第14話 そのドローン、返却先が空欄です
黒いゴム敷きの検査台で、羽根の欠けたドローンが青い光を三回点滅させた。
手のひらより少し大きいだけの、安い民生機だ。四本の羽根のうち一本が根元から欠けて、外装は片側がへこんでいる。レンズには細いひびが走り、側面に青いウサギのシールが半分剥がれかけていた。
救護局地下の回収機器保全庫は、天井が低い。白い蛍光灯の下、壁沿いの金属棚が番号札付きの端末ケースを並べている。
埃と金属と、消毒用アルコールの匂い。冷却ファンが低く回っていた。
俺と氷室玲奈は検査台の向かい側に立ち、有馬千尋さんは解析端末の前にいる。
案件票を開いて、俺はまず報酬欄から見た。
【照合協力費:確定】
【現地照合発生時:追加手当あり】
初回分は確定。現地に出れば、もう少し積まれる。
悪くない。
「案件の内容は、回収された破損ドローンの、登録所有者と返却先の照合です」
有馬さんが端末の表示を読み上げる。
【小型撮影ドローン】
【飛行機能:損壊】
【登録所有者:不明】
【返却先:空欄】
【処理予定:記録消去後廃棄】
「有馬さん。記録の同行保全を、氷室さんへお願いできますか」
「その記録を救護局が使うなら」
玲奈が先に言った。
「私にも、案件番号と報酬欄をください。付き添いじゃなくて」
「報酬欄から確認する人、俺以外にもいたんですね」
「近くに、教材がいたので」
俺は検査台のドローンへ伸ばしかけた手を止めた。
「記録担当が正式に決まってから、解析を始めましょう。あとで氷室さんの仕事だけ、なかったことにされたら面倒なので」
有馬さんが端末を操作し、玲奈の登録項目を出す。
【外部記録保全協力者:氷室玲奈】
【対象業務:機器記録・現場撮影】
【報酬区分:案件単位】
【個人公開:保全完了まで停止】
「個人公開の停止、ですか」
玲奈は、その一行の上で少し指を止めた。
配信の権限も戻っていない身で、撮った記録を自分の名前で出すことも、しばらくできなくなる。
「保全が終わるまでの条件です。無理にとは言いません」
「いえ。分かって署名します」
玲奈が同意を入れると、俺と彼女の端末に同じ番号が並んだ。
【照合担当:灰崎佑】
【記録保全:氷室玲奈】
番号が揃っただけのことだ。
それでも、止まっていた欄に二人分の名前が並ぶのは、久しぶりに見る形だった。
「じゃあ、始めます」
検査台の給電ケーブルをドローンへつなぐ。
青い表示灯が、また三回点滅した。一定の間隔だ。
通常端末の判断は変わらない。
【処理予定:記録消去後廃棄】
俺の視界に、白い札が三枚下がる。
『廃棄停止』
『稼働継続』
『現地照合』
「飛べるかどうかじゃなくて、これ、今も何かを受け取ってます」
「これも保全対象ですか」
玲奈が、剥がれかけた青いウサギのシールを指した。
「シールだけ剥がして捨てる札は、出てないです」
玲奈は小さく笑い、記録用の端末をドローンへつないだ。三回の点滅と、機体の応答記録を追っていく。
撮影ドローンを扱っていた頃の手つきだった。
「保存されてる映像の再生じゃないです、これ」
画面を見たまま言う。
「接続してから、応答の記録が増えてます。……どこかから中継してくれって要求が来て、この機体がそれに返事を返してる」
「今の時刻で、ですか」
「はい。古い記録がループしてるなら、応答時刻は止まってるはずなんです。でも、増えてる」
有馬さんが解析端末で発信元をたどる。
「発信元が出ました。南環状ダンジョン、旧物流層」
少し間を置いて、続けた。
「……旧物流層は、六日前に閉鎖済みです」
壁面のモニターが点いた。
作業服の上に管理者用ベストを着た男が映る。目の下に疲れが溜まっているが、目つきはしっかりしていた。
『閉鎖処理を請け負っている、城戸修司です』
「旧物流層の、現在の状況を伺いたくて」
『あそこは六日前に閉鎖しました。正式な入坑者は、全員退去を確認済みです』
城戸さんはモニターの中で、手元の記録に目を落とした。
『そのドローンは、登録のない置き忘れ機器でしょう。古い映像か、故障で信号がループしているだけかもしれない。うちとしては、明朝六時に区画の電源を完全停止します。今から現地を再開放するのは、危険です』
「発信元が閉鎖区域だという記録は、こちらにも出ています。ただ」
俺は玲奈を見た。
「応答時刻を、正式に記録してもらえますか」
玲奈が端末を操作する。
【中継要求:継続中】
【発信元:南環状ダンジョン・旧物流層】
【施設状態:閉鎖済み】
【最終応答:現在】
「保存データのループではありません。最終応答は、たった今です。記録として残しました」
城戸さんは画面の外へ目を落とし、手元の記録を一枚めくった。
『……こちらでも、機器の状態を確認します。ただ、電源停止の予定は動かせません』
「現地照合を、正式に立てます」
有馬さんが言い、俺と玲奈の端末に、同じ案件番号で依頼が届いた。
【現地照合同行依頼:南環状ダンジョン・旧物流層】
【期限:区画電源停止まで】
「明朝六時の完全停止までに、確認する必要があります」
俺は端末の地図を開いた。
旧物流層は、閉鎖を示す灰色に塗り潰されている。
その奥に、橙色の応答点がひとつ。
検査台のドローンと同じ間隔で、三回点滅していた。
閉鎖済みの坑道から届く信号に、このドローンだけが応え続けていた。




