二の花 剣華、舞い踊る
それから数日。リサーは私のそばで、警護役を立派に務めてくれている。
仕事を任せるつもりはなかったのだが、無為徒食に過ごすわけにはいかないと、必死に交渉された結果の妥協案だ。
自分でも申告していたとおり、彼女は本当に優れた武人らしい。
ほんのわずかな物音すら聞き逃さず、訪問客にも目を光らせている。そう、それは過剰なまでに。
責任感の強い彼女は、今も宮殿を歩き回っているだけの私に、ぴったりと付き従っている。
彼女の動きに合わせて、銀鎖の擦れる音がしゃらしゃらと響いていた。
「そういえば、それってなんなの?」
腰元に下がった装飾具を指すと、彼女の耳がぴんっと高い位置に伸びた。
「これは、狐族に伝わる携帯武具です。取りつけられているのは、さまざまな形状の模造刀ですが」
リサーはそのうちの一つを器用な手つきで取り外すと、両の手のひらでしっかり挟み込む。
「術を加えることで、戦闘用の武具に変化させることができるんです」
その言葉どおり、彼女の広げた両腕の間には、巨大な刀が現れた。
通常の刀よりも二回りほど長く、また刀身が先端に近づくほどに、どんどんと幅広くなっているのが特徴的だ。
「これは八卦刀。武術と組み合わせて使うものです」
「へぇ。使っているところも、ぜひ見てみたいな」
「……お見せしても、よろしいのでしょうか?」
リサーは案外、正直なところがあるらしい。その顔は平静を装っているが、後ろでは三つの尾が、ぶんぶんと嬉しそうに揺れている。
「うん。せっかくなら、広いところでやってみせてよ」
吹き出してしまいそうなのを堪えつつ、玉座の間へと急いだ。
私が腰を下ろすのを見守ってから、リサーは深々と頭を下げる。
「では、失礼いたします」
彼女は長い息を吐き出す。次に目を開いた時に、私の姿はもう映っていなかった。
張り詰めた空気のなか、リサーの身体が雄大に舞う。
大刀は彼女の一部であるかのように、しなやかに円弧を描きながら、空を切っていく。きらめく刃と同じに、彼女の瞳も輝いている。
私は黙って、その姿を見つめていた。
眩しいほどに情熱的な剣舞。赤い袴は、彼女に合わせてなめらかに動く。
リサーの生み出した風が、私の髪を時折震わせた。踊り子のような身のこなしで、彼女はまさに『生』を体現していた。
「以上です」
いつのまにかリサーは舞いを終え、床にひざをついている。
「ありがとう、リサーちゃん! すっごく素敵だった!」
目いっぱい両手を叩いたのだが、彼女はなぜか沈んだ顔で、耳を垂らしてしまう。
「すみません。つい、本気になりすぎてしまって」
「なんで謝るの? 感動したよ! あんまりこういうのを見る機会はないんだけど、君の剣舞は気持ちが伝わってきたというか……本当に美しかった」
すると、三つの尾がぴたりと固まった。
「それは、お世辞ではなく?」
「んなわけないでしょう」
「左様ですか!?」
リサーの顔が、ずいとこちらへ寄せられる。舞いの最中に見せていたのと同じ、きらめく瞳がまっすぐに私を捉えていた。
その瞬間、胸に衝撃が走る。それは心臓をわし掴みにされたかのような、無遠慮な痛みだった。
「嬉しいです! 里では女が剣を持つものではないと、眉をひそめられるだけでしたから」
リサーは珍しく、無邪気な笑みをのぞかせていた。
私は動悸を抑えながら、努めて笑顔で口を開く。
「それだけの剣技を身につけているのに、正当な評価は得られなかったのかい?」
「仕方ないです。狐族の女人は、本来家に仕えるもの。剣を振り回している私の方が、よっぽど奇人なのですから」
憂いを帯びた瞳は、床に横たわった八卦刀へ向けられている。
「そんなのは間違ってるよ! 性別に関わらず、能力は正しく評価されるべきだ。それに、リサーが周りから非難されながらも、努力を重ねてこられたのは、すごいことだと思うけどね。尻尾の数なんかよりも、よっぽど」
「ありがとうございます」
彼女は頬を赤らめながら、刀を元のサイズに戻す。
「そのようなお考えをされる長がいて、龍神族は幸せですね」
「幸せだって?」
リサーの何気ない一言に、胸の奥が軋む。
「ええ。きっとそうですよ」
「……だといいけど」
彼女が楽しげに武具を取りつけている間、私は乾いた笑みを浮かべていた。
もちろん、容姿や出自に関わらず、実力に応じて評するべきだという考えに嘘はない。
純白の鱗を持つヴィート君が、その外見から“白トカゲ”と蔑まれていたことを知りながらも、重役に据える決断を下したのは、彼が有能な龍材であると知っていたからだ。
だとすれば、自分は?
空色の身体で生まれたというだけで、将来を約束され、何不自由なく暮らしてきた。
自分の手で未来を切り拓こうとしているリサーや、宰相の座を勝ちとったヴィート君とは違う。
薄っぺらい己の正体を見透かされそうで、彼女の純粋な瞳に向き合うのが、今は少しだけ怖かった。




