表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てるもの、間違えてます。 〜ハズレスキル【仕分け】の後始末屋〜  作者: 雨宮かなめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

第13話 その籠手、返すのは起きてからです

 白いテーブルの中央に、保全袋入りの銀色の左籠手が置かれている。


 ガラス一枚を隔てた病室のベッドでは、瀬尾湊の左手が布団の上に出ていた。点滴の管が甲を横切っている。籠手が収まるはずの手には、今は何もはめられていない。


 救護局治療棟の家族面談室には、午後の日がよく入った。空調の低い音の底へ、隣室の生命維持装置が規則正しい電子音を重ねている。


 俺はいつもの表示を確認してから、支援端末(しえんたんまつ)を伏せて置いた。


【サルベージャー登録:一時停止】

【事実確認協力費:審査中】


「協力費、まだ審査中でした」


「今日出るとは、私も言ってません」


 隣の有馬千尋(ありまちひろ)さんが返す。


「プリン、一個どうぞ。冷えてるうちに」


 テーブルの端から、瀬尾凪(せおなぎ)が売店の袋を押してきた。


 中には安いプリンが六つ。面談室にいる五人分と、ガラスの向こうの兄の分らしい。


 凪の側には、黄色い糸で直したモグラ付きの新人用手袋が置かれている。七瀬美和(ななせみわ)さんの側には右籠手。テーブルの中央には、保全袋に入った左籠手。


 持ち主の違う三つが、少し距離を置いて並んでいた。


 凪が左籠手へ目を落とす。


「兄が、高い物を借りたままにして、それで、こんな騒ぎにして」


「借りたのは、お兄さんでしょ」


 美和さんが静かに遮った。


「あなたが謝る物じゃないわ」


「……起きたら、本人に返させます」


「初任給でね」


 美和さんの口元が、わずかに動いた。凪はプリンの蓋の縁を、指で押さえている。


 有馬さんがフォルダを開いた。


「左籠手が瀬尾湊さんへの貸与品だったことは、確認できました。七瀬家へ返却すること自体はできます」


 有馬さんは、保全袋の左籠手を示す。


「ただ、夏帆さんが瀬尾さんへ貸した状態をここで終わらせるか、目を覚ますまで続けるかは別の話です。貸与を続ける場合は、返却完了にも贈与にもせず、救護局で保全します」


 俺の視界に、白い札が二枚下がった。


『保全継続』

『本人意思確認』


「本人が眠ってるうちに、貸した話まで終わったことにはできませんね」


 俺が言うと、有馬さんが頷いた。


 凪は籠手を見て、それからガラスの向こうにある兄の左手を見る。


「貸したままにするなら、どこへ置くんですか」


「それも、今日決めます」


 有馬さんは端末を操作し、二つの通知を表示した。


【瀬尾家・治療費充当:停止予定】

【七瀬家・損耗補償:返還審査】


「籠手の返却記録が再照合に入ったため、関連する支払いが一括で止められています。瀬尾さんの治療費への充当も、七瀬さんへの補償もです」


「止まるって……治療費もですか」


 凪の声が硬くなる。


 美和さんも、右籠手の上に置いていた手を少し握った。


 俺は伏せていた端末を返し、二つの通知を見比べる。


 視界に下がった札は、また二枚だった。


『別件分離』

『処理責任者照合』


「これ、同じ箱に入ってただけで、同じ支払いじゃないですよね」


 有馬さんが顔を上げた。


「治療費は、湊さんが今どういう状態かを根拠に動くものです。籠手の所有関係とは、別の処理ですよね」


「損耗補償はどうしますか」


「そちらは、左籠手を回収不能と認定した処理を先に照合すべきだと思います。ご遺族への返還を先に決める順番ではないはずです」


 俺は端末を有馬さんの方へ向けた。


「俺が決める話ではないので、確認をお願いします」


 有馬さんは規定を開き、数分かけて項目をたどった。


 やがて端末へ入力を始める。


【治療費充当:再開】

【補償返還請求:保留】

【損失認定責任者:再照合】


「治療費の充当は再開します。七瀬さんへの返還請求は、責任照合が済むまで保留です。今日この場で、どちらのご家族にもすぐの負担は生じません」


 凪が短く息を吐いた。


 礼は言わず、自分の前に置いていたプリンを一つ、有馬さんの方へ黙って寄せる。


 有馬さんは一度プリンを見てから、受け取らずに凪の側へ戻した。


「これは、瀬尾さんの分にしてください」


「兄のは別にあります」


「では、あなたが食べてください」


 凪は少しだけ眉を寄せたが、プリンを引き戻した。


 美和さんは右籠手をしばらく見ていた。


「左は、湊くんが起きるまで、借りたままにしておいてもらえますか」


「贈与ではなく、貸与の継続ですね」


「あの子が貸した物です。返すか、そのまま使ってもらうかは、湊くん本人が決めることでしょう」


 美和さんは、ガラスの向こうへ視線を移す。


「眠っている人の代わりに、私が決めることじゃありません」


 有馬さんが端末へ入力した。


【物品区分:未返却貸与品】

【貸与状態:継続】

【保全先:救護局治療棟】

【本人意思確認:覚醒後】


「保全袋は開けません。置き場所だけを、湊さんの治療棟へ移します」


 凪と美和さんが立ち上がり、有馬さんが病室の扉を開けた。


 俺と氷室玲奈(ひむろれな)は、面談室に残る。


 ガラス越しに、二人がベッド脇の棚へ物を並べていくのが見えた。


 黄色い糸で直したモグラ付きの手袋。保全袋に入った銀色の左籠手。安いプリンが一つ。


 美和さんは右籠手を胸に抱え直し、病室へは持ち込まなかった。


 ベッド脇の棚に残ったのは、湊へ貸した物と、湊自身の物。それから、目を覚ました後に食べるには少し安すぎるプリンだけだった。


 二人が病室を出ると、有馬さんは面談室へ戻り、別の画面を俺へ向けた。


「これまでの照合記録と、資格審査中の協力実績を基に、救護局内で限定区分が通りました」


 端末に新しい項目が並んでいる。


【救護局臨時照合協力員:登録】

【対象業務:返却・保全・処理照合補助】

【初回事実確認協力費:確定】


「灰崎さんへ、限定登録を打診します。通常のサルベージャー登録は、審査が終わるまで停止したままです。ただし、返却や保全の照合に限り、協力員として案件を受けられます」


 俺は真ん中の一行を先に見た。


 協力費、確定。


 審査中の三文字が、ようやく消えている。


「……初回分、確定してますね」


「湊さんの治療費より、そっちを先に見るんですね」


 玲奈が横から言う。


「治療費は有馬さんが確認しました。俺の方は、俺しか確認しませんので」


「そこだけ合理的ですね」


 俺は限定登録の署名欄へ名前を入れた。


 通常の現場へ戻れるわけではない。それでも、止まっていた端末に、一行だけ受注可能の表示が戻る。


【受注可能案件:返却・保全・照合補助 一件】


 案件の中身は、まだ開かなかった。


 ガラスの向こうの棚では、モグラ付きの手袋と保全袋の籠手が並んでいる。


 返却期限は、瀬尾湊が目を覚まし、自分の手で返す日まで延びた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ