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パズルのピースを探して(後) 4

「リコ……二五六年この時を待ち詫びた。本当に生まれて来てくれたのだな」


「カイル……ごめんね……ごめんね剣を取らなくて」


「それは俺の誤算だったな。まさか取らないとは」


「だって怖くて……ずっと意味も分からず勇者と魔王という響きに憧れと畏怖の念を抱いてきたの。もし抜いてしまったら私が勇者になってしまう。それに本当に大きな力を感じて……あれはカイルの想いだったのかな」


「俺の気持ちが重すぎたのか」


 イェナはやっとリコリスから体を離すとおどけたような様子でそう言った。

 顔も姿も声も全て違うけど、表情はどこか昔を彷彿させた。


 彼は今のリコの姿を確かめるように鋭い爪を持った手で髪をそっと撫でた。

 その手が頬に滑り落ち、目元をなぞる。


「以前の俺と同じ色の目を持って生まれたのだな」


「それならカイルだって以前の私みたい。もう少し青が薄く……ああ、人間界の月みたいな色」


 リコリスも手を伸ばしイェナの髪に触れると、そのまま背伸びをして犬のような耳を触った。ぴっと払うように動く様子は本当にそのまま犬のようだった。


「また狼の獣人に?」


「いや、獣人とは違う。ヒトの姿に変えているだけで本体はフェンリルそのものだ。獣人、人間と経て神獣。なかなか御大層なものだろう?」


 そう言うと彼はどこから取り出したのか一輪の花をリコリスの前に差し出した。


「花を見るのは初めてだな? なんの花かわかるか?」


「花……リコ・フラワー?」


「そうだ。リコ・フラワーは希望の花。いつかお前に見せたくてやっと見つけた。今は妖精に手伝ってもらって栽培もしている。丘一面に咲かせるにはまだ五十年以上かかると言われたがな」


 リコリスの前に差し出された小さな白い花は、生きたまま保存する真層界の技術によって瑞々しかった。それがすっと彼女の耳の上に飾られる。


「リコ……俺の希望」


「カイル……」


「俺は全ての記憶を持ったまま生まれた。最初からリシュナークも、カイルも、そしてリコのことも全部覚えていた。今の俺は“記録者(レコーダー)”。全ての記憶を体に刻み、やがてコアに還すのが役割」


「私は……私は“伝聞者(メッセンジャー)”……コアの意志を汲み、伝え、世界の変化を促す……」


「リコ、会いたかった」


「私もだよカイル……」


「今はイェナだ。お前がくれた名だろう? 俺が心穏やかにいられるように」


「聞こえていたの?」


「聞こえていた。消えゆく意識の中で最後にお前に触れようとしたが叶わなかった」


 コアでの別れを思い出したのか、イェナはまたリコリス――リコの頬に両手で触れた。

 爪先の鋭さは人間とは違うけど、彼女を大切に扱い心にまで届けてくれる温もりは同じ。


 絶対どこかにここに嵌まるピースがあるはずだ。


 そう思っていた心のパズルの最後の一ピースが、すっと嵌まった。

 記憶の全てを取り戻したわけではないけど、その手の温もりは間違いなく前世で与えられたものと同じだった。


「カイル……分かった…やっと分かった……私は前世の時からカイルが好きだった。ずっと自分の感情の意味が分からなくて……私を見る目に動揺するのも、向けられた優しさに戸惑うのも、その腕が心地良いと感じてしまうのも、全部カイルが好きだったんだ。消える瞬間にそれに気づくなんて……」


 コアの中で最後にカイルの気配を感じたのは自分の口元。

 その熱源は触れることなく消えて行った。

 あの時彼が触れようとしたのは、したかったことは……


 リコが頬を包むイェナの手を取り自分の方に引いた。そして一歩近づくと目を閉じ、ごく自然に唇を重ねた。

 それはすぐに離れてしまったが、イェナは少し驚いような顔をすると「まさか二回もリコに奪われるとは」と破顔した。


「二七一年越しに叶った」


「え? 少し計算が合わないんじゃ?」


「十五年プラスしてある」


「十五年……初めて出会った頃?」


「そうだ。テイムされているか試した時、本当はそのまま止めたくなかった。卑怯だからやめたけどな。俺は前世からずっとこうしたかった」


「嘘……だって私が酔った時……見向きもしなかった」


「意外と理性が堅いだろう? 今なら遠慮はしないが」


 イェナは「しないが――」ともう一度言うと、リコと少し距離を取った。

 見上げた彼の表情はまっすぐにリコの心と向き合っていた。

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