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捨てるもの、間違えてます。 〜ハズレスキル【仕分け】の後始末屋〜  作者: 雨宮かなめ


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第11話 その返却箱、持ち主が違います

 支援端末(しえんたんまつ)の画面は、朝から同じ表示のままだった。


【サルベージャー登録:一時停止】

【受注可能案件:なし】


 何度更新しても、下の欄は増えない。


 俺は隣のタブで、午後からの日雇い求人を眺めていた。倉庫内仕分け、時給千百円。こういう日に限って、仕分けの二文字ばかり目に入ってくる。


 横から、コロッケパンが画面を塞いだ。


「見すぎです」


 氷室玲奈(ひむろれな)だった。


 配信で見る姿とは違い、飾りの少ないパーカーを着ている。髪も簡単にまとめ、自分の分の袋を先に破いていた。


「求人、逃げませんよ」


「逃げないですけど、家賃は来るんですよ」


 ここは救護局一階の回収品返却窓口。


 昼の白い蛍光灯の下、カウンターの奥には番号付きの段ボール箱を載せた金属棚が並んでいる。ラベルプリンターが時々短く鳴り、段ボールと消毒液の匂いに、壁際の自動販売機の低い唸りが混ざっていた。


 俺は資格審査の追加書類を提出した帰りで、玲奈は撮影記録の提出に来ている。


 青い待合椅子に並んで座り、どちらもすぐに立つ理由がなかった。


 その椅子の前で、誰かの足が止まった。


 制服に薄いカーディガンを羽織った女子高校生だった。


 彼女は俺の顔ではなく、膝の上に置いた手を見ている。登録が止まっても、癖で今日もはめてきた、洗っても汚れの落ちない作業手袋だ。


「画面の下にいた、手の人ですよね」


「……手の人」


 初めての呼ばれ方だった。


「ゴミ拾いよりは新しいですけど、出世した感じはしませんね」


瀬尾凪(せおなぎ)です。瀬尾湊(せおみなと)の、妹です」


 瀬尾湊。


 瓦礫の下から拾い、旧第三除染区画から搬送し直した新人探索者だ。今は救護局の治療棟にいるが、まだ目を覚ましていない。


「映像、何回も見たので。手だけ、覚えてました」


 凪は売店の袋からコロッケパンを出し、俺へ突き出した。


「兄、起きてたら多分、肉を渡せって言うので」


「いや、これは……」


 登録停止中の後始末屋が、患者の家族から物を受け取っていいのか。


 迷っている間に、玲奈が横から言った。


「お昼ごはんですね。差し入れじゃなくて」


「……じゃあ、お昼で」


 膝の上に、コロッケパンが二つ並んだ。


 今日は妙に肉が続く。


 カウンターの奥で、四十代くらいの女性職員が番号を呼んだ。


「瀬尾様。回収品のご返却、準備できました」


 凪が立つ。


 半歩遅れて、玲奈も立ち上がった。


「付き添い、要りますか」


「……お願いします」


 カウンターに段ボール箱が置かれ、職員が中身を一つずつ確認用のトレーへ移していく。


 銀色の防護籠手。ほとんど新品のコンパス。焦げた認証票。洗浄済みの新人用手袋が片方と、細かい雑品がいくつか。


 籠手が出た瞬間、凪は言った。


「兄のじゃありません」


「瀬尾湊様の回収品として登録されていますが……」


「そんな高いの、持ってません」


 職員がリストと箱の番号を見比べる。


 凪はコンパスにも目を落とし、少しだけ黙った。


「コンパスは、分かりません。見たことないです」


 知らない物を、知っているとは言わない。


 言い切れるところだけ、言い切る。


 俺は椅子の横から、トレーの上を見ていた。


 銀色の籠手に、白い札が二枚下がっている。


『本人返却不可』

『所有者照合』


 手が出そうになって、止めた。


 登録停止中の俺に、回収品へ触れる権限はない。


 代わりに端末を出し、有馬千尋(ありまちひろ)さんを呼ぶ。


「一階の返却窓口に、照合してほしい物があります。……はい。触ってません。見ただけです」


 職員が確認に手間取っている間に、凪が片方の手袋を見た。


「もう片方の手袋は、ないんですか」


「もう片方、ですか」


「兄の手袋です。手首を黄色い糸で直してあって、小さいモグラのマスコットを付けてました」


 淀みのない言い方だった。


 兄の持ち物を、値段ではなく形で覚えている。


「損耗の激しい物は、状態によって廃棄区分に回る場合が……」


 職員の視線が、カウンター脇の籠へ動いた。


 廃棄予定の札が付いた籠だ。


 その中に、あった。


 血と泥の染みた、新人用の安い手袋。手首には黄色い糸。汚れて灰色になった、小さなモグラが付いている。


 視界に、札が一枚下がった。


『本人返却』


 ちょうど、有馬さんが早足で窓口へ来た。


 俺が籠を指すと、彼女は職員と短くやり取りし、救護局権限で廃棄処理を止めた。


 保全袋に入った手袋が、凪の前へ置かれる。


「それです。兄のです」


 凪は袋の上から、モグラの汚れを親指で拭った。


 落ちない汚れだと分かると、静かに指を離す。


「安物なんですけど。兄、直して使う人なので」


 ラベルプリンターが短く鳴り、本人返却の新しいラベルを吐き出した。


 有馬さんが、銀色の籠手を照合端末へ載せる。


【登録所有者:別人】

【所有者状態:死亡確認済み】

【遺族返却処理:完了】

【装備損耗補償:支払済み】


 亡くなった探索者の装備。


 書類の上では遺族への返却が済んでいる。補償金も支払われている。


 その現物が、瀬尾湊の返却箱から出てきた。


「……記録と、現物の場所が合ってませんね」


 誰が入れたのかは、これから照合する。


 今の俺が止めるのは、間違った返却先までだ。


 職員が、言いにくそうに口を開いた。


「返却処理を保留にしますと、装備損耗の補償もいったん再審査になります。瀬尾様の場合、補償金は治療費へ充当する予定ですので……お支払いが遅れる可能性があります」


「再審査って、どのくらいですか」


 玲奈が代わりに聞いた。


「所有者照合の結果次第としか……申し訳ありません」


 凪はしばらく黙り、保全袋の手袋と、トレーの上の籠手を見比べていた。


「……兄のじゃない物を受け取って、兄の治療費にはしたくありません」


 語尾は揺れなかった。


 受け取る側にも、間違えない人がいる。


「その拒否、理由ごと記録してもらえますか」


 俺は有馬さんに言った。


「あとで誰かが読んだときに、間違えないように」


 有馬さんが頷き、端末へ入力していく。


【返却処理:保留】

【所有者再照合:開始】

【装備補償:再審査】


 凪は二つの手袋の返却票に、丁寧な字で名前を書いた。


 今日この子が受け取ったのは、高価な籠手でも、新品のコンパスでもない。


 黄色い糸で直された、安い手袋が二つだけだ。


 カウンターの上には、銀色の籠手が残っている。


 その横の端末には、【遺族返却処理:完了】の一行。


 返したことになっている物が、まだここにあった。

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