第4話 配信中につき、廃棄停止です
壁際の確認モニターでは、氷室玲奈が画面の真ん中で笑っていた。
「今日は後処理まで、お見せします」
【例のゴミ拾いいる?】
【また何か拾うんか】
【黎明、今日はちゃんと確認しろよ】
【配信切るなよ】
画面の端には、俺が映っているはずだ。
でも、俺が見ているのはカメラじゃない。床だ。
黎明の剣の探索後現場には、処理済みの残骸が床に残り、壁際には処分カートと隔離ケースが並んでいた。天井近くでは、配信用ドローンが小さな羽音を立てている。
通路の端には、排水溝。
そこへ、細い水が流れていた。
水の縁に沿って、薄い白い膜が伸びている。昨日、帰還後処理エリアの流しに貼りついていた膜と、よく似ていた。
白虫が数匹、流れに逆らうように膜の上へ集まっている。
流されているんじゃない。
寄っている。
近くの魔石片は、縁から黒ずみ始めていた。
支援端末をかざす。
【残骸処理済】
【汚染値基準内】
【廃棄可】
処理は済んでいる。汚染値も、基準の内側だ。
端末は、今日も正しい欄だけを見ていた。
その上に【仕分け】を重ねる。
『廃棄停止』
『排水遮断』
『証拠保全』
……これは、流したらまずいやつだ。
腰袋から薄い止水シートを抜き、手袋ごと床に押し当てる。
水の流れが、そこで一度止まった。
採取棒で白い膜をすくう。指では触らない。
すくい上げた膜の端から、水滴が落ちた。
床に落ちた一滴へ、白虫が二匹、向きを変える。膜の端も、落ちた水滴のほうへ伸びていた。
流れに乗る。
それが見えた時点で、もう廃棄ではない。
排水溝の蓋を開けて、ライトを差し込む。
膜は奥へ伸びていた。暗がりの中を、白い筋が下層の排水ラインへ向かっている。
「灰崎さん」
マネージャーが早足で寄ってきた。
「配信中です。画面に不安を映さないでください」
「映ってるなら、ちょうどいいです。後で消えません」
「そこは確認済みです。処理も済んでます」
「流す前なら、まだ止められます」
俺が隔離ケースを引き寄せると、マネージャーはドローンに背を向け、口元だけで言った。
「ここで止めたら、また騒ぎになります。また黎明の剣の確認漏れに見える」
俺は排水溝の前に膝をついたままだった。
止水シートの横を、白虫が一匹、排水溝へ向かって這っていく。
端末の表示は変わらない。
【残骸処理済】
【汚染値基準内】
【廃棄可】
俺の視界には、札が残っている。
『廃棄停止』
『排水遮断』
『証拠保全』
「流したら増えます」
「確認済みです」
捨てるな、じゃない。
そこへ捨てるな、だ。
排水溝の奥を見たまま、返した。
「捨てる場所、間違えてます」
マネージャーがドローンのほうへ手を振る。
配信停止の合図だ。
ドローンのランプが、赤から待機色へ変わりかける。
「配信、続けます」
玲奈だった。
片手を上げて、合図を止めていた。
「氷室さん。また確認漏れに見えますよ」
マネージャーが小声で言う。
玲奈は答える前に、排水溝の前の俺を見た。それから、自分の手を一度見て、ドローンへ視線を戻す。
「切ったら、また残りません」
ランプが、赤に戻った。
俺は作業を続けた。
排水溝の手前に遮断板を立て、水を止める。その隙間を、白い膜の先が抜けようとした。
「ケース、開けてください。今」
「配信に映っています」
「だから、今です」
採取した膜を隔離ケースへ移し、切れ端は証拠保全用に分けた。黒ずみの出た魔石片も、廃棄カートから抜いて隔離側へ回す。
蓋が閉まる。
ケースの黄色い警告ランプが点いた。
【また止めた】
【排水溝? そこ映して】
【白いの何?】
コメントは見ない。
見ても、床の膜は減らない。
支援端末が鳴った。
【残滓汚染拡大予防:記録】
【隔離処理手当:確定】
【現場配信アーカイブ:保全済】
【関連残滓:前回未確認残滓と同系統】
……確定。
査定中じゃない。
確定だ。
金額欄を見る。
「肉じゃなくて、肉まんくらいですね」
玲奈が少しだけ笑った。
マネージャーは笑わない。端末に向かって早口で何かを報告し、こっちを見る目だけが前より硬くなっている。
面倒な人間の記録が、また一行増えたんだろう。
それでも、流れる前に止まった。
溝の奥で増える前に、ケースの中に入った。
今日はそれでいい。
端末が、もう一度鳴った。
今度は硬い音だった。
【救護局通知】
【同系統残滓反応:複数地点で確認】
【照合対象:黎明の剣・過去三回分の処理ログ】
……複数地点。
マネージャーの端末も短く震えた。
彼の指が、画面の上で止まる。
過去三回分。
その文字の上で、指先だけが動かない。
確認済み。
処理済み。
基準内。
そうやって閉じたはずの処理記録が、救護局側で開かれていく。
隔離ケースの中で、白い膜が黄色い警告ランプに照らされていた。
排水溝の奥は、ライトを消せばただの暗がりに戻る。
その暗がりの手前で、遮断板だけが水を止めていた。




