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第5話|記憶記録によれば

【1. 仮の思い出】


 彼女と一緒に歩いた放課後は、七回あった。

 そのうち四回は、学校から駅まで。二回は途中まで一緒に帰って、

 一回は、理由もなくコンビニまで遠回りして、缶ジュースを選ばずに帰った。


 ベンチに座ったのは五回。

 グラウンド脇が三回、体育倉庫の裏が一回、

 そして、一回は図書室の裏手のコンクリートの段差だった。


 ファンタグレープを飲んだのは五回。

 そのうち一回は缶が凹んでいて、すずはそれを「宇宙の圧力」と呼んでいた。

 二回目は炭酸が抜けかけていて、「ちょうどいい思い出の味」って言った。

 三回目は僕が買って、すずが断って、結局僕が二本飲んだ。


 缶を交換したのは一度だけ。

 僕が買ったアイスコーヒーと、彼女のオレンジジュース。

 あれは夏休み直前の火曜日で、雲が全然動かない日だった。


 ビー玉を拾ったのは二回。

 一回目は透明なやつで、「中に風が入ってる気がする」と言ってた。

 二回目は青いやつで、彼女は黙って持ち帰って、

 次の日の昼休みにそれを黒板の端に並べてた。誰にも気づかれなかった。


 告白ごっこは、二回。

 でも二回目は途中で途切れた。

 すずが「なんで?」って聞いて、僕が「わからない」って言って、

 それ以上は、缶のファンタの音しかしなかった。


 彼女が「好き」と言ったのは五回。

 続けて「うそ」と言ったのは八回くらい。

 でも「ほんとう」は一度も言ってなかった。


 正確な数字は、もうわからない。

 忘れたこともあるし、そもそも数えてなかった場面もたくさんある。

 でも、数字にしておけば、

 なにかがあったという証拠になるような気がした。


 逆にいえば、

 数字にしておかなかった瞬間は、

 今ではもう、なかったことになってしまった。



  【2. 処理できなかった記録】


 机の上に置かれていた消しゴム。角が欠けていた。

 窓の取っ手。少しだけ固くなっていて開けると音がした。


 ノートの左下の鉛筆の跡。書いたあとで、消されたらしい。

 掃除当番表には名前がなかった。赤ペンで消された跡もない。


 机の中に、何も入っていなかった。ただ、すこしだけ紙の匂いが残っていた。

 黒板の端に、白い粉がたまっていた。チョークの先が折れたらしい。


 出席簿には「欠席」の印が並んでいた。

 数字はついていたが、理由の欄は空白だった。


 昼休みの廊下で、飲みかけの缶が倒れていた。

 紫のラベルだったか、銀だったかは不明。


 校庭のベンチに、誰かが座った跡が残っていた。

 でも誰もそこに座っていたことを覚えていなかった。


 名簿に印刷された名前が、見慣れないフォントだった。

 他の名前と、少しだけ間が空いていた。


 誰もカウントしていない回数で、午後三時は過ぎていった。

 数字がつかなかったから、記録にはならなかった。




【3. ズレ】


 出席日数は71日。

 遅刻は4回、早退は1回。

 欠席は、連続で11日。


 保健室利用の記録は1回。

 理由は空白。


 ロッカーには教科書が揃っている。

 保健体育のノートだけ見当たらない。


 課題提出履歴には、数学が3回分未提出。

 ただし、提出済みとして扱われている。


 名簿には名前がある。

 出席番号17番。

 印刷されたフォントが微妙に他の行と違う。

 手書きで直された跡もある。


 学年だよりには、記念写真のスケジュールが記されている。

 全員集合の予定が、雨天中止になった。

 写真は撮られなかった。


 進路希望調査表には、志望校の記載なし。

 保護者の印鑑は押されている。

 誰が押したかは、わからない。


 期末の成績には空欄がある。

 記録ミスとされた。

 担任は「確認します」と言ったまま、年度が終わった。


 卒業アルバムの台割には、彼女のページがある。

 けれど、写真が見つからない。

 一部の生徒が「いたと思う」と証言している。

「いなかったと思う」という証言も、同数ある。


 校内放送では、名前が一度だけ読み上げられた。

 返事はなかった。

 読み間違いだったかもしれない。


 数字は確かに存在していた。

 でも、それが誰かの存在を証明したことは、いまだに一度もない。




【4. 午後三時、名前のない会話】


「ねえ、誰だっけ、あの子」

「え、どの子」

「紫のファンタよく飲んでた子」

「あー、いたね、そんな子」

「いたよね? ちゃんと」

「いたんじゃない?」

「でも、名前思い出せない」

「私も」

「なんか、あの辺の席だった気がする」

「後ろの窓側?」

「そう。いや、違うかな」

「中庭でひとりで座ってたことあった」

「それ、違う子じゃない?」

「え、そうだったっけ」

「午後三時くらいになると、いつもいなかった気がする」

「むしろ午後三時にしかいなかった感じ」

「わかる」

「なんか、そういう子だった」

「名前……」

「出ないね」

「数字で思い出せない?」

「出席番号?」

「たしか、十七番?」

「それ陽太じゃない?」

「あれ、そうだっけ」

「その前だった気がする」

「十六?」

「十五?」

「出席簿にあったっけ」

「でも、プリント配るときその席飛ばしてたよ」

「え、前から?」

「いや、途中から」

「いつから?」

「覚えてない」

「なんで急に気になったんだっけ」

「缶が落ちてたの見たから」

「ファンタ?」

「うん。ラベル焼けてて、何味かわかんなかった」

「紫だったらその子だね」

「でも、缶は名前書かないもんね」

「うん。缶は、何も言わない」

「午後三時って、そういう時間じゃん」

「何もないようで、何かがいつも消えてる」

「で、誰も気づかない」

「でもあとで、思い出したくなる」

「名前のこと?」

「名前も、他のことも」

「でも、出てこないよね」

「うん。出てこない」

「まあ、いっか」

「……うん。いっか」


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