第17話 この映像、独占できません
保守パネルの前で、俺は羽根の欠けたドローンを、靴箱ほどの点検台車の上へ置いた。
橙色の非常灯が、床に貼られた青い養生テープを照らしている。
四輪の点検台車は、旧廃棄搬送路の保守用だ。普段はケーブルから電力と操作信号を受けるが、非常走行用の蓄電池と近距離受信機だけは残っている。本体のカメラは、とうに壊れていた。
俺と城戸さんの作業員が、台車の上のドローンを複数の方向から結束バンドで留めていく。
「それで大丈夫ですか」
操作端末の前から、氷室玲奈が言った。
「うちの業界、最後に信用されるのは大体これですよ」
安い結束バンドを一本、増し締めする。
作業員が四方の固定を指で押して確かめ、城戸さんが台車の重心を確認した。傾斜したレールを下らせても機体が転げ落ちない位置で、ドローンのカメラだけが前を向いている。
通常端末の判断は、素っ気ない。
【小型撮影ドローン:飛行不能】
【保守点検台車:撮影不能】
俺の視界に、白い札が二枚下がった。
『搭載転用』
『中継継続』
「飛ばす必要はないです。動く方に、映る方を載せます」
二つの機体を見比べる。
「壊れてる場所が別々で、助かりました」
城戸修司さんが、小型の点検ポートを開けた。
保守パネルの下にある、有線ケーブルと点検台車だけが通れる細い口だ。玲奈が携帯操作端末を握り、台車を送り込む。
壁面モニターに、台車へ載せたドローンからの現在映像が映った。
画面の中の旧廃棄搬送路には、粉塵が舞っている。狭いレールの上へ崩れた断熱材が垂れ下がり、壁には分岐標識がいくつか残っていた。
俺は六日前の復元映像を横に並べ、現在映像と見比べる。
「その分岐、六日前の映像では、青い養生箱が積んであった方です。左へ」
「左、入れます」
玲奈が操作し、俺が図面と映像から進路を選ぶ。
彼女の手元にある台車と、画面の奥に続く通路。どちらか片方だけでは進めない。
ケーブルリールの回転が、やがて重くなった。管理していた作業員が声を上げる。
「ケーブル、ここまでです。これ以上は届きません」
画面の先は、下りの傾斜になっていた。
「非常走行へ切り替えられますか」
「蓄電池は生きています。ただ、長くはもちません」
作業員が状態を確認する。
【非常走行可能時間:十二分】
【操作信号:ドローン中継】
ここから先は、台車の蓄電池で走らせる。
玲奈の操作信号は、上に載せたドローンを経由して台車へ送る。ドローンの中継機能が切れれば、その場で動かなくなる。
「切り離したら、回収できない可能性があります」
俺は携帯端末の確認欄を開いた。
医療の責任ではない。機材を、本来の用途から外して奥へ送る責任だ。
ドローンの返却照合を終える道が、ここで消える。
「……用途外投入、署名します」
【機材用途転換:責任者 灰崎佑】
【回収保証:なし】
作業員がケーブルを外し、点検台車を非常走行へ切り替えた。
玲奈の操作端末から送られた信号が、ドローンを経由して台車へ届く。小さな四輪が再び回り、台車は傾斜したレールを奥へ下っていった。
映像が、途切れ途切れになる。
ノイズの向こうに、壁の表示が見えた。
【第三防災待機室】
室番号を確かめ、玲奈が台車を室内へ進める。
青い非常灯の光が、画面を満たした。
人が、三人いた。
一人は壁を背に座っている。もう一人は、壁際で横になったまま動かない。三人目がその脇でうずくまり、簡易換気装置の手動ハンドルをゆっくり回していた。
足元には、ほとんど空になった保存水の袋が転がっている。
座っていた男が顔を上げた。
青いウサギのシールが付いたドローンを、目で追っている。
三崎蓮だった。
六日前の映像より、頬がこけている。
彼は台車へ近づき、青いウサギのシールを親指で一度だけ押さえた。それから口を動かす。音声は割れて、言葉にならなかった。
三崎は近くの段ボール片を引き寄せ、太いペンで大きく書いた。
カメラへ向けて掲げる。
『三人』
『一人動けない』
『換気 残り七十八分』
横になった一人は、こちらの呼びかけにも顔を向けない。
それでも換気装置を回す男が肩を叩くと、指先がわずかに動いた。三人とも、現在の呼びかけに反応している。
有馬さんが記録端末へ入力していく。
【現在映像:取得】
【映像内人員:三名】
【現在位置:第三防災待機室】
【自力移動可能:二名】
【救難優先:緊急】
「三名の現在反応を確認。動けない方が一名。換気の残りは、一時間少々です」
玲奈の端末に、別の表示が重なった。
【撮影者先行公開権:氷室玲奈】
【保全完了後・独占公開可能】
【広告収益対象:高】
閉じ込められた三人を、生きたまま捉えた現在映像。
配信の権限を失った玲奈が、自分の名前で最初に公開すれば、復帰の切り札になる。広告収益も、高いと表示されていた。
玲奈の指が、その数字の上で止まった。
「有馬さん」
俺は換気残量を見ながら聞いた。
「この映像を、今すぐ救助に使うにはどうすればいいですか」
「救護局の内部記録だけでは、崩落対応班と地下設備班へ同時に原本を渡せません」
有馬さんが、玲奈の端末へ共有条件を表示する。
「救難共有網へ緊急登録すれば、各隊が同じ映像を今すぐ確認できます。広域共同救難も、すぐに動かせます」
「ただし、その時点で」
玲奈が表示を読む。
「撮影者の先行公開権と独占利用権は、共同救難へ移る。広告収益も対象外になるんですね」
有馬さんが頷いた。
「登録を強制することはできません。通常の共有手続きを待つ方法もあります」
画面の中では、換気装置のハンドルが回り続けている。
玲奈が俺を見た。指は、同意欄の手前で止まったままだった。
「俺に聞かないでください」
換気残量の数字を目の端に入れたまま答える。
「撮ったのは氷室さんです。俺が決める処理じゃないので」
玲奈は画面の中の三人へ視線を戻した。
ハンドルを回す手。
動けない一人。
段ボールに書かれた、七十八分。
「……今、使ってください。三人が映ってるうちに」
自分の指で、緊急登録の同意を入れた。
【救難共有網:緊急登録】
【撮影者先行公開権:放棄】
【広告収益権:対象外】
【救難機関共同利用:許諾】
「いい映像だったんですけどね」
玲奈は小さくそう言った。
惜しんではいたが、登録を取り消す手は動かなかった。
救難共有網が映像を受け取る。
承認通知が続けて表示された。
【広域共同救難:出動承認】
【崩落対応班:出動】
【地下設備班:出動】
【救護搬送班:待機】
城戸さんは現場設備の図面を広げ、第三防災待機室までの経路へ赤い線を引き始めた。
玲奈の端末から、撮影者先行公開権の表示が消えている。
代わりにそこには、三つの救助隊の出動表示が並んでいた。




