第18話 返却先は、地上です
救難指揮モニターに、二つの数字が並んでいた。
【換気継続予測:六十二分】
【直接掘削予測:九十六分】
正面から掘って壁を破るまで、九十六分。待機室の空気が保つのは、六十二分。
旧物流層の搬送設備室は、天井近くに大きな巻き上げ機を抱えている。黄と黒に塗られた搬送レールが奥へ延び、古い制御盤の上では黄色い警告灯が回っていた。
城戸修司さんと地下設備班が制御盤の前。俺と有馬千尋さんはその横。氷室玲奈は救難共有映像のモニターの前に座っている。
搬入口寄りには崩落対応班と、白い担架を用意した救護班が控えていた。
「掘削では、間に合いません」
城戸さんが旧設備の図面を広げ、第三防災待機室の裏を指した。
「ここに、汚染廃棄物の搬送支線があります。待機室側に、積み込み口がある」
図面の線を、俺は目でたどった。
密閉搬送箱を待機室へ送る空箱返却路と、積んだ箱を地上へ戻す搬出路。二本が対になっている。
通常端末の表示は、素っ気ない。
【設備用途:汚染廃棄物搬送】
【空箱返却路:停止】
【搬出先:地上処理槽】
【人員搬送:対象外】
俺の視界に、白い札が二枚下がった。
『空箱返却』
『救護搬出』
「捨てる物を運ぶ箱でも、帰ってくる道は残ってます」
図面の搬出先を指す。
「空箱を待機室へ送って、人を載せる。搬出先は処理槽じゃなく、地上の救護区画へ変えます。それで救助経路になります」
「封印を解除すれば」
城戸さんが制御盤の封印表示を見た。
「私の閉鎖記録は、完了認定を取り消すことになります」
彼はそれ以上、言葉を続けなかった。
制御盤の解除欄へ、自分で署名する。
【閉鎖封印:解除】
【閉鎖完了認定:取消】
【現場統括資格:再審査】
俺も携帯端末の確認欄を開いた。
廃棄物用の設備を、人を運ぶために使う責任だ。
「用途外転用、署名します」
【用途外転用責任:灰崎佑】
【通常登録審査:追加確認】
通常登録の審査が、また延びる。
現場へ戻れる日が遠のいた。
……惜しい。
だが、換気は六十分ほどしか残っていない。惜しんでいる時間はない。
俺は端末を閉じ、有馬さんへ渡した。
有馬さんが搬出先を正式に変更する。
【搬出先:地上救護区画】
【搬送区分:緊急救護】
「回線、つなぎます」
玲奈が救難共有映像を開いた。
第三防災待機室の三人が映る。換気ハンドルは、まだ回り続けていた。
「三崎さん。聞こえますか。そちらに、密閉搬送箱が下りていきます」
玲奈の声は、配信時の張った調子とは違う。低く、途切れた回線でも聞き取りやすい話し方だった。
「一便目は、動けない方を先に運びます。箱の中に固定帯があります。胸と腰を留めて、呼吸補助具を口へ。仰向けで、頭をこちら側の壁へ向けてください」
画面の中で、三崎が段ボールに書いて応じる。
『わかった』
巻き上げ機が回り、空の密閉搬送箱が返却路を下っていく。
玲奈のモニターに、箱が待機室の積み込み口へ着く映像が映った。
三崎と、換気を回していたもう一人が、横たわる作業員を箱へ移していく。玲奈が映像で固定状態を確認し、救護班が横から指示を足した。
「固定帯、胸のバックルをもう一段。……はい、それで留まりました」
【第一便:救護搬出】
【収容人数:一名】
【搬出先:地上救護区画】
箱が搬出路を上っていく。
搬送設備室の巻き上げ機が、重い唸りを上げた。
第一便が搬出路へ入ると、俺たちは搬送設備室を出て、地上側の到着口へ走った。
夜明け前の外気は冷たく、複数の救護車両が赤と橙の回転灯を回している。
密閉搬送箱が到着口へ着いた。
救護班が封を解き、中の負傷者を白い担架へ移す。呼吸を確かめ、点滴をつなぎ、短い言葉を交わしながら車両へ運んでいった。
どこまで弱っているかを判断するのは、俺じゃない。
担架の上では、救護員の手が休まず動いていた。
「第一便、収容確認。二便目を送ります」
空になった箱を、もう一度待機室へ下ろす。
玲奈のモニターの隅で、換気残量の数字が減っていた。
【換気継続予測:四十一分】
「三崎さん。次で、お二人一緒に乗ってください」
箱が待機室へ着く。
三崎が青いウサギのシールの付いたドローンを抱え、換気装置を回していた男と一緒に箱へ入った。
【第二便:救護搬出】
【収容人数:二名】
巻き上げ機が回る。
搬出路を、箱が上ってくる。
地上搬入口の到着口へ、二便目が着いた。
救護班が封を解く。
三崎が、もう一人に肩を貸されながら箱から出てきた。ドローンは、離さず抱えたままだった。
有馬さんが記録端末へ入力する。
【対象者所在:地上】
【救護搬送:三名】
【閉鎖区画内未退去人員:零】
閉鎖区画内未退去人員、零。
俺は、その一行をもう一度見た。
搬送設備室のモニターにも、第三防災待機室に人影が残っていないことが映っている。
三人とも、閉鎖区画の外へ出た。
三崎は救護車両の脇の担架へ腰を下ろし、傷だらけのドローンを膝に載せていた。四本のうち一本、羽根が根元から欠けている。
「これ、もう飛ばないですよね」
「飛ぶ方は、壊れてます」
俺は羽根の欠けた側を見た。
「でも、返却先には届きました」
有馬さんが、三崎と機体を交互に見る。
「この機体、三崎さんの物で間違いありませんか」
三崎は、青いウサギのシールへ指を置いた。
「妹が貼ったやつです。俺のです」
有馬さんが正式記録へ入力する。
【登録使用者:三崎蓮】
【返却先:本人】
【返却確認:完了】
救護員が、三崎へ経口補水液のパックを渡した。
三崎はドローンを手放さないまま、片手で飲もうとして、口の端から少しこぼす。
「一回、預かりましょうか」
玲奈が機体へ手を伸ばした。
三崎の腕が、わずかに引かれる。
「返却確認は終わってます。玲奈さんが一時的に預かるだけです。勝手には捨てません」
俺が言うと、三崎は少しの間、俺の顔を見た。
それから、両手でドローンを玲奈へ渡す。
手が空くと、補水液のパックを持ち直し、今度はこぼさずに飲んだ。
俺と玲奈の端末へ、同じ通知が届く。
【案件完了:返却先照合】
【救難協力費:確定】
【照合担当:灰崎佑】
【記録保全:氷室玲奈】
「協力費、確定してますね」
「灰崎さん、そこを真っ先に見ましたよね」
「氷室さんも見たでしょう」
「見ました」
玲奈の映像広告収益欄は、ゼロのままだ。
案件の報酬だけが、二人分並んでいる。
俺の端末へ、もう一つ通知が重なった。
【通常登録審査:追加確認】
【審査終了予定:延長】
通常の現場へ戻れる日が、また先へ動いている。
俺は、その通知を閉じる指が少し遅れた。
城戸さんの端末にも、別の表示が出ていた。
【閉鎖記録:正式調査】
【現場統括資格:審査中】
三人を助け出しても、無人だと署名した記録が消えるわけではない。
城戸さんは、その表示を長く見てから、地下設備班へ撤収手順を指示し始めた。
三崎の担架の脇で、俺と玲奈の端末に、同じ案件番号の完了表示が並んでいる。
玲奈が預かった青いウサギのドローンが、彼女の手の中で、最後に三回、青く点滅した。




