第19話 その報酬、肉まん何個分ですか
救護局上階の精算・広報室には、大きな窓から午前の光が入っていた。
白い長机に、確認端末が二台。壁には公開報告用のモニターがあり、プリンターが吐き出したばかりの精算書は、まだ少し温かい。
紙とインクの匂いがした。
長机の向こうには、有馬千尋さん。手前には、俺と氷室玲奈が並んで座っている。
「精算が確定しました。まず、灰崎さんから」
有馬さんが、端末を俺の方へ向けた。
【灰崎佑・案件精算総額:286,000円】
【振込予定:翌営業日】
項目には、現地照合手当、救難位置照合手当、機材用途外転用加算、広域共同救難協力費と並んでいる。
俺は桁を二度数えた。
二十八万六千円。
振り込みは、翌営業日。
「交通費は、これと別ですか」
「別です。実費で、後日精算します」
「助かります」
続けて、有馬さんが玲奈の端末を表示した。
【氷室玲奈・案件精算総額:418,000円】
【振込予定:翌営業日】
機器記録保全費、映像復元追加報酬、現地記録手当、救難共有協力補償、広域共同救難協力費。
俺の精算書より、項目が一段多い。
「映像、強いですね」
「捨てた権利の値段も、入ってます」
玲奈は、救難共有協力補償の行を指の腹でなぞった。
先行公開の権利と広告収益。手放した分が、補償として加算されている。
それでも、自分の名前で公開できていた場合の金額とは、たぶん桁が違った。
「それでも強いですよ」
「灰崎さんのより、十三万二千円多いですけどね」
「見ましたよ。それは」
有馬さんが、壁面モニターへ別の書類を映した。
「もう一件、ご確認いただきたいものがあります。南環状旧物流層の救難報告を、救護局が一般公開します」
画面に、報告書の下書きが表示される。
協力者の欄は匿名になっていた。
「標準では、外部協力者のお名前は伏せます。実名と職能を掲載するには、お二人それぞれの同意が必要です」
有馬さんは、公開条件の欄を開いた。
「実名で出ると、問い合わせも来ますし、批判もあり得ます。過去の案件に注目が集まる可能性もあります。氷室さんの場合は、黎明の剣との関係まで広く知られるかもしれません」
俺は匿名の欄をしばらく見た。
これまで、廃棄袋のログも、救命タグの提出者も、名前が残るように拾ってきた。
最後に自分の名前だけ伏せて終わるのは、扱いが変だ。
「匿名にするために、ここまでログを拾ってきたわけじゃないので。実名でお願いします」
「氷室さんは」
玲奈は、少しの間、下書きを見ていた。
「クランの配信担当としてじゃなくて、記録保全の仕事として名前が残るなら、出します」
有馬さんが、公開欄を書き換える。
【南環状旧物流層・未退去者救難報告】
【照合・搬送経路判断:灰崎佑】
【記録保全・救難共有:氷室玲奈】
【設備再開・安全管理:城戸修司】
「城戸さんは責任調査中です。ただ、救助のときに設備を動かした仕事まで、報告から消すことはしません」
有馬さんが公開処理を実行した。
しばらくして、俺の端末へ関連する反応がいくつか流れてくる。
《画面の下にいた手の人、灰崎佑っていうのか》
《ドローン映像の人、氷室玲奈だったんだ》
《権利を共有に回して救助を早めたって、普通にすごい》
《青いウサギも、ちゃんと本人へ戻ったんだな》
画面の下の手に、ようやく名前が付いた。
ゴミ拾いよりは、少し前へ進んだ気がする。
有馬さんが、最後の画面を出した。
【救護局臨時照合協力員:継続登録】
【指名照合依頼:受付可】
俺の欄の下へ、玲奈の登録内容が続く。
【外部記録保全協力者:継続登録】
【指名記録依頼:受付可】
さらに、その下にもう一行。
【共同指名:受付可】
俺は自分の受付可より先に、玲奈の継続登録が通っていることを確認した。
「これで次から、氷室さんの仕事を毎回こっちで作らなくて済みますね」
玲奈が、少し遅れて俺を見た。
「……それ、祝ってます?」
「実務的に楽になる、という話です」
「祝ってますね」
問い合わせの件数も並んでいた。
【灰崎佑・指名照合依頼:六件】
【氷室玲奈・記録保全依頼:九件】
【共同指名依頼:三件】
中身は、まだ開かない。
それでも、止まっていた欄が受付可で埋まっている。
その日の夜、俺たちは駅前の小さな焼肉店へ入った。
二人用の狭いテーブルに、卓上ロースター。壁には安いメニュー札が貼られている。
換気扇が回り、脂の焼ける音と匂いが店内に満ちていた。
高い店ではない。
それでも、値段だけを見て入る店ではなかった。
俺は一番安い盛り合わせを頼んだ。
玲奈が、店員へ上カルビを追加注文する。
「上カルビ、千四百円ですよ」
「今日は止めないんですね」
「今日は止めません」
肉を網へ載せながら、旧物流層での作業を少しだけ振り返った。
ケーブルを切り離したときのこと。換気残量が減る中で、二便目の搬送箱を待ったこと。
うまくいったあとでも、危なかったところばかり、よく覚えている。
「これからも組むなら、決めておきたいんですけど」
俺は焼けたカルビを、玲奈の皿へ移した。
「報酬は個別精算。交通費と機材費は事前登録。映像の扱いは氷室さん。処理先の照合は俺」
「どっちかの仕事を、タダ扱いにしない」
「それも入れてください」
「あと、食事代は原則割り勘で」
「今日は灰崎さんのおごりじゃないんですか」
「氷室さんの方が、十三万二千円多いですよ」
「そこまで計算したんですか」
「報酬ですから」
玲奈は少し笑い、上カルビを網へ追加した。
テーブルの端には、二人の端末が並んでいる。
どちらの画面にも、【共同指名:受付可】が表示されたままだった。
三件の中身は、まだ開いていない。
二十八万六千円を、肉まん一個の値段で割ろうとして、途中でやめた。
桁が大きすぎたし、今日は焼肉の方が先だった。




