第16話 配信停止後の映像、残っています
仮設作業室の小型ヒーターは、点けても足元しか温めてくれなかった。
折り畳み机の中央には、羽根の欠けた破損ドローン。その左に携帯電源が置かれている。青い表示灯は、一定の間隔で三回の点滅を続けていた。
壁の奥からは、時折、あの打撃音が届く。
薄い金属壁の室内で、氷室玲奈は映像解析端末の前に座り、俺は旧物流層と廃棄搬送路の図面を広げていた。
城戸修司さんは正式入坑名簿と閉鎖記録を、有馬千尋さんは出入口寄りで記録端末を開いている。
玲奈が上着のポケットから使い捨てカイロを出し、俺の前へ置いた。
「これ、返します。もう手、温まったので」
「使い切ってからで大丈夫ですよ」
「半分は灰崎さんのでしょう。記録担当優先って、自分で言ったじゃないですか」
「じゃあ、そっちの手が冷えたら、また貸します」
玲奈はカイロを机の端へ戻し、端末に向き直った。
「映像、復元します」
壁面モニターに粗い画が出た。
作業灯に照らされた区画の床。青い養生箱がいくつか積まれ、画面の隅には時刻が表示されている。
「これが、公式配信が切れる直前の最後の一枚です」
玲奈は画面を止め、隣にもう一枚を並べた。
「こっちが、機体の一時保存領域から復元した最初の一枚」
二枚の画には、同じ作業灯と養生箱が映っている。カメラの傾きも変わらず、片方の時刻の続きを、もう片方が刻んでいた。
「民生機って、通信が切れたり配信が終わったりした瞬間に映像が消えないよう、短い間だけ機体側で録り続ける領域があるんです」
玲奈がモニターの二枚を順に示す。
「公式の配信は切れてます。でも、機体だけはその後も撮ってました。間が空いた別の映像じゃありません。配信を切った後の続きです」
復元された映像が、そこから流れ始めた。
画面の中で、作業員たちが搬送レールの脇を退去していく。ヘルメットの列が搬入口の方へ消えると、区画には三人が残った。
灰色の簡易ヘルメット。無地の作業ベスト。残置物を載せた小型台車。
先に出ていった作業員たちとは装備の色が違い、入坑証も確認できる位置には付けていない。
有馬さんが記録端末を操作した。
【映像内人員:三名】
【正式入坑名簿との一致:なし】
城戸さんが、手元の名簿を繰った。
「残置物回収の補助班を追加するかもしれない、という連絡は受けていました。ただ、この三人の個人名も、私の承認記録も残っていません」
モニターの三人を見たまま続ける。
「盗みに入った連中には見えません。台車に載せているのは、こちらが残置指定した箱です。……記録にない人間が、正規の箱を運んでいる。そこが合わない」
映像の中で、三人のうち一人が若い男へ振り返った。
音声は割れていたが、その一言だけは拾えた。
『三崎、そっちの箱も頼む』
玲奈が、ドローンの簡易ペアリング履歴を照合する。
【使用者候補:三崎蓮】
【年齢:二十二】
【作業区分:残置物回収補助】
「機体を最後に登録して操作したのは、この三崎という人のようです。他の二人は、映像だけでは名前まで出ません」
画面の中で、床がわずかに揺れた。
搬送設備が軋み、奥の金属シャッターがゆっくり下りてくる。
三人が振り返った。
台車を押していた男が搬入口の方を指し、若い男――三崎が工具袋を肩へ掛け直す。走り出す前に、一人が壁の図面らしきものを指で叩き、進む方向を確かめていた。
叫び声はない。
手順を確かめる、現場の動きだった。
「この先が、どこへ向かっているか分かりますか」
俺は図面を城戸さんへ向けた。
城戸さんが、映像内の通路と図面を照らし合わせる。
「旧廃棄搬送路です。その突き当たりに、防災待機室がある」
「待機室には、何がありますか」
「保存水と非常食、独立した換気系統。それから、簡易の救難発信器もあります」
映像の中で、三人は台車を捨て、廃棄搬送路の暗がりへ入っていく。
会話は途切れがちだったが、水と換気という単語が拾えた。閉じ込められても、しばらく持ちこたえられる場所を目指している。
やがて三崎が立ち止まり、破損したドローンを両手で持ち上げた。
廃棄搬送用の狭いレールへ載せる。
『こいつだけでも、外へ出せ』
割れた音声の間から、続きが聞こえた。
『中継がつながれば、待機室から呼べる』
青いウサギのシールが、金属壁へ擦れた。
半分剥がれかけているのは、このときの傷らしい。
ドローンは狭い搬送路を進み、暗がりの奥へ消えていった。
映像が、そこで途切れる。
現実の机の上で、同じドローンが三回青く点滅した。
少なくとも、この中継経路を作ったのは三崎たちだった。
故障で偶然つながったのではない。待機室から外へ信号を送るために、ドローンを自分たちで搬送路へ流している。
「……このドローンは、助けを呼ぶために送り出されてます」
俺は図面の廃棄搬送路を指でたどった。
分岐がいくつもあり、その先に複数の防災待機室がある。
「ただ、これは六日前の映像です。今この人たちがどこにいるか、今どうなっているかは、これだけでは分かりません」
壁の向こうから、また打撃音が届いた。
「あの音も、中継設備を通っている可能性があります。壁のすぐ裏にいるとも言い切れないです」
有馬さんが記録端末へ入力する。
【未退去人員:三名・確認】
【氏名確認:一名】
【閉鎖記録:訂正対象】
【案件区分:救難位置照合】
「生存者三名とは記録しません」
有馬さんは手を止めずに言った。
「この映像は六日前のものです。三名の現在の状態は、まだ確認できていません」
城戸さんは、訂正対象になった閉鎖記録の表示を長く見ていた。
無人だと署名した記録の中へ、名前のある一人と、名前のない二人が後から加わっていく。
玲奈の復元作業に、受理の通知が出た。
【映像復元作業:受理】
【記録保全追加報酬:確定】
続けて、別の表示が重なる。
【原本保全:救護局移管】
【撮影者保持データ:削除】
【個人利用:不可】
玲奈は三行を上から順に読んだ。
自分の手元には残せない。自分の名前で公開することもできない。
「……いい映像だったんですけどね」
小さく言い、移管の同意を入れた。
惜しんではいたが、指は止まらなかった。
「灰崎さん」
玲奈が現物のドローンを見る。
「この子をもう一度、あの搬送路へ戻せれば、現在の映像が撮れます。六日前じゃなくて、今の」
俺は、羽根の欠けた機体を見た。
四本のうち一本が、根元からなくなっている。このままでは浮かびもしない。
「戻すのは賛成です。ただ、これ、今は飛べません」
携帯電源につながれたドローンが、机の上で三回点滅する。
あのとき外へ送り出された機体を、今度は三崎たちの現在を映すために奥へ戻す。
それ以外に、居場所を確かめる方法はなかった。




