天井の蛍光灯のほうをぼんやり見ていた。


 その目線の通過の仕方を、僕は座敷の端で見ていた。


 ……古川先輩、たぶんもう関心、ないんだ。


 心の中で僕は確かめた。


 関心がない、というより、関心を向けるというアクション自体を、もうしなくなっている種類の目線だった。


 その目線は、去年の七月の悪口の宴の飲み会で、僕がいちど見たことのある古川先輩の「ふん」とは、たぶん別の、もっと先の段階の目線だった。


 あのときの「ふん」は、たぶんまだ揺らぎの音だった。


 今日の天井に向いた目線は、揺らぎというよりは、もう揺れることをしなくなった平らな目線だった。


 


 白瀬さんは座敷の端で相変わらず、日本酒の冷をちびりちびり飲んでいた。


 白瀬さんは赤坂先輩に何も声をかけていなかった。


 乾杯のときのお辞儀の絵文字、ひとつ分の温度以外は、白瀬さんのほうからは何も流れていなかった。


 白瀬さんはその代わりに、座敷の中の別の流れの細かな揺らぎを、たぶんちゃんと見ていた。


 赤坂先輩のジョッキの追加のタイミング、立花先輩の合いの手の間隔、丸山くんの「ふつうの、っす」のぶっきらぼうな距離、古川先輩の天井の目線、諏訪マネージャーのノンアルコールビールのひとくちずつのペース。


 それらを、白瀬さんは半分視界に入れていた。


 そう見えた、というのは、たぶん僕の勝手な推測だった。


 けれど半秒だけ、白瀬さんと僕の目線が座敷の中央で軽くぶつかった瞬間に、白瀬さんはほんの四分の一だけ、口の端を上げた。


 その四分の一の、口の端の動きは、たぶん僕の推測を半分肯定していた。


 ……白瀬さん、たぶんいつもこうやって座敷の流れを半秒ずつ見てる人だ。


 心の中で僕は確かめた。


 白瀬さんはたぶん語らない。語らないことを、自分のいちばんの姿勢にしている。


 その姿勢は、赤坂先輩のしゃべる、しゃべる、しゃべる、のちょうど対極にあった。


 


 お会計の前、諏訪マネージャーが立ち上がった。


「赤坂さん、皆を代表してひと言だけ」


「はい、お願いします」


「赤坂さんはチームAで、七年。後輩をたくさんご飯に誘ってくれて、ありがとうございました」


 諏訪マネージャーの声はいつもの平らな、低い声だった。


 「誘ってくれて、ありがとうございました」のところに、嘘も、肯定の足し算も含まれていなかった。事実だけが、ぽんと置かれていた。


「自社サービス事業チームでも赤坂さんの人懐っこさは、たぶん向こうの新しい同僚たちにも伝わると思います」


「ありがとうございます、諏訪マネージャー」


「健康に気をつけて、ご活躍ください」


 諏訪マネージャーはそれだけ言った。


 短い、けれどちょうどの長さの送る言葉だった。


 赤坂先輩はジョッキをテーブルに戻して、深々と頭を下げた。


「諏訪さん、ありがとうございました。皆さんも本当にありがとうございました!」


 その「ありがとうございました」の声は、酔いの中の少し芝居がかった、いつもの赤坂先輩の温度だった。


 けれどその芝居がかった温度の奥のほうに、たぶん半分本気の別の声も混ざっていた。


 赤坂先輩はたぶん悪い人ではなかった。


 悪い人ではなかったけれど、優しさの向きがいつも自分の、好かれたい方向にちょっと寄っていた。


 それはたぶん赤坂先輩自身も、半分気づいていて半分気づいていない、種類の向きだった。


 


 お会計のあと、駅前のロータリーで解散した。


 赤坂先輩は立花先輩ともう一軒行く、と言って、駅前のスナックのほうへ二人で消えていった。


 諏訪マネージャーはタクシーで帰宅。


 白瀬さんは駅のほうへ、ひとりで歩いた。


 古川先輩は駅前のロータリーで一瞬立ち止まり、それから駅の北口のほうの「とんぼ」の方角へ、ふらりと歩いていった。たぶん、もう一杯「とんぼ」でぬる燗を飲むつもりだった。


 森山くんは、丸山くんが寮まで一緒に帰ってくれた。森山くんもまだ、寮で生活していた。


 僕は桜並木通りのほうの遊歩道を、ひとりで歩いた。


 七月の夜風はぬるく、湿気を含んでいた。


 桜並木通りはすっかり、夏の葉桜だった。葉と葉の重なる影が、街灯の下の地面でゆっくり揺れていた。


 歩きながら頭の中で、赤坂先輩の「好かれる先輩、だっただろ?」の、いつもの半段芝居がかった声が、ふっともう一度響いた。


 その声の向こうに、白瀬さんの四分の一の口の端の動きと、古川先輩の天井に向いた平らな目線と、諏訪マネージャーの平らな送り言葉が、薄く重なっていた。


 ……今日、僕は四種類の別々の優しさを見たかもしれない。


 心の中で僕はつぶやいた。


 赤坂先輩の「好かれる先輩」の優しさ。


 立花先輩の「合いの手」の優しさ。


 諏訪マネージャーの「事実だけを置く」の優しさ。


 白瀬さんの「四分の一の口の端だけ」の優しさ。


 四種類とも、たぶん優しさと呼ぶに値する要素を、それぞれ持っていた。


 けれど、その配分がぜんぜん違った。


 


 寮の自分の部屋に戻った。


 机の電気をつけて、ノートを開いた。


 四月一日の最初の一行、「二年目、仕事の質を見る」を今日も一秒だけ見直した。


 その下、新しいページを開いた。


 ペンを握り直した。


「赤坂先輩、自社サービス事業チームに異動」


 書いた。


 もう一行。


「『好かれる先輩、だっただろ?』、本人の、自分への確認のような声」


 もう一行。


「優しさを、承認に変える人」


 書きながら、僕はその「承認に変える」の動詞をもう一度確かめた。


 赤坂先輩のいつもの優しさは、たぶん相手のため、というよりは、自分が相手から好かれているという承認の確認のための、優しさだった。


 悪い、というほどではなかった。けれど、その方向はたぶん本物の、誰かのためになる優しさとは半段ずれていた。


 もう一行書いた。


「白瀬さん、四分の一の、口の端」


 もう一行。


「諏訪マネージャー、事実だけを置く、送り言葉」


 もう一行。


「古川先輩、天井に向いた平らな目線。たぶんもう揺れない段階」


 もう一行。ペンを止めかけて、もう一行だけ書いた。


「赤坂先輩のは『気付かない優しさ』だったのかもしれない。古川先輩のは『気付いていても言わない優しさ』。一年前の自分のノートには『磨く優しさ』『放置する優しさ』の二つが置いてあった。今日、その二つの隣にもう二つ、別の形が薄く並んだ気がする」


 書いてから、僕はその四行をしばらく見た。


 一年前の冬の自分は、優しさを二つに分けていた。磨く優しさ。放置する優しさ。その二分法で、僕は赤坂先輩の優しさを「放置する優しさ」の側に置いていた。今日、赤坂先輩を送り出す座敷の中で、僕はそれをもう一度確かめようとして、ちょっと違うことに気づいた。


 赤坂先輩はたぶん、放置していたのではなかった。


 自分の優しさが相手のための優しさになっていないことに、たぶん気付いていなかった。それは「放置する優しさ」とは半段違う何かだった。


 古川先輩はたぶん、もう揺れない平らな目線で、赤坂先輩の優しさの向きをずっと前から見抜いていた。見抜いていて、何も言わない。指摘しない。それも、たぶんひとつの形の優しさだった。「気付いていても言わない優しさ」と、僕は仮にその名前を置いてみた。


 四種類、と言い切るには僕の手はまだ届かない。三種類かもしれないし、五種類かもしれない。ただ少なくとも、二つで終わらない、ということだけは今日の座敷の四つの背中が教えてくれた気がする。


 ペンを置いた。


 書きながら、僕は古川先輩の天井の目線を、もう一度思い出した。


 古川先輩はたぶんいまの自分の場所で、長くその平らさを続けている。


 その平らさがどうして生まれたのか、僕はまだ知らない。


 いつかどこかで、知る機会が来るかもしれない。


 来ないかもしれない。


 来ても来なくても、僕はノートにいまの、その目線の角度だけを書き留めておく。


 ノートの右下に、もう一行書いた。


「桜並木通り、七月、葉桜の影が地面で揺れる」


 書きながら、僕はその一行がたぶん今日の自分の、いちばんの距離の置き方だったと思った。


 赤坂先輩の異動の話を、ノートの上で葉桜の影の揺らぎの隣に置く。


 その並べ方が、たぶん僕の二年目の、観察ノートのいまの骨格だった。


 ノートを閉じた。


 窓の外、街灯の光の中で、葉桜の影がゆっくり揺れていた。


 ……赤坂先輩、自社サービス事業チームで、たぶんまた誰かをご飯に誘い始める。


 心の中で僕はつぶやいた。


 その「誘う」が、いつか別の方向に向き直る日が来るかもしれない。


 来ないかもしれない。


 来ても来なくても、僕の関心はたぶん今夜ここで、ひと区切りつく。


 明日、僕はまた自分のフロアで、自分のチケットを進める。


 森山くんにConfluenceの新しい書き方のメモを、半ページだけ追加で渡す予定だった。


 その半ページのほうが、今夜の僕にとってはたぶん、赤坂先輩の異動よりもう一段近い、半径3メートルの出来事だった。


 


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