第15話 停止済みの坑道から、応答があります
トラックがそのまま入れそうな搬入口の奥で、赤い【閉鎖済み】の表示が橙色の非常灯に照らされていた。
その下では、携帯電源につながれた破損ドローンが、青い光を三回点滅させている。
夜の旧物流層は、高い天井の下に冷えた空気をためていた。使われなくなった搬送レールが奥へ延び、床には黒い車輪跡が幾筋も残っている。
冷えた油とゴム、埃の匂い。換気設備だけが低く振動していた。
先頭に城戸修司さん。その後ろに閉鎖処理の作業員が一人。中央には、携帯アンテナを持った氷室玲奈。
その隣に俺。最後尾には、正式記録用の端末を持った有馬千尋さんがいる。
もう一人の作業員は入口側に残り、携帯電源と封鎖設備を見ていた。
「安全に動けるのは、この搬入路の手前までです」
城戸さんが区画の端を手で示した。
「完全停止は明朝六時。それまでに確認を終えて、退去してください」
俺は現地照合手当の確定表示を見て、端末を閉じかけた。
その拍子に、別の通知が重なる。
【倉庫内仕分け:集合時刻まで四時間】
【辞退期限:経過】
翌朝の日雇いだった。
辞退の締めは、もう過ぎている。時給千百円が、一日分、静かに消えた。
……惜しい。
かなり惜しい。
俺は通知を閉じ、アンテナを準備している玲奈へ向き直った。惜しんでいる間に信号が止まったら、元も子もない。
「カイロ、使いますか」
上着の内側から、使い捨てカイロを一つ出す。
「一個しかないんですか」
「現地手当が確定する前に、二個は買えなかったので」
「半分ずつは使えないですよ」
「じゃあ、記録担当優先で」
玲奈はカイロを受け取り、アンテナを握る手へ当てた。指がかじかんでいては、細かな数値を追えないらしい。
「方向、追います」
玲奈が携帯型の指向性アンテナを構える。
信号の来る方向へ向ければ数値が上がり、外れれば下がる。その差から、発信元の方向を絞る道具だ。
玲奈はゆっくりアンテナを振り、針が大きく動いた地点で足を止めた。上着のポケットから安い青い養生テープを出し、床へ短く貼る。
場所を変えて、もう一度。
二片目。
さらに奥で、三片目。
三つのテープは、正面の金属シャッターではなく、左側の壁へ寄って並んだ。
「正面じゃないです。信号は、こっちの壁に寄ってます」
俺は破損ドローンを検査灯の下へ寄せ、外装の付着物を確認した。
羽根の欠けた隙間や脚の裏に、白い断熱繊維、赤錆、それに黒い搬送用グリスが噛んでいる。
検査灯を正面シャッターの縁へ這わせる。
赤錆と黒いグリスはある。だが、機体に付いていた白い繊維は見当たらない。
玲奈のテープが並んだ壁際へ移った。
搬送レールの陰に、旧保守用のパネルがある。検査灯を向けると、継ぎ目の下側に白い繊維と黒いグリスが、擦り付いたように残っていた。
視界に、白い札が二枚下がる。
『経路照合』
『開放前確認』
「このドローン、正面の搬入口からは入ってないかもしれません」
俺はパネルの継ぎ目を指した。触れはしない。
「正面には白い繊維がなくて、こっちの継ぎ目には機体と同じ繊維とグリスがあります。無人だった記録と、今ここにある汚れが合ってません」
城戸さんが、手元の端末で保守経路の記録を開いた。
【保守経路:無人確認済み】
【閉鎖処理:完了】
「……確認は、済ませています」
声は硬かった。
それでも城戸さんは記録画面を閉じず、作業員から検査灯を受け取って、パネルの継ぎ目を照らした。
「ただ、この汚れの説明は、私にもつきません」
携帯電源につながれたドローンが、パネルの正面で、また三回青く点滅した。
青いテープが最も密に並んだ、その真ん前だった。
「灰崎さん」
玲奈がアンテナを下ろす。
「同じ間隔で、壁を叩いてもらえますか。音を返して、向こうが反応するか見ます」
俺は工具袋から、ゴム柄の当て工具を出した。
金属部分で叩けば、反響が大きすぎて向こうの音と混ざる。柄のゴムを使い、継ぎ目の脇を三回、同じ間隔で叩いた。
少し遅れて、壁の奥から三回返った。
玲奈が記録端末を壁へ向け、時刻表示ごと録画を始める。有馬さんは、こちらが叩いた回数と時刻を正式記録へ入力した。
偶然かもしれない。
俺はもう一度、叩き方を変えた。
二回。
少し間を空けて、一回。
壁の奥からも、二回。
こちらと同じだけ間を空けて、一回。
城戸さんの後ろにいた作業員が、壁へ一歩近づきかけて止まった。
城戸さんはパネルの前に立ったまま、奥の音を聞いている。
「……人がいる、とは言いません」
俺は工具を下ろした。
「でも、少なくとも、故障した機械だけが返してる音じゃないです。こっちの叩き方に合わせてます」
有馬さんが記録端末を操作する。
【閉鎖区画内応答:記録】
【完全停止処理:一時保留申請】
【救難可能性:現地照合継続】
「城戸さん。現場統括として、この記録に署名をお願いします。署名が通れば、完全停止は応答確認まで一時保留になります」
城戸さんは、しばらく保守パネルを見ていた。
「……完全停止と引き渡しを保留にすれば、閉鎖記録を全部やり直すことになります」
有馬さんの差し出した端末を受け取る。
「それでも、無人だと記録した壁の奥から音が返るなら、私は確認をやり直さなきゃならない」
城戸さんが署名を入れた。
【完全停止処理:一時保留】
【閉鎖記録:再確認中】
赤い【閉鎖済み】の表示は消えなかった。
ただ、その下に一行だけ、新しい状態が加わっている。
俺は、壁際へ貼られた青い養生テープを見た。
安い、どこの現場にもあるテープだ。
その奥から、こちらと同じ間を空けて、二回、そして一回、音が返った。




