第2話 誰だよこのゴミ拾い
縦長の画面の中で、探索者が笑っていた。
「はい、というわけで本日の戦利品でーす」
明るい声と一緒に、レアドロップの結晶がカメラへ掲げられる。
【おつかれー】
【今日も安定の黎明】
コメントが流れていく。その画面の下の端で、膝をついた男が黒い廃棄袋を押さえていた。
汚れた作業手袋が、ひび割れた自動救命タグを拾い上げる。
【誰だよこのゴミ拾い】
【いや今袋止めたぞ】
【タグ拾ってない?】
【黎明の剣、確認済みって言ってなかった?】
【え、廃棄袋から人出てきたんだが】
【これ確認漏れじゃね?】
動画を閉じた。
救護局の待合室は白い。白い壁、蛍光灯、静かな受付端末。その中に、俺だけが泥と残滓の匂いを持ち込んで座っている。
作業服のまま、紙コップのコーヒーを一口飲む。支援端末には、朝から通知が並んでいた。
【仕分けログ提出要請】
【廃棄判断責任者照合中】
【現場配信アーカイブ確認済】
「……怒られるやつだな、これ」
ネットの向こうは祭りらしい。こっちは呼び出しだ。
通知一覧の下をもう一度見る。ログ受理、報酬査定。そのあたりは、まだ何も出ていない。
通されたのは小会議室だった。
正面に救護局の職員。横に大型モニター。扉側には、昨日のクラン――黎明の剣の探索後処理を取りまとめる運営担当者がひとり座っている。
泥ひとつないスーツ姿だった。現場ではなく、報告書の側にいる人間だ。
制服とスーツと清潔な端末の中で、作業服は俺だけだった。床にいた人間が、制度の部屋に呼ばれている。
座り心地が悪いのは、椅子のせいじゃない。
「灰崎さん」
職員が端末から顔を上げた。
「あなたは、端末が【廃棄可】を出した処理対象を、焼却前に止めています」
「はい。止めました」
隠すことでもない。
扉側の男が口を開いた。
「現場は確認済みでした」
丁寧な声だった。ただ、こちらを見る目は、床を見る目とあまり変わらない。
「あれは処分工程で発生した例外です。こちらの探索終了後に、残滓汚染が進んだ可能性もあります」
確認漏れ、という言葉だけを誰も使わない。
男は俺ではなく、職員に向かって続けた。
「灰崎さんの独断で、正式な廃棄ラインを止めた。そこも確認対象ですよね」
「もちろんです」
職員はうなずく。
「そのために、映像と時刻ログを並べています」
「じゃあ、時刻を見ましょう」
俺は支援端末を机に置いた。
職員がモニターを操作する。昨日の配信アーカイブが開き、画面の真ん中ではクランの探索者が戦利品を掲げて笑っていた。
電子音。
映像が止まる。
職員が画面の下の端を拡大していく。黒い廃棄袋を押さえる、汚れた作業手袋。誰も見ていなかった手元が、大画面いっぱいに映った。
その横に、ログが並ぶ。
【端末判定:廃棄可】
【処分推奨:焼却】
【灰崎佑:仕分けログ提出】
『廃棄不可』
『搬送優先』
『証拠保全』
モニターの右側に、時刻欄が縦に開いた。
救命タグの最終反応。廃棄処理番号の発行。処分カートの通過。クランの探索終了報告。
職員が一つずつ赤枠をつけていく。クリック音だけが、会議室に響いていた。
全部が、順番に並ぶ。
探索終了報告のあとも、タグはまだ発信していた。
最後の赤枠がついたところで、扉側の男の口が閉じた。机の下で、革靴の爪先が一度だけ床を叩く。
さっきまで整っていた声が、どこかへ行った。
俺は紙コップを机に置く。
「端末は間違ってません。見る欄が違っただけです」
職員の指が一度止まり、それから端末に何かを打ち込んだ。
「……映像提供は、黎明の剣の氷室玲奈さん名義ですね。アーカイブの保全にも同意いただいています」
氷室玲奈。
黎明の剣の配信担当で、前衛も張る探索者だ。昨日、画面の中心でレアドロップを掲げていた女でもある。
扉側の男が資料から顔を上げた。持っていたペンは止まっている。
「処分ライン停止の妥当性については、審査を継続します。廃棄判断の経緯についても、黎明の剣側の確認記録を照合対象とします」
職員は事務的に続けた。
「ただし――」
支援端末が短く鳴る。
【仕分けログ:受理】
【未回収者発見補助:正式記録へ移行】
【追加報酬:査定中】
……受理、と。
通知を指でなぞる。
「査定中、か」
クランの男は、最後まで俺には何も言わなかった。
照合には応じます、とだけ職員に告げ、先に部屋を出ていく。謝罪はない。
まあ、そういうものだ。
救護局を出ると、外はもう夜だった。ダンジョン管理棟の前にある自販機の灯りだけが白い。
報酬が確定していれば、今夜は肉だった。査定中の男が買えるのは、いちばん安い缶コーヒーだ。
プルタブを起こす。
さっきの切り抜きでは、コメント欄に仕込みだの売名だのという言葉も転がっていた。目立つのも、楽じゃない。
端末が鳴る。
【指名依頼】
依頼者:氷室玲奈
所属:黎明の剣
内容:戦闘後残滓の再仕分け
備考:配信アーカイブ確認を含む
しばらく、画面を見た。
大手クランからの直接指名。追加報酬とは別口の仕事。ログにも残る。
指名依頼の青白い光が、安い缶コーヒーの銀色に映っていた。
「……今度は、捨てる前に呼んでくれるんですね」




