一の花 空に咲いた火花
蒼い体で生まれた龍は、“龍神”となって聖なる山を守る。それは一族における絶対の掟であり、逃れられない宿命だ。
『この子は……いいや、このお方こそが、次代の龍神様だ!』
それが、私の出産に立ち会った父が、初めて我が子に放った言葉らしい。
空色の龍として生まれ落ちた私は、その時から“龍神”としての一生を過ごすこととなった。
両親とは離れざるを得なかったが、私は虹色の宮殿のなかで、龍神族の宝として祀り上げられている。
窮屈さを感じることもあるが、衣食住に困ることもなく、平穏な人生を歩んできたと思う。
それが当たり前だと考えていたし、生まれてから数百年間、自分の生き方に疑問を抱いたことなど、一度もなかったのだ。
そう──この風変わりな少女が、目の前に現れるまでは。
「一族の定めだとしても、私は『狐の女帝』になどなりたくないのです!」
凛々しい声が、玉座の間に響き渡った。
黄茶の瞳が、鋭く私を捉えている。それは吸い込まれてしまいそうなほどに、ひたむきな眼差しだった。
宮殿に押しかけてきた彼女は、リサーという名の、狐族の女剣士だそうだ。気丈に振る舞ってはいるが、まだ若く見える。人間でいえば、十代後半の年恰好だろうか。
高い位置で結い上げた黄金色の髪が、彼女の激しい気性を表すように揺れていた。
「不躾な参内にもかかわらず、お目通りが叶いましたこと、心より御礼申し上げます」
彼女が頭を下げると、髪に結わえられた紅色の紐が、ふわりと舞った。
数多くの野生動物が暮らすこの山で、狐族は少々特殊な位置に君臨している。
彼らは変化の術で人の姿をとり、龍神族とともに森を守ってきた、誇り高き戦闘民族だ。
けれども、彼らは同族意識が強く、必要最低限の範囲でしか我々とは関わりを持ってこなかった。
だというのに、どうして彼女は私のところへ現れたのだろう。
「狐族は代々、九尾の狐が長となることが定められております」
リサーは片ひざを立てたまま、毅然とした態度でこちらを見上げている。
赤い袴は、ドレスのフロントスカートのように、彼女の足元をしっかりと覆い隠していた。
「一族のほとんどは、一尾のまま生を終えます。二尾となる者も稀におりますが、それよりも尻尾の数が増え始めたら」
悔しげに顔を落とした彼女の背後で、三つの尻尾が力なく垂れる。
「その者は、いずれ九尾に至ると伝えられています。三尾以上の尾を得た者は、一族の長となるべく、それまでの暮らしを捨てなければなりません。家も家族も、それに……夢さえも!」
リサーは目を細め、下唇を強く噛みしめた。
「私は立派な剣士になりたいと、必死に腕を磨いてきました。男にだって負けないほどに、強くなったというのに」
瞳の奥に、憤怒の炎が揺らめく。
「女帝に求められているのは、子をなすことだけ。九尾の血を絶やさぬための道具になるなど、到底受け入れられません!」
リサーは一息に言い切った。
肩を上下に揺らしている彼女の胸元で、黒の着物に刻まれたキツネユリが、火花のように咲き誇っている。強く燃え盛る、炎の如き花弁。
それはまるで、リサーの心根を表しているかのようだった。
「……なんだか大変そうだねえ」
思わずこぼしてしまった言葉に、尖った狐耳がぴくりと跳ねた。
「他人事ではないでしょう!? 九尾を狐族の長にすると定めたのは、先々代の龍神様なのですから!」
「へえ、そうなんだ!?」
「そうですよ、龍神様」
目を丸くしている私に向けて、冷静な声が飛んでくる。
「初代の龍神様は、この山を共に切り拓いた九尾の狐に土地を与えました。それが、狐族の始まりとされています」
隣に立つ青年は、白く長い髪を耳にかけながら続けた。彼は私の友であり、龍神に仕える宰相でもあるヴィート君だ。
リサーは何度もうなずき、改めて背筋を伸ばした。
「それゆえ、御身を訪ねた次第です。お願いします、龍神様。どうか、この掟を変えてはいただけないでしょうか!?」
縋るような、それでいて強い意志を秘めた瞳が、こちらを見上げている。
「……ええー?」
彼女のことは助けてあげたいが、問題は狐族の承認を得られるかどうかだ。
彼らは規律を重んじる、プライドの高い一族である。いくら龍神が命じたところで、長年の伝統を簡単に手放すとは思えなかった。
「ねぇ。リサーちゃんが九尾になるまでには、どれくらいかかりそうなの?」
親しげな愛称に戸惑いながらも、女剣士は口を開く。
「二つ目の尾が生えた時から、三つ目の尾が生えるまでに、七年ほどかかったでしょうか。すぐに九本全てが生え揃うわけではないかと」
「ふぅーん」
ならばまだ、策を練る猶予はあるだろう。
「とりあえず、時間をもらえるかな? 狐族には交渉を続けていくとして、君はしばらくここで暮らせばいいよ」
「……は?」
リサーは姿勢を正したまま、なんとも気の抜けた声を上げた。
「狐族の女帝とするために、龍神が直に君を育てると。そういうことにしておけば、狐族からの反発も受けないだろう。ね、ヴィート君?」
「……要するに、適当にごまかして、ここへ匿うんですね?」
「えへへ。よろしくね!」
神からの無茶振りを受け、彼は諦めたように目を閉じる。
本音を言うとリサーを受け入れたのは、暇つぶし程度のつもりだった。
数百年も続いた退屈な暮らしに、物珍しい少女を招き入れる。ただそれだけの、軽い気持ち。
だからこそ、胸の奥が疼き始めていることには、ちっとも気がついていなかった。
『龍の箱庭』シリーズの新作連載となります!
シリーズ一作目や完結済みの別作品については、下にリンクを貼っていますので、ご興味がありましたらそちらもご一読いただけますと幸いです。




